217. 三人目の管理者①
「ふうん、君は、その従姉を探しに来て、鬼に見つかって連れてこられたのか」
柊士と話をしたあと、鹿鳴にも補足説明を加えながら、ほぼ同じ話をする羽目になった。ハクの正体をわざわざ言う必要もないし、全部話すには事情が複雑すぎるから、自分と同じ力を使える従姉を探しに来たって事にして説明を続ける。
鹿鳴は、いつものように廟の中を整えたり、廟の壁際を何かを拾って移動しつつ聞いていた。俺は、陽の気を使いすぎたので休憩だ。
「まあ、だいたいそんな感じです。ところで、それ、何を拾ってるんですか?」
キラリと光る小さな小石のようなものを拾っているのが気になり、鹿鳴の手元に目を凝らす。
「ああ、これか。まあ、所謂『賄賂』だね」
「賄賂?」
俺が眉を顰めると、鹿鳴はニッと笑って俺の方へ歩み寄り、手の中のものを見せてくれた。
真珠のような光を放つそれは、色の鈍い小さな日石にも見える。
「これは?」
「見ての通り、日石だよ。質は悪くて小さいけどね。聞いた限りだけど、ちょっとした通貨みたいに使われてるっぽいんだ。いつも君が日の力を溜めてる大きな日石を使ってこういう小さな日石を染めて、王様から下々に施しをするんだそうだ。質が悪いから、染まりが悪くて溜まるにも時間がかかる。発する日の力も弱いけど、それでも貴重品なんだってさ」
「へぇ」
俺は鹿鳴に差し出された小さな日石を何気なく受け取る。すると、それだけが突然パアっと輝きを増し、一気に真っ白に染まってしまった。
「ああ、君が持ったから、それだけ、日の力を吸いすぎたみたいだね。助かるけど」
「助かる?」
「日石の価値が上がったってこと。賄賂だって言っただろ? 門番とか日石の回収係の文官とかに頼まれて、周囲に影響がない範囲でこの小さな日石に力を貯めるんだ。あと、小さな花とかが喜ばれるかな。見返りに、必要な物資とか食料とかを手に入れる。もしかしたら、君が欲しがってる外の情報も手に入るかもしれないね」
鹿鳴はそう言いつつ、ニコリと笑った。
「その日石を染めるのは、負担だったかい?」
「いえ、勝手に染まった感じでしたね。小さいですし」
「じゃあ、これも頼んでいいかな?」
鹿鳴はジャラリと小さな日石の一部を俺の手の平に移す。すると、あっという間にそれらも白い輝きを増していった。
「時々でいいから、協力してくれると助かるよ。あんまり数が多いと価値が下がるから、本当に少しでいいんだけど」
「まあ、これくらいなら」
無意識の間に複数個が一気に染まってしまうくらいだ。生活する間に必要なものも出てくるだろうと、俺はそれに了承した。
翌日、食事を取りに行った鹿鳴がちょっとだけ焦げた大きめの肉を二切れ持って石小屋に戻ってきた。
「やっぱり、白の染まり具合が良かったおかげで、随分喜ばれたよ」
ホクホクの顔で、鹿鳴が俺の皿に肉の半分を取り分ける。久々に肉が食べられるのだ。なんの肉かは気にするのを止めたほうが良いと自分に言い聞かせた。
「あと、君の仲間がどうなったかも聞いてみたよ。君がもともと居た拠点はもぬけの殻で、その後、まだ見つかってないって言ってた。本当のことを教えてくれてるかは分からないけど、捕まったとか殺されたとか言われなかったんだ。うまく逃げたんじゃないかな」
俺は思わぬ言葉に、ポトッと手に持った肉をテーブルの上に落としてしまった。
「……聞いてくれたんですか」
「君の力で染めてもらった日石だからね。詳しいことまでは分からないけど、多少は安心できるだろ」
なんの情報もなく鬱々としていた状態から、ほんの少しだけ心が軽くなったような気がした。
「……ありがとうございます」
「何か知りたい事があれば、また日石と交換で聞いてみるよ。君が身を削っているのに、俺にはそれくらいしかしてあげられないからね」
「十分、親切にしてもらってますよ」
この鬼界の地に囚われて、同じ人間である鹿鳴にどれほど支えられたか分からない。それに、鹿鳴がいなければ柊士と話をする事もできなかっただろう。
俺の言葉に、鹿鳴は穏やかに微笑んだ。
それから数日は大きな変化もなく、ただひたすら毎日、日石に陽の気を注ぎ続ける日々を送っていた。
二日に一度は決まって同じ時間に柊士と話をする約束だ。
大して新しい情報が無くても、少なくとも無事に生きている事だけでも確認したい、というような事をぶっきらぼうに言われ、素直に心配だって言ってくれたら良いのにと、からかい混じりに言ったら思い切り舌打ちをされた。
その日も、朝起きて顔を洗い、すぐに廟に移動する。夜の柊士と話をする時間に向けて、せっせと日石に陽の気を注いでいた。
と、突然、廟の外からザワザワと複数の声が聞こえてきた。黙ったままの門番と鹿鳴しか居ないのが常なので、いつもは静かなはずなのに……
そう思いつつ廟の外にでて、俺は目を見開いた。
手足を拘束され、鉄の鎖で猿ぐつわまでされた、白っぽく輝く銀色の髪の着物姿の少女が、思い切り地面に突き飛ばされたのが目に入ったからだ。
「ハク!!!」
思わず叫び、周囲の鬼たちの状況も気に留めずに、俺は慌てて駆け出した。
助け起こせば、随分傷ついていることがわかる。頬に殴られたような跡もあって、俺はギュッと奥歯を噛んだ。
「ハク、大丈夫?」
声をかければ、ハクは俺を安心させるように目元だけを細める。それから、チラッっと自分の着物の袖を気にするように視線を向ける。一体なんだろう、と思う前に、低い声が上から落ちてきて、俺はハッと顔を上げた。
「知り合いか」
俺をここにつれてきた、赤目黒髪の男が、ほんの少しだけ首を傾け見下ろしていた。
「……だったら、なんだよ」
「同じ力を使う者は、他にどれほど居る? お前と同じところにいた人妖の中にも居るのか?」
俺とハク以外にも陽の気の使い手が居れば、捕えてここに連れてくるつもりなのだろう。余計な事は言わないほうがいい。
「俺と、この娘だけだ。他には居ない」
「本当だろうな?」
「嘘だと思うなら、探せばいいだろ。どうせ、ただの無駄足で何もでてこないけど」
人界に行かなければ、こいつらはもう一人の陽の気の使い手を見つけることはできない。ほぼ不可能だ。
赤目は、探るようにじっと俺の目を見ていたが、俺がそれを睨みながら見返していると、フンと小さく鼻を鳴らした。
「管理者、今日の日石の量はいつもと同じでいい。代わりに、準備でき次第この男を連れて行く。日石はその女を使え」
「……は、はい」
少し離れたところで呆然と俺達と鬼とを見比べていた鹿鳴は、戸惑うように、そう返事をした。
鬼たちが出ていくと、俺達は門番の目を気にしながらハクの鎖を解いた。変に目をつけられても困るので、殆ど会話を交わさないまま、ハクの手を引いて石小屋の中に入る。ハクも空気を読んだように、ずっと口をつぐんでいた。
パタリと戸が閉まると、ハクは、ハァ~、と大きく息を吐き出す。
「ひとまず、無事に見つけられてよかったよ、奏太」
「それはこっちのセリフだよ! 今まで一体どうしてたの? 何で、ここに? まさか鬼に酷いことされたの? 璃耀さん達とは無事に会えて……」
そこまで言いかけると、ハクは自分の唇の前に人差し指を立てた。
「あんまり、騒がないほうがいいんでしょ?」
その言葉にうぐっと言葉を飲み込むと、ハクは仕方がなさそうに微笑んだ。
「璃耀達から話は聞いたよ。ごめんね、酷い目に合わせて」
「いや、ハクが無事なら、それはもう良いんだけど……」
「奏太の話を聞いて、心配してたの。元気そうで、本当に良かった」
ハクはそう言うと、周囲をざっと見回す。それから、鹿鳴にピタリと視線を止めた。
「ねえ、奏太、そちらの方は?」
「鹿鳴だ。この廟で管理者を任されてる人間だよ。君がハクちゃんなんだな。話は奏太君から聞いてる」
ハクはチラっと俺に視線をよこした。信用できるのかを確認したいのだろう。俺はそれに、コクと頷いて見せた。
「鬼に捕まって、俺と同じようにここで仕事をさせられてるんだ。陽の気にも触れられるから、人間で間違いないよ。日向のことも妖のことも、だいたいのことは話してる。すごく良くしてもらってるよ」
「そう。奏太の側に居てくれる人がいて良かった」
ハクがほっと息を吐く。
「この建物の中、鬼の監視はある?」
「いや、この廟の中は門番の目しかないよ。小屋の中まで見らることは、まずない」
鹿鳴の返事に、ハクはコクと頷いた。それから、先ほど鬼の前で気にしていたように、着物の袖に目を向けた。
「だって。出てきていいよ。でも、静かにね」
ハクが言うと、ふわりと青く透き通るような翅の蝶が袖の中から舞い上がる。それに続いて、黒い翅に鮮やかな青緑の体のトンボが、更に三匹の虫が飛び出してきた。
「……汐?! 巽っ!!!」
「奏太様、どうかお静かに」
ふわりと羽ばたき、俺の鼻の上にそっと止まると、汐が静かに言う。でも、それどころではなかった。
「……汐……でも……」
それ以上、言葉が出なかった。
もしかしたら、あのまま巽は死んでしまったのではと、ずっと不安だった。あの状態で、生きている方が奇跡だと思っていた。
だから、できるだけ思い出さないように、ずっと心の中でキツく蓋をしていた。じゃないと、気持ちが崩れてしまいそうだったから。
黒い翅のトンボは、すうっと俺の前に止まると、見慣れた人の姿で跪く。
「ご無事で、何よりでした。奏太様」
いつものように、まるで何事もなかったかのように、巽は恭しく頭を下げたあと、俺を見上げてニコリと笑った。
「……お前も…………ホント、生きてて良かった……」
体から力が抜けて、その場にトンと膝をつく。すると、そっと優しく俺の腕に小さな手が置かれた。
「ずっと、お探ししておりました、奏太様。無事にお会いできて、本当に良かった」
汐もまた、いつの間にか少女の姿に変わり、俺の横に膝をついていた。
たった数日。それなのに、その声が、こんなにも温かくて、懐かしい。無事に再び会えた、それだけで、胸が痛くなって目頭が熱くなった。
いつの間に、自分はこの妖達をこれ程まで心の支えにしていたのだろう。側に居てくれるだけで、こんなにも心強く安心できるなんて。
「……ホントに……良かった……」
顔を伏せ涙を堪えて、俺は何とか、そう呟いた。




