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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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227. 眠りからの目覚め②

「体に問題は無さそうだが、いかんせん、神の力が混じった人間なんて、初めて見るからなぁ」


 未だ動けないままの俺を診察しながら、尾定が首を捻った。


「体が作り変わったのに、そんなにすぐに動けるわけがなかろう。そのうち慣れる」


 主様は、何を当たり前のことを、と鼻を鳴らしたけど、主様以外の誰も、そんなことを知るわけがない。

 

「ていうか、尾定さんも知ってるの? 神の力のこと」

「ここにいる全員、知っている。ほとんどその場に居たからな」

「……そうなんだ」


 さっき、そんな話を全くしていなかった父に目を向けると、俯きグッと奥歯を噛んだのがわかった。


「お前の命を救うためには、それしか方法がなかった。すまない」


 後悔を滲ませるような声。

 

「何で父さんが謝るんだよ。まだやりたいこともあるし、生きられて良かったよ、俺は」

「……いや、そもそも数年前に、お前を守り手にする話が上がった時点で断っておけば良かったんだ。姉貴も兄貴も守り手だったのに、俺だけ資質が無くて、二人共死んでしまって……せめて、その子ども達の助けに奏太がなれば、なんて、自分勝手に了承したせいで、こんなことに……」

「ちょ、ちょっと、父さん!」


 まさか、日向の関係者が集まる場でそんな事を言い出すとは思わず、俺は目を剥いた。


「今までも、お前になにかある度、ずっと後悔してた。それが、まさかこんな事になるなんて……」

 

 これほど憔悴して弱音を吐く父を初めて見る。こんな状況では、身の置き場がない。


「やめてよ。俺は、むしろ守り手になれて良かったと思ってるよ。仲間も出来たし、柊ちゃん達が自分の知らないところで戦って傷ついてるって事を知らないまま生きるなんて嫌だし、知らないうちに世界が滅びてるって事にならなくて済みそうだし……」


 実際、死にかけたことなんて何度もあるし、何で俺がと思ったこともあった。でも、もう、守り手じゃない自分なんて想像出来ないくらい、この役目が今の自分を作ってる。守り手になったことを、俺自身は悔やんでいない。


 神の眷属になった事がこれからにどう影響するのか、不老になって何が起こるのか、想像して不安にならないと言ったら嘘になる。でも今は、世界が深淵に飲み込まれるかもしれないのを、先に心配すべきだ。


「それに、神様の眷属になったことで、もしかしたら、闇を抑える役目をハクに負わせなくてもよくなるかもしれないんだ。寝てる間、御先祖様が言ってた。まあ、明言された訳じゃないんだけど……」

「……奏太も、あの声を聞いたの?」


 ハクに問われ、俺はコクと頷く。


「本当はハクと話したかったみたい。深淵に一緒に来いって言われたんだ」

 

 俺はちらっと自分の枕元にいる主様に視線を向ける。


「あの、鬼界にもう一度行きたいんですけど、良いですか? よくわかんないけど、眷属になったからには、貴方の許可が必要ですよね?」

「「奏太っ!!」」


 父の悲鳴めいた声や、柊士の咎めるような声が聞こえたけど、主様は構わず、じろりと俺を見下ろす。


「何をしにいく? 汝の仕事はこの地を守ることだぞ」

「この地を守る為に行くんです。鬼界の闇が広がっていて、放っておけば、そのうち人界も妖界も闇に呑まれるって聞きました。その前に止めに行かないと、陰の気に耐性のない人界はあっという間に滅びます。鬼ですら、日石を持っていないと正気を保てなような場所だから」


 闇を抑える代わりが居なければ、と御先祖様は言っていた。つまりハクの犠牲があれば、元々聞いていたように、しばらくの間は闇を止められるのだろう。でも、俺はハクだけにそんな役目を押し付けるつもりはない。


「闇を大元から何とかする方法があるかもしれないそうです。俺が、貴方に半神にしてもらったから」


 あの時、御先祖様は、何とかする方法があるとは明確には言わなかった。神の領域だから難しいと。でも、可能性はあると言っていた。そして俺に自分のところへ来いと。なら、選択肢は一つだ。


「この地の安寧を守るのが俺の仕事だって、さっき言いましたよね? だから、俺の仕事として、この地を脅かす大元を止めに行きます」


 俺が言い切ると、主様は少しだけ眉を上げた。

 

「闇、か。汝が話したのは何者だ?」

「鬼界の深淵にいる御先祖様です。今、鬼界の闇を抑えてるのがその御先祖様で、力が弱まってるって。あと、仮にも遠く神の血を引く者が他の神の眷属になるとは何事だって、めちゃめちゃ怒られました」


 ついでに理不尽に怒られたことを思い出して愚痴ってみたが、主様は興味無さそうに考え事をしていて、全く聞いていない。


「鬼界で闇を抑える、汝らの先祖か……」

「知ってるんですか?」

「いや、聞いた事があるだけだ。妾が生まれたのは人界が出来たあとだからな。ただ、鬼界の闇を汝らの先祖が抑えているという話は知っている。汝が封印を戻した悪鬼がいただろう? あれは、闇の眷属が封じられたものだ。それが、この人界にはいくつも居る。闇が人界に届けば、封印が解けるかも知れぬ」


 主様の話に背筋がゾッとした。深淵が人界を覆うだけでも大変なのに、あれと同じものがいくつも解き放たれるなんて、地獄絵図だ。


「……何としても、闇を抑えないといけないってことですね」

「しかし鬼界の闇か……」


 主様はそこまで言うと、至極残念そうに俺を見下ろした。


「せっかく眷属にしたのに、失うのは惜しいのだが……」

「え、死ぬ前提で言ってます?」


 一応、行く理由は納得してくれたみたいだけど、生きて帰ってくるとは思ってないような言い方だ。どうにも解せない。


 そう思っていたら、主様は呆れ果てたような顔になった。

  

「さっきも言ったが、汝は半分は人間だ。不老であっても不死ではない。陰の気にはある程度耐えうる故、今回のような事にはならぬだろうが、体が傷つけば死ぬこともある。ましてや、行くのは闇の領域だ。何が起こるかわからぬ」


 ちらっと視線を向ければ、父は青褪めた顔で俯いていた。柊士とハクも同じような表情をしている。


「……ねえ、奏太、やっぱり私……」


 ハクが言いかけると、柊士はハクの腕をグッと掴んだ。まるでそれ以上、言葉にするなと言うように。


「……もう、俺が代わりに行くんじゃ、駄目なのか、奏太」

「あの予言のことを言ってるなら、多分そうなんだと思う。こうなることまで見通してたんだとしたら、ちょっと気味が悪いけどね」


 ハクを自由にすることができるのは、ハクと同じ血を引くたった二人だけ。そう言っていた。俺か、柊士か。あの時、柊士が鬼界に行っていたとしたら、俺と同じ道を辿っていたのかもしれない。


 柊士は眉根を寄せ、悔しそうに口を引き結ぶ。


「でも、本当に予言通りになるなら、最終的には、闇を抑えてハクを自由にできるはずだよ。どっちにしても、闇を抑えなきゃ人界も妖界も地獄みたいになるし、ここにいる誰も、もう、結ちゃん(・・・)一人を犠牲にすることは望んでないでしょ?」


 俺は、周囲に集まる人間達の顔を見回した。ここにいるのは、鹿鳴を除いて、転換の儀の顛末を知る者達ばかり。皆が、何も言えずに口を噤んでいた。


 動かなければならないのは、ハクと俺。他の者たちには行方を託してもらうしかない。


「良いですよね、主様」

「……まあ、仕方がないな。行って来い。ただし、死ぬのは許さぬ」

「わかってます」


 主様の許可は得たので、俺はもう一人、許可を得ておかなければならない人物に目を向ける。


「ちゃんと、帰ってくるよ、父さん」

「…………奏太…………」


 辛そうに眉を震わせる父の目を、俺はじっと見返す。駄目だと言われても行くつもりだけど、許しを得て行くのとそうでないのとでは、大違いだ。


 父は長い間、俺の目を見て迷うように瞳を揺らしていた。けれど、しばらくすると、何かを諦めたように、ふっとその目を伏せた。

 

「………………ただ帰ってくるだけじゃ、駄目なんだぞ。無事に、元気に帰って来なければ……」

「わかってるよ」

「……お前だけの、命じゃ、ないんだからな」

「うん、わかってる」


 これだけ心配をかけたのだ。ちゃんと生きて帰ってくる覚悟をもって行かなければ、きっと誰も許してくれないだろう。ハクと俺、二人揃って。


「…………わかった。もう、何も言わない。お前の思う通りにしなさい。ただし、必ず、生きて帰って来い」

「うん。ありがとう」


 許可を得なければならない二人の許可は得た。あとは、ハクが俺を受け入れてくれるかどうか、だ。


「……奏太」

「行こう、ハク。一緒に」

「……でも……」


 ハクは、自分の周囲の者達の顔を見回す。でも、誰に何を言われても、これ以上は自分の決意を変えるつもりはない。


「石小屋で言ったこと、今も変わってないよ。一緒に行って、帰ってこよう」


 ハクは、それでも迷うように視線を落とした。もしかして、戻って来たくないと思っているのだろうか……それとも、俺を巻き込む事を気にしているのだろうか……


「……結」


 柊士は、静かにハクに声をかけた。

 柊士がハクのことを、結、と呼びかけたのを見たのは初めてじゃないだろうか。


「ちゃんと、帰って来い」


 ハクは柊士の顔を見て、それから、俺を見る。


「本当に、いいの? 奏太」

 

 ハクは不安そうな顔をする。でも、どうやら、ちゃんと帰ってくる気になってくれているらしい。

 俺は、表情を緩めて笑って見せた。


「どっちにしても、俺、御先祖様に呼ばれて説教されることが決まってるんだ。他の神の眷属になるとは先祖に申し訳ないと思わなかったのか、自分達の先祖が何たるかをきっちり教えてやる、ってさ。だから、一緒に居てくれると助かるよ」


 冗談めかして言うと、ハクは眉尻を下げて、小さく笑った。


 一方で、柊士は難しい顔で俺を見る。


「奏太、本当は、俺も一緒に……」

「うん。柊ちゃんが行けないのは分かってる。人界を守っていてもらわないとならないし、それに、深淵の陰の気に体が長く耐えられないと思う。俺がそうだったように」


 俺が言うと、柊士はギリっと奥歯を噛んで顔を伏せた。


「……悪い。お前らに、背負わせて」

「大丈夫。たまには、信用して任せてよ」

「………………結を……頼む。奏太……」


 ギュッと握られた両拳に、柊士のやりきれなさが見て取れるようだった。

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