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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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224. 土地神の提案:side.柊士

「柊士様、お話は終わりなのでしょう? 少しお休みになられてはいかがですか。このままではお身体に障りますから」


 柊士は栞に引きずられるようにして、部屋を出る。

 

 振り返ると、白月が安心させるように微笑んだのが見えた。ムッとした顔の翠雨に邪魔されて、一瞬しか見えなかったが……


 廊下を移動する最中、どうしても奏太の様子が気になり、足をそちらに向ける。


 戸の前までいくと、何やら、父親達の話し声が聞こえた。それとともに、少女のような高い声で、不穏な言葉が耳に響く。


「此奴は、放っておけばすぐに死ぬ。一晩も持たぬぞ」


 ざわりと背筋が震え、中の状況も確認せずに、バンと戸を勢いよく開けた。


「ああ、久しぶりだな、小僧」


 中にいたのは、いつぞやの自称土地神。


「……今、なんて言った……?」

「相変わらず、不敬だが……まあ良い。此奴は、放っておけば一晩持たずに死ぬと言ったのだ。強い陰の気によって己の作り出す陽の気が極限まで抑えられ体が限界にきている。せっかく効率よく陽の気を使えるようにしておいてやったというに、一体、人の身で何をすれば、鬼も耐えられぬ程の陰の気を内にいれることになるのか」


 土地神の少女は、首を傾げて奏太の体を見おろしていた。


「……どうにか、ならないのですか……?」


 奏太の父が、震える声で問う。

 奏太から聞いた話では、奏太の父もまた、過去この土地神に会っていたはずだ。叔父の手はキツく握りしめられ、命乞いをするように、土地神に低く頭をさげていた。


「人成らざる者となっても良いのなら、何とかしてやる。その為に、守護してやっている妾が来たのだ」

「……人成らざる者?」


 ついさっき、結の話を聞いたばかりだ。人ではなくなるなんて、奏太にとって碌な事にはならない。心臓が、嫌な音を立てる。


「陰の気の流れを作り、陽の気が循環できるようにする。ついでに、陰の気に耐える体が必要だ。今のままでは耐えきれぬ。故に、妾の力も一部譲渡し、陰陽の均衡が取れるようにする」

「……それで? 奏太はどうなる?」


 柊士が問えば、土地神は少しだけ首を傾げた。


「陰陽の力を持つ者を人とは呼ばぬ。そして、妾の力を受ければ、人と神の間に立つ存在となる。まあ、変わるとすれば、陰陽の気を強く持ち人の寿命に縛られなくなるくらいだ」


 土地神の言葉に、奏太の父はバッと顔を上げた。


「助けて、くださるのですか……? 奏太は、また、元気に生きられるのでしょうか……?」


 必死にすがりつき、懇願するような瞳。それを、土地神は冷たい目で見下ろした。


「ただし、対価が必要だ。以前、多少は力を貸してやるとは言ったが、これは限度を超えている。それに、地上に生き死にゆく者をただ助けるのは、神の(ことわり)に反する。手を出しすぎれば、妾が咎めを受ける事になる」

「……対価、とは……?」


 奏太の父は声を震わせる。

 

「対価は、此奴の命、そのもの。この地を守る妾の眷属となり、その身の全てを妾に捧げ、手足となる下僕となってもらう。死にゆく者を眷属とするならば、理に反する事にはならぬからな」


 奏太の父の顔が一気に色を無くして青白くなった。柊士は、震える拳をギュッと握りしめる。

  

「……奏太を、奴隷にでもするつもりか」


 柊士の声に、奏太の父の肩がビクリと跳ねた。

 当たり前だ。命が欲しければ、その身の全てを捧げろだなんて、そんなの、人生を奪われるのと同じだ。

 

 平穏をやるからと結の自由を奪おうとする奴がいたかと思えば、生かしてやるからと奏太の未来を奪い取ろうとする奴がいる。

 

 奏太を助けられる可能性のある者でなければ、たとえ見た目が少女だったとしても、柊士はとっくに掴みかかっていただろう。 

 

「不満そうだな、小僧」


 土地神はふわりと浮き上がり、柊士の前まで来て不敵に笑う。


「命を救ってやると言うのに、一体それ以上、何を望む? 妾は眷属がほしい。しかも陽の気を使える眷属だ。陽の子と同じ力があれば、この地も安寧を得られるだろう。価値があると思うから生かしてやるのだ。それが出来ぬのなら、このまま放置しても構わぬのだぞ」


 対価なしに命は救えない。悔しいけれど、もっともな話ではある。しかし……

 

「……眷属になったら、奏太に何をさせるつもりだ? 今の生活はどうなる?」

「この地に眠る悪鬼の封印を守り、綻びが生じればその対応に、此の人の世を乱す者があればそれを排除し安寧を守る。此の世が平和であれば、それほど多くの仕事はないさ。ただし近頃、封印しているはずの悪鬼が煩い。解き放たれれば、戦い再度封印せねばならぬ。流石にそれは骨が折れような」

「悪鬼の封印って、まさか、あれのことか?」


 以前、神社の地下で見た鬼を思い出し、柊士は青ざめた。解けかけた封印をもとに戻すだけで、奏太は陽の気が枯渇状態になった。封印の力が弱まったというだけで、この身が焼け焦げるようだった。あれが解き放たれれば、この世はあっという間に滅びるだろう。解かれた封印を再度し直すのは不可能だと思えるほどに、凄まじい存在だった。


「あれだけではない。彼の者の眷属はこの地にいくつも封印されている。それらが全て解き放たれれば、此の世は瞬く間に地獄と化すだろう。故に、封印を強固にせねばならぬのだ」

「いくらなんでも、無茶だ。奏太だけで、どうにかできるようなことじゃない」

「ならば、(うぬ)も手伝え。いずれにせよ、汝らの住処は守らねばならなかろう。悪鬼の封印に加え、此の世の安寧に力を貸せ。対価として、汝には守護を与えてやるぞ」


 此の世の安寧を守ること、それ自体は、日向が今まで抱えてきた仕事でもある。封印の補強の仕事は乗るものの、今までどおり日向当主として動いていけば、自ずと果たされていくことのはずだ。


「……封印の補強と人界の安寧の為に、力を貸せばいいんだな?」

「我が眷属の仕事に力を貸してくれれば、それで良い」

「わかった。ただし、俺の守護はいい。対価は、奏太の心身の自由の保証にしてくれ。仕事はさせればいいが、それ以外は、今までどおりの普通の生活を送る自由を与えてやってほしい」


 奏太が背負わされる役割は、眷属に力を貸すという役割を大義名分として、自分が肩代わりしてやれば良い。自分が日向当主である限り、妖達を奏太の役割の為に使ってやれば良い。

 あとは、奏太の人としての生活を保証させれば、少なくとも、柊士が生きている間は、今までと同じでいられるはずだ。

 自分が死んだとしても里が存続する限り、以降も次代の仕事として端から任せてしまえば問題なく奏太を支えていけるだろう。

 

「いずれにせよ、奏太一人では限界がある。守り手の仕事が出来ていたのは、日向の妖達の支えあってこそのものだ。奏太に今までどおりの生活をさせ日向の仕事もさせるなら、今までどおり奏太の手足となる妖もつけられる。奴らがいなければ、いくら陽の気があっても、奏太だけで役割を為すのは難しいはずだ」

「ふぅむ、ならば、そちらも眷属に引き込むか?」

「死にゆく者ではなく、先のある生者を眷属に引き込むのは理に反しないのか?」


 柊士が言うと、土地神は眉を少しだけ上げる。反応を見るに、グレーに近い黒、といったところだろうか。


「奏太が眷属になった後も心身の自由が保証されるなら、こちらは助力を惜しむつもりはない。役目を果たすには絶対に必要な力だ」


 柊士の言葉を吟味するように、土地神は顎に手を当て考え込む。しばらくその様子をじっと見つめていると、土地神はようやく考えるのをやめて、パッと手を振った。

 

「まあ、それで良かろう。ただし、一度でも眷属としての役目を果たせなければ、その身をこちらで引き上げる。以降は自由などないものと思え」


 柊士はグッと奥歯を噛んだ。できればそのような条件はつけたくない。けれど、引き出せるものは引き出した。これ以上は対価がない。むしろ今は、この交渉の匙を投げられる方が問題だ。万が一、その時が来た時に、いろいろ理由をつけて回避していくしかない。


「ああ、それから、眷属がこちらで生活するなら、近くに新たな社でも用意してもらおうか。近くに置いて様子を見ねばなるまい。これも条件のうちだ」


 柊士はチラっと自分の父に目を向ける。里のことは柊士の一存でどうにかなっても、人里に社を構えるには父の助けが必要だ。

 視線だけで可否を問うと、父はコクと頷いてくれた。


「わかった。条件はそれでいい。あとは、これを奏太が受け入れるかどうか、だけだ」


 柊士はそう言うと、今度は奏太の父に目を向けた。


「叔父さん」


 声を掛けると、奏太の父はビクッと肩を震わせた。しかし、ここで決断してもらわなくてはならない。


「少なくとも、奏太に今までどおりの生活をさせていいという言質はとった。奏太が背負わされる役目は、日向家で補助していく。気がかりは、普通の人間ではなくなるという事、それから、役目に失敗すれば自由を失うってことだ。それでも、ここで死ぬくらいなら、受け入れた方がいいと、俺は思う」


 皆の視線が、奏太の父に集中する。


「どうする、叔父さん? 奏太が決められない以上、最後に決められるのは、叔父さんだけだ」

「…………」


 長い沈黙。

 これを決断するのは、すごく勇気が必要な事だろう。一人息子を神に取られるのだから。


「…………わかり……ました……。どうか、奏太を……よろしくお願いします……」


 奏太の父は、小さく体を震わせながら、深々と頭を下げた。

 

 土地神はそれを受けると、再びふわりと浮き上がり、今度は奏太の枕元に降り立つ。

  

「しばらく目覚めぬ。様子をみてやれ。半神へと体そのものが変わる故、激しい苦痛を伴うだろう。一度、守護の力は渡してやってるから馴染みは良かろうが」

「……わかりました」

 

 奏太の父はそれだけ言うと、奏太の手をとり、ギュッと両手で握り込む。まるで祈りを捧げるように自分の額に押し当てた。

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