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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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232. 御守り制作の依頼

 翌日。柊士に付き添われ、黒い日石を持って自称呪物研究者のところへ向かう。

 自分の仕事をしてて良いと柊士には言ったのだが、白日の廟で鬼に追われた事を例に出されて黙らされた。


 自称呪物研究者は、地下牢の鬼とは違い里の一角にある納屋のような場所にいた。格子がはまり、奥に畳が置かれている座敷牢。その中には、さまざまな道具や小物が散乱していた。本当に罪人として囚えられているのかと首を傾げるような光景だ。


「さすがに、ここまでの研究をさせるのに他の囚人もいる場所に居続けさせるわけにいかないので、特別にここを設けたそうです。しばらくしたら、里に留まることを条件に釈放となるようですよ」


 汐が、そう教えてくれた。

 

「様子は?」


 柊士が声を掛けると、監視の二人がピシッと背筋を伸ばす。


「変わりありません。昼夜問わず寝る間も惜しんで、ずっと制作をしています。怪しい動きも特にありません」


 監視の言う通り、小男はこちらに目もくれず、一心不乱に手元の何かをいじり続けている。

 

 もう一人の監視が、おい! と呼びかけ、格子をガチャンと叩くと、ようやくその小男は顔を上げた。


「あ、これはこれは、守り手様! この度は、面白い呪物の開発を許可くださり、ありがとうございます! ちょうど、今、改良を加えていたのです」


 小男は、目をキラキラさせて俺を見る。


 その手の上に乗っていたのは、半透明で虹色にきらめく硝子がいくつか並んだ不思議な形の呪物だった。中央に正多面体の硝子があり、更にその周囲を五つの同じような正多面体がとりまき、細い管でそれぞれを繋げた円盤状の何かだ。


「巽、あれって……」

「……はい、亘さんが描いた画にそっくりですね。球が角張っているのも含めて」


 巽は小さく頷いた。


「え、あの形も、元の絵のままってこと?」

「はい、まあ……何故か、うまく円を描けなかったみたいで……」

「……円を描けないってどういうこと……? ていうか、何で、その時点でお前が描き直さなかったの?」

「いや、口で説明すれば伝わると思ってたんですけど……」


 コソコソと話していたつもりだったけど、小男にはバッチリ聞こえていたらしい。


「あの図を描いた方は素晴らしい発想をお持ちです! これ、完全な球じゃなくて、こうして面を作り、更にこうして複数個を繋げることで、より光を反射し増幅させられるんですよ!」

「……あ……あぁ……そうなんだ……」

「こんな風にして威力を高められるなんて、実に斬新な着想だと思います!」


 小男は熱心にそう語っているが、巽は口元を押さえてプルプルと震えだしている。

 

「……あ……あの……あれ、別に複数の球を繋げてほしいって……意味じゃ……なかったんです……けど……」


 もはや、笑いをこらえるのに必死だ。


 しかし、巽は自分にも責任の一端があると分かっているのだろうか。完全な説明不足によってできた代物だと思うんだけど⋯⋯


 一方の小男の方はお構い無しだ。

 

「更にいくつか改良を重ねて、つい先日、試作品から更に威力を五倍まで引き上げられたのです。もう少し何とかならないかと思考錯誤していて、ぜひ、守り手様にもご確認いただきたく!」

「威力を五倍……? あれの……?」


 柊士は呆れとも困惑とも取れないような声を出す。


「ここで発動させると、四方八方陽に気が放たれて里の者達がまとめて焼け死んでしまいそうなので、何処か遠くでお願いしたいのですが、良さそうな場所は……」


 その途端、その場にいる皆が、ギョッと目を剥いた。


「な、なんという危険なものを!」


 声を上げたのは淕だ。


「陽の気がなければただのガラクタですよ。守り手様方が触らなければ、発動なんてしません」

「……一応聞くけど、それ、俺達が持ってて暴発とかしないよね?」


 里がまとめて焼かれるような危険物を持ち歩いて、万が一のことでもあったら洒落にならない。

 というか、本当に何というものを作り出すのか。図を描いた本人も、説明の足りない補佐も、それを形にしてしまう製作者も。

 

「うーん……そう考えると、確かに安全装置はあった方が良さそうですね。威力を高めることばかり突き詰めていましたが、ちょっと考えてみます」


 全然、安全対策は考慮していなかった様だ。一応聞いておいて良かった……


「あのさ、安全装置は確実につけてほしいのと、そもそも当初考えてたのとは全く違うものが出来てるっぽいから、その話は別でしたいんだけど、今は……」

「えぇ、これ、守り手様の御要望と異なるんですか!?」


 俺の言葉を最後まで聞かず、小男は衝撃を受けたようにポトッと呪物を取り落とした。

 

 まあ、あれだけ熱心に作っていたのに、注文とは全くの別物だったと言われたのだ。気持ちは分からないでもない。きちんと注文しなかったうちの護衛役達が本当に申し訳ない。


「……あー……あのさ、思ってたのとは違うけど、鬼界で何かあった時の護身用に持って行けたら良いなとは思ってるんだ。だ、だから、安全に持ち運べるようにしてもらえたら嬉しいんだけど……」

「…………これ、ちゃんと守り手様のお役に立つんですか……?」

「た、立つ立つ! もちろんだよ!」


 恨めしげに呪物を拾い上げる小男に、慌ててそう首肯して見せる。

 

 正直、周囲に常に護衛がいて側から離すなと言われている状態で四方八方に陽の気を飛ばすものなんて使えるわけが無いのだが、俺達が鬼界に行っている間ずっと作っていたのだ。要らないなんて言えるわけがない。それに、ここで拒否して、守り手不在でも使えるような妙な改造を加えられても困る。

 

 それよりも、さっさと別のものの制作に頭を切り替えてもらった方が良いだろう。

 

「鬼の巣窟で、身を守れるものが欲しかったんだ! ついでに、こんなすごいものを作れる君に、作ってほしいものがあるんだけど……」


 多少棒読みになりつつ、おだてながら言い繕って様子を見ると、小男はほんの少しだけ、ピクリと動いた。

 

「鬼界で日石って呼ばれてる呪物みたいなものがあって、君に研究してほしいんだけど、どうかな?」

「……鬼界の……呪物……?」

  

 俺が振り返ると、巽は手に持った布包みから黒の日石を取り出す。

 

 陽の気を吸い取る日石を病み上がりの状態でいつまでも持つなと柊士に言われ、汐に有無を言わさずパッと取り上げられ、以降、巽が保管していた。


 黒い日石を目の前に出されると、小男は我慢出来なかったようにガバっと体を起こした。

 

「陽の気を溜めて、外の濃い陰の気から持ち主の身を守る力がある。作りを調べて、似たものを作ってほしい。妖が持っても害にならないように陽の気を発して、鬼すら耐えられないほどの濃い陰の気からその身を守れる呪物を」


 巽から監視役へ、そこから小男の手に渡ると、小男は丁寧にそれを受け取って、目を輝かせながらしげしげと黒い日石を眺めた。

 

「持続時間は長ければ長いほどいい。陽の気がなくなれば、俺が補充する」

「……ふーむ。守り手様の気の力を込めた御守りに似ていますね。問題は、常に妖が持ってる上に、陰の気を相殺出来るほどの陽の気を長時間放つことと、繰り返し使えること、ですか」


 小男はボソボソと口元で呟く。


「それを、なるべくたくさん、短期間で作ってほしいんだ」

「作り方さえ分かれば、里の技術者や文官も動員して製作を手伝わせる。次に鬼界に行くまでがリミットだ。それほど時間は取れない。開発だけは早目に頼む」


 俺の言葉を補足するように、柊士が付け加えた。

 

 複製の工程で時間を大幅に取られる覚悟で武官をなるべく多くつれれいくか、連れて行く数を限り無く減らして時間を短縮するか、どうすべきかと悩んでたけど、当主権限で里の者たちを動員して()海戦術を取ってくれるつもりらしい。


 小男は黙ったまま、しばらくの間、黒い日石を上から下からと、くるくる回しながら見回す。


「守り手様、少し触れていただけますか?」


 小男は俺を見て言ったけど、柊士がザッと一歩を踏み出し、俺と小男の間に入った。

 

「俺がやる」

「え、柊ちゃん?」


 そう声を上げてみたけど、本人は全くお構い無しだ。


 不用意に日石に触れ陽の気を使わせない為なんだろうけど、俺の中の陽の気は、もう十分に回復している。そんなにピリピリと神経を尖らせなくても大丈夫なんだけど……


 柊士は小男に言われた通りに日石に触れ、頼まれればそのまま陽の気を注いでいく。


「……なるほど。あいつが言った通り、確かに思ったよりも陽の気をつかうな」

 

 ふと、柊士がそう呟いたのが耳に届いた。


 ある程度の確認を終えると、小男はサラサラと何やら紙に筆で走り書きをいくつも残し、それを俯瞰するようにじっと眺める。それから、筆の後ろで頭を掻いた。

 

「……七日ほどください。それから、できたら、日に一度、守り手様のお力をお貸しください」

「ああ、わかっ……」

「いや、お前は、休んでろ。俺が来るから」


 返事をしかけたところでさえぎられた。でも、いくら何でも、柊士はあちこちに手を出し過ぎだ。むしろ休みが必要なのは、ずっと寝ていた俺じゃなくて柊士の方だと思う。


「さすがに、それくらい俺がやるよ。柊ちゃんだって忙しいんだから」


 俺の分まで何でもかんでも引き受けていては、たぶん、本当にそのうち倒れると思う。

 しかし俺が言うと、当の柊士にジロリと睨まれた。

 

「お前、あれから、一度も陽の気を使って無いだろ。体の中の陰の気は大丈夫なのか? また何かがあればどうする? 陽の気の枯渇状態を招かないと本当に言えるのか? 少しずつ体を慣らしていったほうが……」

「いや、もう大丈夫だって。主様もそう言ってたし、心配しすぎだよ!」


 顔の前で手を振って止めると、柊士は表情を歪め、苦い顔で俺を見た。


「……『主様』、か」


 なんというか、よくわからないけど、雲行きが怪しい。周囲の雰囲気が重くなる。


「それ、ちょっと貸して」

 

 俺は、少しでも空気を軽くしたくて、自分が大丈夫であることを証明する為に、黒い日石を持つ小男の方に手を伸ばす。


「奏太!」

「大丈夫だって」


 自分の手の平に乗せられた日石をギュッと掴み、陽の気を込めはじめる。


 普通に陽の気を込めて、柊士がやったように多少日石の色が変わって、俺の体に問題がないことを示せればそれでいい。

 

 そう思っただけなのに、それからほんの数秒。

 柊士の気の力によって黒に近い灰色になっていた日石は、あっという間に輝く白に色を変えてしまった。大して力を使ったわけでもないのに、だ。


 俺はポカンと手の中の日石を見る。


 確かに、今までも一つの日石を染めるのはそんなに大変じゃなかった。でも、こんな風にあっという間に色を変えた事はなかった。


 呆然としていると、突然、ガシッと乱暴に肩を掴まれた。


「お前、体は!? どれだけ陽の気を使った!?」


 血相を変えた柊士が声を荒らげる。


「日石一つだけだし、大袈裟だよ。前はもうちょっと時間がかかってたから、まさか、こんなにすぐに染まるとは思わなかったけど……」


 しかし、その返答で納得を得られなかったのか、ギュッと肩を掴まれたまま、じっと目を覗き込まれた。俺の言葉が本当か、本当に体に異常はないのか、見定めるように。

 

「ほ、本当に大丈夫だって! 前より自分の中の陰陽の気の状態がよく分かるんだ。問題ないよ!」


 心配と動揺が入り混じった目。柊士にそんな目で見られたら、居心地が悪くて仕方ない。


「柊ちゃん!」


 肩を掴む柊士の手を思わずパッと払うと、柊士はハッとしたような顔になった。それから、目元に手を当てて深く息を吐き出す。


「……悪い」


 その様子が何だかあまりに不安定に見えて、俺は眉を顰めた。


「今日はもう、戻ったほうが良いよ。何かあれば、自分で尾定さんのところに行くから。柊ちゃんは少し休んだ方がいい。ここくらいは俺に任せてよ」


 チラッと淕と栞に目を向けると、栞は心得たように柊士の腕をギュッと掴んだ。


「まだ他のお仕事もありますし、今は戻りましょう。ここには汐も護衛役も複数いますし、奏太様もご無理はなさらないでしょう」


 栞が言うと、柊士は不満そうな顔をしながらも、勢いに押されて引っ張られるように連れられて行く。

 たぶん、俺が言っただけでは、何だかんだ理由をつけて聞いてくれなかっただろう。栞が空気を読んで連れ出してくれて良かった。


「……案内役に弱いのは、何処も一緒なのかなぁ……」


 ポツリと呟くと、汐に無言でニコリと微笑まれた。

ついに百万文字っ!

ここまで読んでくださった方は、もはや神様!

本当に、ありがとうございます!!

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