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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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238. 亘との再会②

 次々と援軍がやってきて巨大な虚鬼が倒され、最初に襲ってきた鬼達が捕捉されて行く中、消化不良といった様子の柾が戻ってきた。

 

 現在、周囲は陰の気の結界で覆われ、臨時的な安全確保がなされている。更に俺の周りは浅沙(あさざ)達新しい護衛役と椿にガッチリ囲まれ、座り込んだ状態では周囲が見えない。怪我が落ち着くまで動くなとハクから厳命されたため、護衛役達の話以外の情報もあまり入ってこない。


「柾、亘は?」

「邪魔が入り、取り逃がしました」

「邪魔?」


 俺が眉を顰めると、柾は心底残念そうにコクと頷いた。


「黒く長い髪に黒い瞳の女です。色が白くて美しい女ではありましたが、あまりに不気味で近づけませんでした。亘はそのままその女と共に」


 その女の特徴には覚えがあった。


「……闇の女神、か」

「あの赤い目の鬼もそう言っていました。近づくなと」


 柾はそう言うと、再び縄で縛り上げられた赤い目の鬼に目を向けた。俺はハア息を吐き、目元に手を当てる。


「……また、連れて行かれたのか」

「奏太様……」


 動き回れるくらいまで回復した汐が、俺の直ぐ側で慰めるような声をだした。

 

 汐は一時意識を失っていたけど、幸いにも大きな怪我はなかった。巽も、亘が迷いなく斬りつけたせいで酷い状態ではあったけど命に別状はなく、俺の指示で温泉水を使わせたおかげで動き回れるくらいまで回復している。


「亘は虚鬼のようになったわけじゃなかった。会話は成立するんだ。でも、何故か俺のことを偽物だと思い込んでる。汐と巽のこともよく分かってなかったみたいだし……」

「……まさか、亘さんが奏太様をこんな風に傷つけるなんて……一歩間違っていれば、死んでしまうところでした……」


 椿は、ハク達の鈴の知らせを受けて真っ先にここに駆けつけたのに、目の前で俺が亘に押さえつけられ刀で腹を刺された状態になっているのを見て、かなりの衝撃を受けたらしい。


 何故こんな事になったのか、今まで何があったのかを汐が椿をなだめながら詳細に説明してくれたけど、それでも椿は納得いかなそうな顔をしていた。


 俺の傷は温泉水のおかげで随分と良くなっている。本当に、これが無かったら今頃何度死んでいるか分からない。


 巽は俺の腹のあたりに視線を向けて、ギュッと眉根を寄せた。

 

「精神的な支配を受けているんでしょうか。湊の使ったあの血のような……」

「体の中の陰の気が随分濃かった。特に胸のあたり。たぶん、それが関係しているんだと思う」

「……元に、戻れるんでしょうか……」


 湊が使った鬼の血は、柊士がそうであったように、妖界の温泉水で何とかなった。あれを亘にも飲ませてみる価値はある。でも、妖界の温泉水は陰の気と陽の気のバランスを整えるような力はない。俺が、陰陽の気の濃度で死にかけたように。だから、それが本当に効くかは分からない。


「亘に陽の気を注いだ時に、ほんの一瞬だったけど、濃い陰の気が薄まった気がしたんだ。解決策は陽の気にあるかもしれない」

「しかし、陽の気を使うにしても体が耐えられないのでは……?」


 椿の心配はもっともだ。体の中の陰の気をどうにかしようとして体を焼いては元も子もない。


「問題は亘だけではありませんよ。あの闇の女神、奏太様を狙っているようでした」


 柾曰く、戦況がこちらに有利になったタイミングで闇の女神が現れ、亘を連れて行こうとしたそうだ。


『まあ、あれが貴方の主なのね。死んでいなくて良かったこと。では、何としてでも取り戻さなくてはね。陽の気を使う者なら尚の事』


 闇の女神は、親しげに亘の頬に触れてそう言ったらしい。

 亘自身はそれを振り払うわけでもなく、自分の頬を触れる闇の女神の言葉を受けて戸惑うような視線を俺のいる方に向けたあと、焼けただれた自分の手を見下ろし、そのまま闇に溶けるように去っていったそうだ。


「何故、彼奴が奏太様を偽物と思い込んでいたのかわかりませんが、陽の気を使った事でその疑いは晴れたのでしょう。代わりに、あの様子では貴方を手に入れようと動くはずです。闇の女神の目が獲物を狙うようなものになっていましたから」


 興味なさそうに言う柾の言葉に、椿や浅沙達護衛役がギュッと拳を握りしめた。


「私も、しばらく貴方と行動を共にします。遠からず、また亘はやってくるでしょうから」


 柾の狙いは言わずもがな。でも、実力者であることは間違いないし、一緒にいてくれるなら心強いのは確かだ。


「闇の女神の狙いが陽の気の使い手だとしたら、ハクにも注意するように伝えなきゃ」


 ハクの方に目を向ければ、俺と同じように周囲を護衛に囲まれ、そこに璃耀が合流しているのが見えた。


「私が行ってまいります」

「もう少し休んでなくていいの? 汐」

「私は十分回復しましたし、護衛を欠けさせるわけにはまいりません」


 汐はそう言うと、さっと袖を翻してハクの方に向かって行った。


「向こうからまた来てくれるなら、探す手間が省けてちょうどいいや。陽の気で焼き尽くさずにどうやって陰の気を薄めるかは問題だけど、あいつを連れ戻す方法もゼロじゃなさそうだし、一応は、一歩前進かなぁ」


 汐の背を見送りながら言うと、巽は心底嫌そうな顔をこちらに向ける。


「奏太様が気を落とされていないようで何よりですけど、何でそう楽観的で居られるのでしょうね。闇の女神と亘さんに殺されなければ、という重要な点が抜けてるんですけど……」

「……まあ、そうなんだけど……」


 亘が死んだわけでも、虚鬼みたいになったわけでもない、という時点で、だいぶ心は軽くなったし、連れ戻す手掛かりだって見つかった。手探り状態で何も分からなかった時よりも、状況が先に進んだ事は間違いない。


「……守り手様を御守りする難しさとは、こういうことか……」

「違いますよ、哉芽(かなめ)さん。向こう見ずに相手のことばかり考えてしまう奏太様を御守りする難しさ、です。たぶん」



 

「奏太様、あの赤眼の鬼が奏太様に話したいことがあると申しているのですが、いかがなさいますか?」


 ある程度周囲の片付けが終わったのか、淕がやってきてそう言った。

 椿が空気をピリッとさせて俺と淕の間に入ると、淕は困ったように眉尻を下げて俺を見る。


「椿、良いよ」

「しかし、淕さんは……」

「人界で話はしてある。敵対しないって柊ちゃんに神の前で誓わされたらしいから、大丈夫だよ」


 そう言うと、椿はしぶしぶといった様子満面の顔で、淕を睨みながら一歩引いた。

 

「話たいことって、どういう内容か聞いた?」


 椿の様子を気にしながら話す淕に問うと、淕はチラッと鬼達が集められている方を見た。鬼達は、ハクや俺に万が一にも危害を及ぼさないように、結界の外に出されている。虚鬼が来れば、真っ先に見捨てられる位置だ。


「……随分と鬼界の状況が良くないようです。その上で、闇を抑えようとしている我らに協力したいと」

「そのような話を信用するのですか?」

「それはそうだが……何れにせよ、鬼達の処遇を決めて頂かなくてはなりません。赤眼の鬼をこちらに連れてくることをお決めになったのは奏太様ですから、勝手に処分もできませんし……」


 まあ、赤眼の鬼を連れてくるだけでも反発があったのだ。他の者たちは、とっとと処分したいのだろう。

 

 一方で、あの鬼達が責めてきた時に言っていた『形振り構っていられない』という言葉には、妙に実感がこもっていた。鬼界が深淵に飲み込まれる危機を肌で感じているなら、藁にも縋りたい状況のはずだ。


「わかった。話を聞くよ」

「ならば、あの赤眼の鬼を連れて……」

「いや、俺が行く。他の奴らからも、鬼界の状況を聞いておきたい」


 グッと体に力を入れて立ち上がろうとすると、ズキリと腹に鋭い痛みが走り、前のめりに倒れ込みそうになった。慌てた椿に支えられて無様に転ぶことにはならなかったけど……


「柾、悪いけど、背に乗せてもらえないかな?」


 すぐそこまで行くのに鳥形の椿に乗っていくのもなんだし、かといって自分で動くにもキツイので、黒犬の背に乗せてもらった方が……と思って声をかけると、至極面倒くさそうな顔を向けられた。


「……頼んだ俺が悪かったよ」

「私がお運びしましょう」


 淕は仕方がなさそうな視線を柾に向けたあと、俺に背を向けてしゃがむ。どうやら背負ってくれるつもりのようだ。


「ありがとう。助かる」


 柾に断られた直後なので有り難く淕の肩に手をかけようとすると、椿がドンと不安定な姿勢の淕を突き飛ばした。


「淕さんに奏太様は触らせません!」


 淕が思ってもみない方向からの衝撃にふらつき地面に手をつくと、椿はグイッと淕の体を更に奥に押しやり、俺の前に先程の淕のようにしゃがみ込んだ。


「私がお運びします!」


 椿の不信感いっぱいの目に睨まれた淕は、何とも言えない顔で深く溜息をついた。


「……浅沙、頼むよ」


 俺が言うと、椿は傷ついたような顔で俺を振り返る。


「何故ですか!? 私ではダメなのですか!?」

「いや、ダメって事はないけど、女の子に運ばせるのはちょっと……」


 椿が俺よりも何倍も強くて力があることは理解している。散々毛布扱いしてきたので、恥じらいのようなものも薄れている。でもやっぱり、鷺の姿でななく人の姿の椿に背負われるのは躊躇われる。

 あと、遠くから光る汐の目がなんだか怖い。


「……鷺の姿なら良いのですか?」

「すぐそこなんだから、そこまでしなくて良いよ。今度頼むから。な?」

「……はい」


 椿はしょんぼりと肩を落として浅沙と場所を交代した。

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