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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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233. 淕の願い

 栞にさっさと連れ去られて行く柊士を見送ると、淕がペコっと一度、俺に頭を下げた。その後、そそくさと柊士の後を追おうとする。


「淕、柊ちゃん、大丈夫なの?」


 その背に呼びかけると、淕はピタリと足を止めた。

 

「……大丈夫、とは……?」


 こちらを振り返った顔には戸惑いの色が浮かんでいる。でも、淕には俺の質問の意図が分かっているはずだ。栞と二人、誰よりも近くで柊士を見ているのだから。

 

「ずっと気を張ってるでしょ。普段の仕事だってあるのに、何をするにも自分の目の届くところでやらせようとするし、何事も起こらないようにって何でもかんでも把握して甲斐甲斐しく様子をみようとするし。前からそういう所はちょっとあったけど、ここ数日は度を越してるよ。こっちが心配になるくらいだ」


 今の柊士の様子をみていると、俺達が鬼界に行っている間に余計な心労を積み重ねて、知らないうちに過労死してしまいそうで怖くなる。それだけ、状態が不安定に見えるのだ。鬼界にいく俺達以上に。


 淕は気まずそうな顔で床に視線を落とした。


「⋯⋯それは……その……」

「俺だって心配してるんだよ。何でも任せっきりってわけには行かないだろ」


 俺がそう言うと、淕はギュッと一度目を閉じた。


「……あの方は、結様と奏太様、人として生きられなくなってしまった御二方に責任を感じていらっしゃるのです。そして、人として人界に残る御自分への憤りを抱えていらっしゃいます」

「まあ、そんなところだろうとは思ったよ。柊ちゃんのせいじゃないのに……」


 俺もちろん、ハクだって、たぶん柊士のことを責めていない。それでも、柊士自身が今の状況を受け入れられないのだろう。だから、これ以上何もないようにと先回りしては負担を一人で背負い続けている。


「あの方は、このような状況を招いた自分自身が許せないのです。本気で御自分が御二人に代わりたいと願う程に。しかし、白月様の代わりになれる道は、きっぱりと白月様御自身に断られてしまいました」

「……ハクの代わりになれる道って?」

「転換の儀を受けて、水晶玉で鬼と魂を交換する、と。そうすれば、御自分が代わりになれると、あの方は白月様の前で仰ったのです。勢い余って、ではあるのでしょうが……」


 聞けば、俺が寝ている間、柊士とハクは激しい口論をしていたそうだ。鬼界に行くことを決めているハクを引き留めるために。そしてその時に、柊士は自分がハクと代われる唯一の方法を口にした。

 

「……なんてことを言うんだよ……あの人は……」

「仰る通りだと思います。白月様も、あまりの事に、柊士様に手を上げられる始末で……」

「え、ハクが?」

 

 ハクがそんな事をするイメージがなさすぎて、俺は唖然として淕を見た。本当に大喧嘩だったようだ。


「昔の御二人であれば、珍しい事ではありません。しかし、大人となり、御二人の関係も大きく変わりましたから」


 淕は寂しそうに眉尻を下げた。


「白月様は、結局、方法があるならば鬼界からお戻りになると柊士様とお約束されていました。しかし、御二人に重荷を押し付けず御自分で動きたいと思うあの方の気持ちは未だ変わっていません。それなのに、人であるあの方は今のままでは深淵という場所にそもそも入れず、人界に留まる以外に道がありません。まるで瓶の中に閉じ込められた虫のように、その中で必死にもがくしか出来ないのです」


 淕は苦しそうに、そう吐き出す。


「あの方も、白月様も奏太様もきちんと帰ってくる意思があることはわかっていらっしゃいます。けれど、鬼界に行くのです。意思とは関係なく何が起こるかわかりません。あの方は、何よりも、貴方がたを失うことを恐れていらっしゃるのです」

 

 いっそ全部俺達に任せて、何とかなると開き直って送り出してくれたらいいのに、そう思う。でも、きっと柊士はそうしないのだろう。


 ……もうちょっと、信用してくれても良いんだけど……いろいろやらかしてるからなぁ……

  

「煩わしい事もあるかもしれません。けれど、奏太様が鬼界に向かわれるまでの間は、あの方の気の済むまで、付き合って差し上げていただけないでしょうか。今はただ、あの方の思う最善を尽くせるように」


 淕の言葉に、俺は小さく息を吐き出した。

 

「…………わかった。それでいいよ。少しでも、柊ちゃんの気持ちが楽になるなら。ただし、体に負担のない範囲で、だけど」

「はい。そちらは我らにお任せください」


 俺が言うと、淕は胸を撫で下ろしたような顔をする。淕自身も、ずっと気にかかっていたのだろう。

 

「あ、あと、ちょっと気になってたんだけど、淕は俺達に着いてくるって話だったろ? でも、今の状況的に、せめて淕はこっちに残った方がいいんじゃないかと思うんだけど。柊ちゃんの支えが必要だろ。あ、来てほしくないって意味じゃなくて」


 言い訳がましく付け加えたけど、正直、淕が着いてくる事への不安がないわけじゃない。

 けど、それ以上に、初めて御役目についてから今まで、辛い時にずっと俺の支えとなってくれていたのが汐と亘だったように、ずっと柊士を支えてきた淕は柊士の側を離れない方が良いと思う。


 そう思ったのに、淕は小さく首を横に振った。


「いいえ。奏太様には御不快かとは存じますが、どうか私もお連れください。鬼界で御二方のうちどちらかを失う様な事になれば、今度こそ、あの方の御心は壊れてしまうでしょう。私に、どうか貴方がたと、あの方の心を守らせてください」


 淕はそう言うと、不意にスッと膝を折り、俺に向かって頭を垂れた。


「奏太様には、改めて謝罪申し上げます。あれ程の事をしたのです。お赦しいただこうとは思いません。けれど、あの方の望む未来の為……当代の守り手様方皆様が揃って憂いなくお過ごしになられる未来の為に、微力ながら尽力させていただきたく存じます」


 ……その方が柊士の為になる、と言われては、断りようもない。

 

 あと、こんな事を言うのはなんだけど、淕の場合、贖罪の為とか言われるより、柊士の為に、俺やハクを護りたいと言われる方が余程信用できる。


「……わかった。ただし、汐とうちの護衛役達と、仲良く頼むよ。亘を取り戻すのに協力してくれるんだろ?」


 どうせだから、淕にはうちの護衛役達との関係改善に勤しんでもらうとしよう。



 翌日から、俺は呪物研究者のもとに通い、呪物の開発に協力することになった。

 

 淕には柊士の気の済むように、と言われていたけど、これだけは自分の気の力の状態を確認する為にもやらせてほしいと粘り、柊士の護衛の誰かを付けるという条件付きで許可をもぎ取った。

 ただでさえ忙しく体を酷使してるのに、研究の為に柊士に陽の気を使わせることまでさせたくない。


 一方、汐と巽、俺の護衛役となった浅沙(あさざ)達三人はすごく不満そうだった。


 それはそうだろう。当主の護衛役がわざわざ出張ってくるということは、俺の護衛役として不足、もしくは信用していないと言われているようなものだ。

 遣わされてきた柊士の護衛役達も、なんだか居心地悪そうにしながら着いてきていた。


 呪物研究者の小男は随分と優秀だったようで、どんどんと試作品を作っていく。


「もともと研究してた御守りの改良版ですからね。あまり時間をかけずに何とかなりそうです。あ、一応、あの呪物も安全装置つけておきましたんで、後で使い方をお伝えしますね。お許しいただけるなら、もうちょっと研究させていただけると助かります」


 手元の呪物を弄り視線をこちらに向けることなく小男はそう言った。どうやら、のめり込むと周囲の事を忘れるタイプのようだ。


 俺に新たにつけられた護衛役達は三人とも揃って晦朔と同じように守り手信奉者達だったようで、守り手様に不敬だなんだと言いながら、ずっとピリピリしている。


 それをなだめるのは巽の役目だ。そのせいか、なんだか、ずっと胃が痛そうな顔をしていた。


浅沙(あさざ)さん達は、あくまで護衛役補佐として選ばれた椿と違って、亘さん達と同じように正規の護衛役ですし、ずっと上位の先輩方なんです……」


 大丈夫かと巽に声を掛けると、護衛三人の目を気にしながら、巽がヒソヒソとそう言った。

 

「奏太様の御側でお仕えする者はかなり慎重に選ばれていましたが、亀島の一件が片付き調査が進んだおかげで、ようやく条件が緩和されたのです。実力のある上位者達は、柾のような者を除いて、どうしても二貴族家のどちらとも関係が生まれますから。まあ、護衛役補佐に加えて正規の護衛役まで増えれば、案内役とも護衛役補佐ともつかない巽は肩身が狭いでしょうね」

「う……汐ちゃん!」

 

 言葉を補足するように付け加えた汐に、巽は悲鳴めいた声を上げた。


 ちょこちょこ案内役を下に見るような発言を繰り返してきた巽への意趣返しだろうか。護衛役になりたいあまりのことで、悪気があったわけではないのは汐も分かってるはずだけど。


「今更、巽を外すようなことはしないよ。たとえ柊ちゃんに何かを言われたとしても」


 そう言ってやると、巽は感動したように目を潤ませて俺を見た。

 実際、もう巽が居ないと困るところまで来てしまっている。汐や亘と同じく、巽も椿も大事な護衛役だ。

 

 一方、巽をバッサリと切り捨てた当の汐は、新たな護衛役達にも呪物研究者にも、全く興味はなさそうだった。ただひたすらに、陽の気を使う俺の様子に気を配っている。


「奏太様、そろそろ終わりにいたしましょう。随分と陽の気をお使いになったでしょう?」

「え、まだ、全然大丈夫だけど」

「しかし、以前の傾向から考えれば、そろそろ目眩を感じられる頃のはず。使い過ぎと言っていいくらいです」


 汐は眉を顰めて俺を見た。

 

 俺は自分の手を見下ろす。そこまで使えば、さすがに自分でも気づくはずだけど、体の中の陽の気を探っても、大して使った感じはしていない。


「……主様が言ってたけど、本当に陽の気を効率よく使えるようになってるみたいだ」

「一度に発する陽の気も強くなってるみたいですしね」


 巽も、俺の手を覗き込むようにしながら言った。


「そうであっても、無理は禁物です。過信なさってはいけません。御身体も万全とは言えないでしょう」


 ……体も、もう大丈夫なんだけど……


 眉根をギュッと寄せた汐に抵抗しても、小言が増えるだけだ。俺はハアと小さく息を吐いた。


「わかった、今日のところは帰ろう」 

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