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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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218. 三人目の管理者②

 息を大きく吸い込んで吐き出すと、俺はくっと顔を上げた。再会の感動にいつまでも浸っている場合ではない。俺が連れてこられてから、ハク達がここに来るまでの間に起こったことを把握しておきたい。


「汐、俺が居ない間、何があったか教えてくれる?」

「はい」


 汐は俺に微笑むと、すっと移動して巽の隣に膝をついた。


「奏太様が連れ去られたと分かったあとの事ですが――」


 汐は時系列に整理しながら、あの後に起こった出来事を教えてくれた。そこに、巽からの視点が加わり、ハクからの視点が加わる。


 俺があの気味の悪い生き物に外に引きずり出されている間、拠点の入り口も襲撃にあっていたのだそうだ。亘と巽が二手に分かれて俺を追ったけど、亘は襲撃のせいで足止めを食らって、外に出るのが遅れた。その間に、俺は鬼にキガクの城に連れて行かれたということらしい。


 巽を見つけてくれたのは、ハクだった。

 

 ハクはキガクの城にずっと捕まっていたけど、宇柳達偵察隊が見つけて、うまく救出。

 しばらく周囲が落ち着くまで身を隠して、ようやく脱出して拠点に向かったところ、俺を捕らえた鬼の仲間が拠点の入り口を襲撃していて、蒼穹達がそれを制圧した直後だったという。


 つまり、俺とハクは、完全に行き違ってしまっていたということだ。


「拠点の手前くらいで誰かに呼ばれた気がして行ってみたら、巽がいたの。近くに御守りが落ちてたから、呪物が、必要とするものを呼んだんじゃないかな」

「そうだったんだ。ありがとう、ハク。巽を見つけてくれなかったら、本当に、どうなっていたか……」


 俺はチラッっと巽に視線を落とす。こうして元気な姿を見られる事に、心の底から安堵する。

 

「いいの。あと、これ返すね。再利用ができるかは分かんないけど、陽の気も込めておいたから」


 薄汚れてしまった、結の御守り。結から柊士に渡った物を、今度はハクから俺に返されるのは、何だか不思議な感じだ。


「……俺が持ってていいの?」

「もちろん。柊士は奏太を護りたくて渡したんだろうし」


 護りたくて、というよりは、戒めとして、という意味合いのほうが強かったけど、それはハクに言うような事ではない。


「ありがとう」


 結から受け取って何年も柊士が持っていたのだ。きっと大切にしていたのだろう。俺は有り難くそれを受け取って、再び首に下げた。


「それで、その後はどうしたの?」

「捕虜が言うには、奏太が連れて行かれたのがマソホって鬼のところで、いずれこの城に戻るって言ってたの。だから、奏太もここに連れて来られるだろうって聞いて」


 マソホとは、多分、あの赤い目の鬼のことだ。ハクを連れてきたのもあの鬼だった。


 ……というか、何だか、嫌な予感がしてきた。


「ねえ、ハク。まさかと思うけど、自分を……」

「そう。餌に使ったんだよ」 


 あっけらかんと言い放つハクに唖然として、開いた口が塞がらなかった。


「……な……なんて無茶なことを……! 皆、あれ程必死にハクの事を探してたのに、自分を餌にしてここに連れてこさせるなんて、何かあったらどうするつもりなんだよ!」


ハクの両肩を掴んでガクガク揺さぶる勢いで言うと、慌てた妖界の武官に引き離される。


「お、お止め下さい! 殿下!」

 

 しれっと殿下と呼ばれた事が引っかかったけど、それどころではない。

 一方のハクは、何でもないことのように笑った。


「だって、貴重な陽の気の使い手を殺すわけないもん。まあ、ちょっとだけ痛い目見たけど、それだけ」 

 

 ハクの様子をよく見れば、着物に隠れたところにたくさんのアザが見えた。顔もだ。最初に見たときに気付いたように、赤く腫れている。


「……ちょっとじゃないだろ……こんなの……」

「そんな顔しないでよ。私は大丈夫。むしろ、袖から飛び出てこようとする皆を止める方が大変だったくらいだよ」

「……陛下が鬼に良いようにされているのに、何も出来ぬ我が身を恨めしく思いました」


 妖界の武官の一人が、悔しそうに拳を握った。


「殿下をお救いする為にと何とか堪えましたが、このような御姿、璃耀様が御覧になったらどのようにおっしゃるか……」


 もう一人も、苦しそうにそう言う。

 

 護衛につけられた武官なのに、ハクが痛めつけられているのをただ見ているだけで助けることも出来ずに耐えなければならないのは、相当こたえるだろう。俺だって、その場に居たら飛び出してしまっていたと思う。


「お願いだから、もうちょっと、自分を大事にしてよ……」


 俺が言うと、ハクは曖昧に笑った。


「奏太もだよ。汐にあんまり心配かけないで」

 

 視線の先を辿ると、汐がこちらをじっと見つめてから、小さく息を吐いたのが分かった。

 

 話の最中、少し離れたところから、『……陛下と……殿下……?』という鹿鳴の呟きが聞こえた気がしたけど、俺はあえて頭の片隅に追いやった。ハクはまだしも、俺はそんな大層なもんじゃないと、先に説明しておくんだった。


「それにしても、璃耀さんもよく許したね」

「あ~……まあ、許してくれてはないよ。蒼穹に足止めさせて隙を見て強行突破してきただけで」

「え、強行突破……?」

 

 サアっと血の気が引く思いがした。多分、あちらは今、大変な混乱状態に陥っているのではないだろうか。むしろ、そんな役回りをさせられた蒼穹は大丈夫なんだろうか……


「この方法が一番手っ取り早くて、被害を最小限に抑えられる方法なのは確かだからね。武官を連れて行くことを条件に蒼穹は納得してくれたし。何を言っても絶対に折れない璃耀を説得しようとしたら、どれだけ時間があっても足りないよ。璃耀を撒くのに一番神経つかったくらいだもん」

 

 そうだった。ハクはこういう無茶苦茶なところがあるんだった。近くで仕える者はさぞ大変だろう。蒼穹も、納得した(・・)んじゃなく、納得させられた(・・・・・)のではなかろうか。俺はつい、妖界の者達に同情の視線を向けてしまった。


「一応、護衛は連れてきたから、いったん、このまま妖界に戻ろう。そこから、奏太を人界に送らせるから」

「え、ちょっと待ってよ。他の皆はどうするつもりなの?」


 ハクが居れば、結界に穴を開けて帰ることは可能だ。でも、それはここに居る者だけ。まだ外に居る者達は、ハクが居ないと帰れない。


「それにハクは? 『いったん戻る』ってどういうこと? ちゃんと幻妖宮に帰るんだよね? 何処にもいかずに、幻妖宮に留まるんだよね?」

「奏太を人界に送っていったら、私はもう一回戻ってくるよ。奏太が言う通り、他の皆を回収しないといけないからね」


 ……俺は、そんな答えを聞きたいわけじゃない。

 

 事も無げにいうハクの腕を、俺はガシッと掴んだ。ハラハラした様子で止めに入ろうとする護衛を、パッと手を広げて押しとどめる。ちゃんとした答えを聞くまで、邪魔をさせるつもりはない。


「その後は? 皆を回収したあと、どうするつもり?」


 皆を回収して、そのまま幻妖宮に帰るならいい。でもハクは、俺にこの後のことを話しながら、ほんの少しだけ目を逸らしたのだ。ハクが鬼界に来た目的を考えても、また鬼界に戻って来たきり、帰ってこない可能性が高い。

 

「奏太は心配しなくていいよ。璃耀達に無理矢理連れてこられたんだもん。何も気にしないで、人界に……」

「そんなこと、できる訳無いだろ」


 俺は、ピシャリとハクの言葉を遮る。この際、はっきりさせておいた方が良い。


「璃耀さんたちのやり方には思うところはあるよ。でも、柊ちゃんを人質になんてしないで話し合いを持ってくれてたら、俺は多分、自分の意思で鬼界に来たよ。これ以上、ハクにだけ重荷を背負わせるわけにはいかないから。自分に助ける力があるのに、ハクが自分の身を犠牲にするのを、黙って見てる訳にはいかないから」

「でもね、奏太……」

「でもとか、そんなの聞きたくない。俺が鬼界に来なければ、多分、柊ちゃんが来たよ。でも俺は、柊ちゃんにこれ以上背負わすのも、嫌なんだ」


 日向の当主になったばかりで、大きな事件が起きて、柊士には必要以上に負荷がかかってる。何も言わないけど、いろんな事が起こって精神的にもキツイはずだ。祭りの日に最初に聞いた柊士の声は、どこか弱々しくて今にも崩れそうに聞こえた。そんな人を、鬼界になんてこさせたくない。

 けど、今にも消えてしまいそうなハクを一人で行かせるのも、したくない。

 

「従兄姉だろ。たった三人だけの守り手だろ。ハクが背負おうとしているものを、俺も一緒に背負う。今まで、ハク一人に背負わせてきた分も、傷つけて来た分も一緒に。だから、自分一人で何とかしようとしないでよ」

「……奏太……」


 ハクは困ったように眉尻を下げる。

 それに、巽が諦めたような顔で笑った。


「あの時申し上げた通りです、白月様。奏太様の答えは、鬼界に来た時から決まっていますから」

「巽?」


 意味がわからず見ると、巽は少しだけからかうような声をだす。

 

「柾さんが言ってましたよ。奏太様は、一度決めたら御自分が納得するまで引かないと。護衛役を務めた短い期間で、融通が利かない事は嫌と言うほど分かったと」

「柾が?」

 

 自分の思うままにしか動かない柾に、そんな事を言われたくない。護衛役を任せた短い期間に嫌というほど分かったのは、むしろこっちの方だ。


 ムッと眉根を寄せると、汐の呆れたような小さな溜息が聞こえてきた。


「柾のことは置いておいても、奏太様の決意は固いようですし、反対は致しません。けれど、どうか、もう我らから離れないで下さい。御側を離れ、胃の腑を痛めるような思いは、もうたくさんです」 


 その言葉に、俺はピタリと動きを止めた。

 

 汐は当たり前に俺についてくるつもりだ。鬼界に来る前に、置いていかないで欲しいとも言われた。でも、実際に巽を失いかけて、少なくとも、戦う力の弱い汐と巽には安全なところにいてほしいと思ってしまった。

 俺のわがままに付き合わせるのだと思えば、本当は亘と椿も人界に置いておきたいくらいだ。護衛役を自分から離すなと怒られそうだけど。


「……あのさ、俺、出来たら、汐と巽には人界に戻ってほしいんだけど……」

「先ほど、御自分が白月様に仰った事をお忘れですか? 我らが同じ言葉を繰り返しましょうか?」


 汐は、透き通るような瞳で、俺をじっと見つめる。絶対に譲るつもりはないと固い意志を感じさせる目に、俺は、うっと息を呑む。

 

「い、いや、でもさ、汐」

「でもとか、そんなの聞きたくない、でしたか」


 巽にさっきの自分の発言を繰り返されて、俺は何とも言えずに口を閉じた。


「貴方の荷を軽くするのは、我らの御役目ですよ、奏太様。貴方が白月様と柊士様の荷を背負おうとなさるのなら尚の事、我らにも託してくださらねば困ります」


 汐がいつもの厳しい声音で言うと、巽がニコリと笑って頷く。

 

「貴方が白月様や柊士様を思う以上に、貴方が僕らを思ってくださる以上に、僕らが貴方を思っていることを、どうか忘れないでください、奏太様」

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