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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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225. 夢の中の声

 闇の中に稲光が無数に走る。此の世の終わりにでも放り込まれたような景色。その中で、自分の体の中を無理矢理かき混ぜられるような苦痛が長く続いた。いつまでこれに耐えなければならないのだろうと、何もないその場所で一人もがき続けた。いっそのこと殺してくれと叫びたくなるような激痛。しかしそれさえも口に出来ないほどの苦しさ。誰か助けてと手を伸ばしても誰も居ない。絶望の中を彷徨うようだった。


 それほど時間が経ったか、ほわりと温かな光の粒が目の前に降りてきた。縋るようにそれを掴むと、パアっと周囲が一気に明るくなって、ようやく息が吸えるような気がした。体中を支配していた痛みも、ピタリと治まった。


 そこは、何もない真っ白な空間。見上げれば、頭上には黒と白のきらめきが集まった複数の太い線があり、螺旋状にくるくると絡み合いながら、無数の川のようにとめどなく流れているのが見えた。


 ここは何処だと周囲を見回してから、さっきまでの苦痛を思い出し、まさかここは天国だろうかと思った。


「……俺、死んだのかな」


 ポツリと呟いたが、誰からも返事がない。


 ハアと息を吐いて、トンと座り込む。そのまま横になれば、無意識に疲れを癒やそうとするかのように、スゥッと眠りに引き込まれた。


「おい」


 突然、男の声でそう呼びかけられて、ハッと目を覚ました。


 そこは変わらず何もない白い場所。誰が声をかけたのかと体を起こして周りを見回しても、誰もない。

 気の所為だったか、そう思って息を吐くと、すぐに先ほどの声が聞こえてきた。


(うぬ)は誰だ? あの娘はどうした?」

「……え? あの娘?」


 もう一度、周囲を見回したけど、やっぱり誰も居ない。


「あの……貴方は何処にいるんですか? 声だけで姿が見えないんですけど……」

「意識を通じて話しているだけだから、姿など見えるはずがなかろう。それよりも、あの娘は何処だ?」

「え? えーっと……どの娘のことですか……?」


 特徴も何も分からないどこぞの娘の居場所を聞かれても分かるわけがない。それに、一応答えてはみたものの、この横柄な言い方をする男は一体誰なのだろうか。


「ふうむ、つなげる先を間違えたか? 確かに陰陽の気が混じる血族を探し当てたはずだったが」


 声の主はボソボソと独り言のように呟く。

 意味が分からなくて、どうしたもんかと思っていると、声はもう一度俺に声を向けた。


「では、汝は何だ?」

 

 勝手に声をかけて来たくせに、なんで咎めるような声で言われなきゃならないのか。

 

「……え、何って……日向奏太です、けど……」

「名を聞いているのではない。汝は何かと聞いている。何故、陰陽の気を同時に宿していられる? しかも、我の血を引いておるだろう」

「え、いや、普通に人間ですけど……陰の気なんて持ってないし……ていうか、御先祖様なんですか?」


 記憶にある祖父達の声とは異なるのだ。自分の血を引いている、と言うのなら、それより前の御先祖様しかいない。俺はいよいよ、死後の世界に来てしまったのかもしれない。


 あんまり悲壮感のようなものがないのは、実感が湧かないからだろうか。

 

「汝が我が子孫であることは間違いない。でなければ、意識をつなげることなど出来ぬからな」

「……はあ、そうなんですか……」


 我ながら、気の抜けた返事をしたなと思ったけど、なんか状況がよくわからないし、相手はちょっとピリピリしてるし、触らぬ神になんとやら、と思えば、こういう意味不明なことは無難にやり過ごした方が良い。


 ……そのまま、人違いってことで、さっさと去ってくれたら良いんだけど……


 しかし、先祖を名乗る声の主は、それを許してくれない。

 

「おい、気の力を探る故、そこに立ってじっとしておれ。人にしては奇妙すぎる」

「立ってるだけで良いんですか? さっきまで苦しい思いをしたから、今は何もせずそっとしておいてほしいんですけど……」

「こら、動くなと言っておろうが!」


 ……えぇ?

 

 声が何処からくるのか分からないのでキョロキョロしながら言ったら、怒声が降ってきた。人の承諾も得ずに進めておいて、理不尽だと思う。


 声をかけただけで怒られたので、何も言わず、身動ぎせずにじっとしていると、声の主が怪訝な声を出した。 


「ふぅむ。汝、誰ぞに何かされたか? 人の身とは思えぬほど強い陽の気を生み出せるようになっておるな」

「あー、それは最初の大君の血筋だから……」

「そうではない。代を重ね弱まっているはずの陽の気が、当時のあの子程にあるのだ。普通では考えられぬ」


 だから、あの子とは、どの子のことなのか。


「そんなに多いんですか?」

「それどころか、核の部分に濃い陰の気が染み込んでおる。うまく流れがつくられているから何とかなっているものの、普通であれば、全てが混じって死んでいるところだ」

「え、あの、無視ですか?」


 こちらの言葉を全く聞く様子もなく、再びブツブツと喋りだす。マイペースすぎて、相手をしているのが面倒になってきた。


「ああ、なるほど。陽の気の力が強いのもあるが、効率よく引き出せるようになっているほうが大きいな。体も、陰陽の気に耐えられるように作り替えられておる。半神か? 何処ぞの神の仕業でなければ、あり得ぬことだ」


 またブツブツ言い出したので、半分聞き流しつつ、別のことでも考えていようかな、と思ったところで、


「おい小僧」


と呼びかけられた。


「……はい」

「汝は我の血を引いていながら、何処の神の眷属になったのだ。陰や陽の神ではなかろう。何者とも知れぬ神に勝手にその身を捧げるなど、なんたる事だ」


 言っていることの半分も理解できなかったけど、俺が何処かの神の眷属になったと勘違いしているらしい。全く身に覚えのないことで突然怒られたって、困惑の二文字しか出てこない。

 

「いや、俺、神様の眷属になんてなった覚えなんてな……」

「黙れ、この不届き者が!」 


 えぇ。


「何世代も下ったとはいえ、仮にも神の血を引く子が、別の神の眷属になったなど、先祖に申し訳ないと思わぬのか!」

「いや、だから、俺は神の眷属になんてなった覚えないですから。そもそも、自分の先祖が神様かもって聞いたのだって最近だし、ホントかどうかも怪しいくらいだと……」

「なんだと、この、たわけ者!!」


 顔さえも分からない御先祖様に、わけもわからないことで雷を落とされた。意味不明すぎて嫌になる。


「……すみません」


 とにかく、これ以上怒らせるのも面倒なので、取り敢えず謝っておけの精神で、心にも無いけど一応、謝罪の言葉だけは述べておく。

 

 何に対しての謝罪かは不明だが、殊勝にみえる態度で謝罪をしておけば、ひとまず相手が落ち着いてくれることは、汐や柊士で経験済だ。


 ……あ、伯父さんには通用しなかったかも。


 藪蛇になったことまで思い出して、ドキドキしながら次の反応を待つと、声の主は苛立たしげに息を吐き出した。

 

「……もう良い。汝には、汝らの先祖が何たるかをきっちり教えてやる」

「え、あの、結構です」

「あの娘と共に、我のもとに来い。我が直々に説明してやろう」

「……いや、だから、ホントに結構なんですけど……」


 こんなに怒りっぽい御先祖様に会いに行くなんてとんでもない。しかし、断ってるのに、御先祖様は全く聞く気がない。


「腹立たしいが、半神が着いてくるなら役に立つこともあろう。汝ならば深淵にも耐えられるからな。別の神の眷属になったならば、我の代わりにはできぬが」

「……え、深淵?」 


 あの暗く閉ざされた死の土地を思い出し、ブルリと身震いをする。しかしそれと同時に、あそこで見た事がふっと脳裏に浮かび上がった。


 ……そうだ、あれがホントに亘なら、連れ戻さないと。でも……


「……深淵に耐えられるって言っても、俺では長居できません。探したい仲間も居るけど、あそこで死にかけましたし。というか、俺、死んだんじゃないんですか?」


 御先祖様の声までするし、てっきり死後の世界だと思っていた。でも、深淵に来いということは、死んではいないのだろうか。


「何を言っている。汝は半神の身で生きておる。その体なら、深淵程度の陰の気にも問題なく耐えられよう。だからこそ、あの娘と共に来いと言っているのだ」


 何度も御先祖様の言葉にでてくる『半神』というのが全くわからないままだけど、一応生きてはいるらしい。あの深淵に問題なく耐えられるというのは俄には信じがたいけど……


 それから、わからない事がもう一つ。

  

「あの、俺、未だに『あの娘』が誰か分からないんですけど……」

「何故わからぬ。人であり妖であり鬼の因子も持つ娘だ。我の血を引いているから、汝の血族でもある」

「……あ」


 ようやくわかった。陰と陽の気を併せ持つ同じ血を引く娘、で気付くべきだった。この御先祖様は、ハクのことを探していたのだ。そして――


「……もしかして、ハクを鬼界に呼んだ人ですか?」


 ハクを鬼界に導いた元凶。 


「人ではないが、まあ、そうだ。鬼界に来たことまでは確認したが、まさか案内を寄越す前に人界に行くとは思わなんだ。鬼界に戻らねば困るゆえ、こうして呼びに来たのだ」

「闇を抑える為に、ですか?」

「よく知っているな。闇を抑え込んでいた我の力が弱まっている。代わりが居らねば、此の世の全てが深淵に呑まれるだろう。鬼界も、妖界も、人界も、だ」


 闇の立ち込める深淵では、鬼でも日石が無ければ正気を保てないと言っていた。陽の気を持っていても体が竦み心身が重く酷く辛かった。あんなものが人界に広がったらと思うと、ゾッとする。きっと皆、無事では済まないだろう。

 

 あれを抑える力が弱まって広がり始めているなら、確かに補強が必要だ。でも……

 

「……それ、その()じゃなきゃ、駄目なんですか?」


 全てをハク一人に押し付けるのは、やっぱり納得出来ない。

 

「他の神の眷属でなければ汝でも良かったが、もうあの娘しかおらんな。陰陽の気を持ち、種族に縛られぬのはあの娘だけだ」


 確かに俺が知る限り、その条件に合致するのはハクだけだ。


「貴方のところへ行ったら、戻ってこれないんですよね? その役目の為にハクを閉じ込めて、永遠に使い続けるんですか?」

「大義のためには贄が必要なこともある。それに、あの娘も何者にも煩わされぬ平穏を望んでおったぞ」


 ……平穏? 囚えて自由を奪い、闇を抑える為だけに働かせることが? そんなこと、ハク自身が望んでいたとしても、到底納得できることじゃない。


「……避ける方法は無いんですか? せめて、闇を抑え込んだあと、妖界や人界に戻って来て普通に暮らせるようにする方法は……」

「ほぼ無いに等しい。闇の大元を何とかできれば可能かも知れぬが、我の力では難しい。それこそ、神の領域だが……」


 御先祖様は、そこで一度言葉を切る。


「……どうしたんですか?」

「……やはり、汝は一度、我のもとに来い。近くでじっくり見ておきたい」

「俺に、何かできることがあるんですか?」


 ハクを世界を救う為の犠牲にしなくて済むのなら、いくらでもついて行くけど……

 

「この離れた状況では、詳しいことまでわからぬが、可能性はある。それを明らかにする為に、来いと言っているのだ。迎えは遣る。……また別の界に逃げらぬよう、今度こそ、早々にな」


 御先祖様は、最後の言葉だけ、苦々しげに付け加えた。

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