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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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228. 眠りからの目覚め③

「鹿鳴さんも、ありがとうございました」


 話し合いが落ち着くと、俺は皆の後ろの方にいた鹿鳴に目を向けた。


「いや、俺は何もしてない。君が生きてて、本当に良かったよ。あの廟から連れ出してもらえたしね。もう一度、御天道様の光を直接この目で拝める日がくるとは思わなかった」


 鹿鳴はそう言うと、眩しそうに窓の外へ目を向けた。


「鹿鳴さんは、これからどうするんですか?」

「村田さんと同じように、ここで住み込みで働かせてもらえることになった。一度、故郷に足を運びたいとは思うけど、多分もう、死んだことになってるだろうからね」

「そうですか……」


 なんと言えば良いか分からない。鹿鳴もまた、鬼のせいで人生が変わってしまった者の一人なのだ。


「それよりも、鬼界の様子が少し気になるよ。管理者が居なくなって、恐らく、日石を外に出せなくなってる。戻りたいとは思わないけど、鬼界では日石がすごく重要なものだったから……」

「そういえば、領主の城にある日石のおかげで村も闇に呑まれずに済んでるって、鬼の子から聞いたの。その供給がなくなったとしたら、もしかしたら、闇の進行が進んでる可能性があるかも……」


 ハクの言葉に、スウッと血の気が引いた。まさか、鹿鳴を連れ出すことで、そんな不都合が生まれるなんて。


「早めに鬼界に行って、闇を抑えないと」

「いや、君が何日も通常の倍以上の日石を生み出してたから、奴らが無駄遣いしていなければ、そんなにすぐには底をつかないと思う。ただ、いつかは無くなるものだから、悠長にもしていられないと思うけど」


 俺は、自分が白日の廟に囚われてからの日数を頭の中で数える。人界に帰ってきてから寝ていた期間が五日だと聞いたから、あんまりのんびりはしていられない。


 そう思っていると、柊士に、ピシッと額を指で弾かれた。


「痛っ!」

「腕一つ動かせないクセに焦るな。鬼だって、自分達の住処をどうするかくらい、自分達で考えてるはずだ。今は、お前自身の体の事を考えろ。行くなら、ちゃんと万全な状態で行ってくれ。頼むから」


 柊士の真剣な目に、俺は押し黙るしかない。


「ひとまず、お前は、もう休め。夜になれば、今度は汐達が来るだろ。あいつらも話したいことがあるはずだ。こっちは、お前らが無事に行って帰って来られるように準備を進めるから」


 そう言うと、柊士は少しだけ寂しそうな顔をした。



「妾も、もう行く。無事に戻ってきたら挨拶に来い。汝は妾の眷属だ。くれぐれも死んでくれるなよ、奏太」


 主様がスゥッと消えると、皆も俺に一言ずつかけて部屋を出て行く。

 でも、全員が出ていっても、父さんだけは、しばらく動かなかった。まだ、完全に迷いを捨てきれていないように。


 父と二人。会話もなく静かな時間を柔らかく温かな日の光を浴びて過ごしているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたのだろう。

 目が覚めた時には夜になっていて、父の姿はなく、代わりに自分の手が、小さな手に握りしめられているのに気づいた。


「……汐?」

「奏太様……お目覚めになられて……本当に……良かった……」


 ポタリと冷たい雫が手に落ちる。


「ごめん、心配かけて……」

「…………今度こそ……貴方を……失ってしまうかと……」


 掠れる声を、必死に絞り出すように言う汐の手を、俺はギュッと握り返す。昼よりも、少しだけ手や腕が動くようになっていた。


「うん。ごめん。夜の間、ずっと看病してくれてたって聞いた。ありがとう」

「必ず戻って来ると仰った貴方が、あんな状態でお戻りになるなんて、本当に、肝が冷えましたよ」


 汐とは反対側を見れば、巽が眉尻を下げてこちらを見ていた。


「巽も、心配かけた」

「そう仰るなら、本当はもう勘弁してほしいんですけどね」


 巽は、これ見よがしにハアと溜息をつく。


「柊士様に伺いました。もう一度、鬼界に戻ると」

「うん。悪いけど、もう一回付き合ってよ」


 俺が言うと、巽は思ってもみなかったことを言われたとばかりに目を丸くした。


「……え? 連れて行って、くださるのですか?」

「だって、そういう話だっただろ? 結局、また汐を待たせて、泣かせることになったけど」


 汐に目を向けると、未だギュッと俺の手を握り、祈るようにこちらを見ていた。

 

 俺は、汐に泣かれると弱い自覚がある。


 危険な目にはあわせたくない。失いでもしたらと思うと、耐えられないくらいの不安が押し寄せてくる。

 

 でも、自分自身を犠牲にして深淵へ行こうとしたハクに、無理矢理にでもついて行くつもりだった俺は、置いていかれる二人の気持ちもわかってしまった。


 ……もう、こんな風に泣かせたくないしな。


「なんと仰っしゃろうと、意地でもついて行くつもりでしたけど……まさか、奏太様からそう仰って頂けるとは思いませんでした」


 唖然と言う巽に、俺は小さく笑って見せた。


「一緒に行くのは多分、淕が率いる人界の妖と、ハクの為に翠雨さんが揃える妖界の妖の連合軍だ。信頼できる側近くらい近くにいてもらわないと」


 同じことが起こると疑ってるわけじゃないけど、絶対に自分の味方だと思える者が居るのと居ないのとでは、大違いだ。


「亘と椿も置いてきちゃったから、迎えに行かないとな」


 鬼界に戻る理由はたくさんある。あいつらを置いてきてしまったのも、その理由の一つだ。


「……深淵に行った時、亘が闇の中にいたんだ。石小屋の中で話をした時に、二人とも、亘と椿の話をしなかっただろ? もしかして、何かあった?」

「椿は無事です。ただ、亘さんは……」


 巽は言いにくそうに言葉を濁す。汐がそれを引き継ぐように、小さく首を横に振った。


「鬼に連れて行かれた奏太様を追って一人で出ていったきり、姿を見ていません」

「……そうか。やっぱり、あれは亘だったのかな……」


 もしかして、俺を探して深淵に入り込んでしまったのだろうか。


 深淵の闇は、鬼ですら正気失うと聞いた。

 

 亘は日石なんて持ってないし、陽の気のこもった御守りも持っていない。闇の女神と共に居たあいつが、正気を保てているという保証はない。


 深淵で見た時、亘に俺の姿は見えていないようだった。いや、見えていたのに気づかなかったのかもしれない。闇に呑まれて、自分を失っていなければいい。でも……


「赤い目の鬼が捕まってただろ。あいつ、まだ生きてる?」

「はい。柊士様が聴取を行っているようでした」

「俺も、聞きたいことがあるんだ」


 深淵で正気を失うとはどういう状態なのか。闇の女神とは何で、取り込まれた者を取り戻すことはできるのか。あの時、あの赤い目の鬼は闇の女神について何か知っていそうだった。何でも良い。情報がほしい。


「亘を連れ戻さないと」


 俺が言うと、汐は仕方がなさそうに眉尻を下げる。

 

「まずは、お身体を休め、きちんと御自分の力で動けるようにならなければなりませんよ」


 そう静かに俺を窘めながら、布団をかけ直した。


「亘のことは、また改めてお話しましょう。夜の間は、我らが御側におりますから、奏太様は、ゆっくりお休みください。眠れなければ、栞を呼びましょう」

「……仲直り、したの?」


 険悪な状態のまま鬼界に行ったため、二人の関係性は転換の儀の一件以降、そのままだった。淕の件もあって、更に悪化してても不思議ではないと思っていた。

 

 でも、汐から栞の名前がでるということは、人界に帰って来てから改善したのだろうか。

 

「さあ、どうでしょう。奏太様が眠られている間、ほとんど会話はしていません。それどころではありませんでしたから」

「……そっか。無理強いをするつもりはないけど、もう一度鬼界に行く前に、できたら話をしておきなよ。家にもちゃんと帰ってさ」


 瑶だって、鬼界に娘が行くと知れば心配するだろう。父さんがそうだったように。


「…………そう、ですね。奏太様のお身体が回復すれば、いずれ」


 汐はあまり気が進まなそうに返事をした。もしかしたら、あちらから来てもらえるように手配した方が良いのかもしれない。


 俺はそんなことをぼんやり思いながら、再び眠りについた。

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