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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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226. 眠りからの目覚め①

 御先祖様の声が聞こえなくなると、ほっとしたせいか、また眠くなった。白い世界でゴロリと横になると、すぐに吸い込まれるように意識が遠のいた。


 再び意識が浮上し、緩慢に目を瞬くと、そこは真っ白な世界ではなく、眩しい日差しの差し込む何処か見覚えのある天井だった。


「…………奏太…………? ……奏太っ!!!」

「…………父さん……?」


 何でこんなところに……そう思う間もなく、突然ガバっと覆いかぶさられて目を見開く。眠気が一気に吹き飛んだ。


「は!? 何、どうしたんだよ!?」


 慌てて父の体を押しのけようとしたけど、体が思うように動かない。肩に、僅かにじわりと濡れたような感触がして、何故か父が泣いていることに気づいた。


「…………良かった…………本当に……」

「え、ちょ……父さん!? 一体、何が……!」


 嗚咽を堪えるような声まで聞こえてくる。周囲を見回せば、そこは本家の一室で、ここにいるのは父と俺の二人だけのようだった。


 体が動かないので、仕方なしにそのままされるがまま途方に暮れていると、父はようやく、鼻を啜りながら体を起こした。


「今度こそ本当に、死ぬかと思ったんだぞ」


 父はそういうと、ここまであったことをかい摘んで話してくれた。


 長期で御役目に出ていたかと思えば父が突然呼び出され、青白い顔で眠り続ける俺が本家にいたこと。

 妖界の温泉水も効果がなく、このままでは明日まで持たないかも知れないと告げられ、柊士とハクが必死に俺を助けようとしてくれたこと。

 何とか一晩を越えたかと思えば、そこから三日三晩、酷くうなされ、痛みと苦しみに耐えかねたように呻き叫び続けて、時に体を押さえつけなければならない程だったこと。

 昼は父や柊士達が、夜は汐達が付きっきりで看病してくれていたこと。

 その後それがようやく落ち着いたかと思えば、本当に息をしているのかと疑うくらいに静かに眠り続け、そのまま力尽きて死んでしまうのではと気が気ではなかったこと。


「……えーっと……それで、俺、どのくらい寝てたの?」

「五日程だ」

「そんなに!?」


 体感だけで言えば、せいぜい一日、という感覚だった。まさか、そんなに時間が経過していたなんて。


「今、体の状態はどうだ?」

「なんか、うまく動かない。筋肉痛みたいな痛みがあるし、力もあんまり入らないんだ」

「そうか」

 

 俺が言うと、父は何度か頷いた後、ゆっくりと立ち上がった。


「尾定さんを呼んでくる。柊士にも声をかけてくるから、ゆっくり寝てろ」

「うん……」


 ゆっくり寝てろと言われても、目が冴えてしまった。体も動かないので、ぼーっとしているしかない。パタリと父が出ていった音が聞こえると、俺はハアと息をはいた。


 まさか、父親を泣かせるほど心配をかけることになるとは思わなかった。


「……陽の気を使いすぎただけのハズなんだけどな……」

「それだけの理由(わけ)がなかろう」


 独り言に返事が戻ってくるとは思わず、ビクッと心臓が跳ねる。


 自分を覗き込む顔をみれば、いつぞやの土地神の少女が眉根を寄せてこちらを見返していた。


「え、何で?」

(うぬ)が死にかけていたのを妾が助けてやったのだ。有り難く思え」

「えーっと……俺を助けてくれたのは、柊ちゃんとハクなんじゃ……」


 父は先ほど、そう言っていたはずだ。しかし、土地神の少女は首を横に振る。


「あれらは応急処置をしたに過ぎぬ。妾が汝を眷属にして体を作り変えてやらねば、陰の気に体を蝕まれて死んでいたぞ」


 ……うん? 何か今、何処かで聞いたような話がでたような……?


「……え、眷属? なったんですか……? 俺が? 貴方の……?」


 夢の中、御先祖様に散々罵られたのは、ほんの少し前の話。あれは夢でも無ければ、御先祖様の勘違いでもなかったということだろうか。


「陰の気に支配されかけた体内の流れを整え、陽の気を出やすくし、妾の力を与えて陰陽の気に耐えうるように半神にしてやったのだ」


 ……半神……?


「……あの、半神っていうのは……?」

「妾の力を受け、人と神の中間たる存在になったのだ。汝はもう、人ではない」


 ポカンと口を開けることしか出来なかった。


「……え、人じゃないの……? 俺……」


 何が何だかわからず、混乱する。

 人が妖になった例を知っている。けど、まさか、自分が神と人との中間になったなんて。


 それに、土地神の少女の話は、夢で御先祖様が言っていたことに完全に合致する。御先祖様がブツブツ言ってたあれは、本当に俺のことだったということだ。


 俺は、小さく呻き声を上げた。


 ハクと共に深淵に行き、見ず知らずの御先祖様に怒られながら、俺達の先祖が何たるかを教えられる未来が、確定してしまった。


「今後、妾のことは、主様と呼んで敬え、奏太」

「…………はあ」


 よくわからないまま返事だけすると、パシッと頭を叩かれた。


「気の抜けた返事をするな」

「……すみません。ところで、眷属になったって言ってましたけど、何がどうなるんですか、主様」


 言われた通りに呼んでやると、主様は満足げに頷いた。


「やる事は、今までとあまり変わらぬと日向の小僧は言っていた。悪鬼の封印の補強、結界の綻びの補強、此の世の安寧が脅かされた時の対応、そんなところだ。この地を守る土地神である妾の手足となって、この地の安寧を守ればそれでよい」


 確かに、それなら今までと大きくは変わらなそうだけど……


「生活も変えずとも良い。そういう約束だからな」

「約束?」

「日向が我が眷属の仕事を手伝う対価に、汝に自由を与えよと、あの小僧に約束させられたのだ」


 さっきから出てくる日向の小僧とは、きっと柊士のことなのだろう。以前も確か、そう呼んでいたはずだ。

 そして柊士は、どうやら俺の人としての生活が保てるように、主様と交渉をしてくれたらしい。


「人ではないが、しばらくの間は人として過ごせば良い。永遠の生の中のたった一時のことだからな。ただし、果たすべき役目を果たせなければ、汝の自由は取り上げだ」

「え、永遠の生って何ですか?」


 何だか何処かで聞いたようなパワーワードが聞こえてきて、耳を疑う。


「半神となった故、不死ではないが不老になったのだ。ただし、半分は人のまま。傷つけば血はでるし、核が壊れれば死に至る」


 主様は、そう言いながら、トンと俺の胸を指で突いた。


「心せよ。せっかく力を与えてやったのに、すぐに死なれては堪らぬからな」

「…………はあ……」


 そう返事はしてみたものの、全く実感が湧いてこない。自分では何が変わったのかが全くわからない。意識は、ただの人間のままなのに。


「それから、先ほども言ったが、陰の気にも耐えられるようになっておる。周囲の陰陽の気に左右されぬ故、あの時のような封印の補強も少しは楽になろう。陽の気も強くなっているからな」


 なんというか話を聞く限り、随分主様に都合の良い改良を加えられたような気もするけど……まあ、気の所為だと思っておくことにしたほうが良いのだろう。一応、命を助けてくれたっぽいし。


「あとは……」


 主様がそう言いかけたところで、バタバタと廊下を走るような足音が複数聞こえ、バンと戸が乱暴に開いた。


「「奏太っ!!!」」


 戸の向こうにいたのは、柊士とハク。その後ろに、父、尾定、伯父さん、村田、鹿鳴(ろくめい)の姿が見えた。妖達の姿がないのは、部屋も廊下も、本家にしては珍しいくらいに日の光が差し込んでいるからだろう。


 柊士とハクは小走りで部屋の中に入って来て、俺の側に座って顔を覗き込む。何か変化がないか確かめるように、その眉が寄せられ、じっと俺を見つめている。父と同じく、随分と心配させたのがよくわかった。


「……ごめん、二人とも。助けてくれて、ありがとう」


 そう言うと、柊士が先ほどよりも更に眉根を寄せて何かを堪えるように口を引き結んだのが見え、それを確かめる前に、ふわりとハクに覆いかぶさられて、月白色の髪で目の前が覆われた。


「……良かった、奏太。こんな目に合わせて、ごめんね……」

「ハクのせいじゃないよ」


 しかしハクは、俺の肩に顔を埋めて、小さく首を横に振る。


「…………ちゃんと、人として生きさせてあげたかったのに……」


 たぶん俺にしか聞こえないくらいの本当に小さな声で、ハクはそう、消え入るように呟いた。

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