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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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216. 二度目の交信

 陽の気を使いすぎると、たいてい翌日に倒れる。今回も例外ではなかった。

 

 心配した鹿鳴に声をかけられて動こうとしたけど、体が重すぎてノロノロとしか動けない。昨夜から石小屋に戻ることも出来ていないので、鹿鳴が井戸の水をバケツに汲みコップと共に白日の廟に持って来てくれた。

 

「君が姿を一切見せないから、『日石の男』はどうしたって門番に尋ねられたよ。日石に力を注ぎすぎたせいか体調を崩して動けないって伝えておいたから、ー日の石の量が減ると良いんだけどね」


 鹿鳴が頭を掻きながらそう教えてくれた。


「『日石の男』ですか」


 完全に日石充電器と認識されているらしい。


 実際、どんなに体調が悪くても、日石のノルマはやって来る。昨日よりもきっちり一個増やされて。

 

 仕方がないので、ギリギリまで休んでから、必死に陽の気を絞り出した。何個かは白への染まり具合がイマイチで、並べてよく見るとまばらな色合いになったけど、これ以上は無理だと鹿鳴に託した。


 鹿鳴は戦々恐々とした面持ちで白日の廟を出ていったが、すぐに拍子抜けしたような表情で戻って来た。咎めがなかったようでほっと胸を撫でおろす。


「やっぱり、君の限界を試していたみたいだな。今日一日、廟から出なかったのも良かったようだ」

「どういうことですか?」

「毎日一つ日石が足されていっただろ? 今まではきっちり全てを白に染め上げてたから、まだ余裕があると見られて足されていたんだ。でも、昨日の事もあって今日は色がまばらだった。何を言われるかと構えていたけど、鼻を鳴らされただけで責められなかったよ。その上、明日からは昨日と同じ個数を上納するように言われた。最初から、限界を見定めるつもりだったんだろう」


 なるほど……

 まだ余裕がある状態で日石の増加を止められて良かったけど、もっと前から手を抜いておくんだった。


 更に翌日、前回と同じように早めに日石に陽の気を注ぎ、なるべく長く休憩時間を取って柊士と約束した時間に備えた。



「体調はどうだ?」


 柊士の第一声だ。


「大分戻ったよ。今日は一昨日よりも余裕もある」

「ならいい。キツくなったらすぐに言えよ」


 俺はそれに返事をすると、柊士に尋ねられるまま、鬼界に来てからの出来事を話して聞かせた。


 鬼界に来て地面に少しずつ陽の気を吸われ続けていたこと、自分が立っているところから緑が生え始めたこと、妖界勢が作った拠点で過ごしていたこと、調査隊が奇跡の村の情報を持ってきたこと、そこに降り立った女神がハクの可能性が高いと分かったこと、奇跡の村を探して拠点を移った時に鬼の少年を拾ったこと、その少年がハクの情報を持っていたこと。


 鹿鳴が不可解そうな表情でこちらを見ているのに気づき、そういえば、鬼界に来た理由やそこからの詳しい話はしたことがなかったなと思った。

 鬼界に来て白日の廟に連れてこられるまでに辛い経験をしたらしい鹿鳴は、俺のことも気遣って、あえて聞かないようにしてくれていたのだろう。

 結果、思いもよらぬ話に、ぽかんと口を開けている。


 一方の柊士は通常運転だ。

 

「何でわざわざ鬼なんか拾うんだよ。危険は避けろって今まで何度注意したと思ってる?」

「もう散々皆に言われたよ。熱でボーっとしてて、あんまり頭が働いてなかったんだ。でも、おかげでハクの情報が手に入ったんだから、結果オーライでしょ」


 亘達に言ったのと同じ事を言うと、柊士から、グッと何かを堪えるような声が聞こえてきた。それから、疲れたような溜息が続く。


「……もういい。説教は、お前が無事に人界に帰って来てからだ」

「亘から思い切り怒鳴られて、汐達から三人がかりで散々小言を聞かされたから、もう十分わかってるよ。遠慮しとく。それより、その後なんだけど――」


 人界に帰ってまで蒸し返されて説教を食らうのは勘弁してほしいので、さらっと次の話に説明を移す。柊士からは何か言いたそうな間があったけど、完全無視で話を進めた。


 鬼の子どもが言うには、ハクがキガクという領主の城に連れて行かれたらしいこと、その偵察に宇柳や柾達が向かったこと、それを待っている間に襲撃を受けたこと、そして、鬼に捕まってこの廟に連れてこられたこと。


「この前話した通り、巽の安否が分からないんだ。拠点から離れてなかったから、誰かが見つけてくれてたらいいんだけど……」


 亘はきっと外に出て追いかけてくれたはずだ。そこで巽を見つけてすぐに薬をかけてくれていれば、助かる可能性もある。でも、こればっかりは祈るしかない。


「事情はわかった。この前も言ったけど、あんまり気に病むなよ。こっちも、追加で武官を送る準備をしてる。妖界側の協力も得られる予定だ。翠雨がどの程度鬼界にいる璃耀と交信できるかは分からないが、お前からの情報は流しておくから、あっちで分かった事があればまたこの大岩を使って伝える。お前はくれぐれも、余計な事はせずに大人しくしておけよ」

「……わかった」


 鬼界にいる仲間たちの状況がわからないのがもどかしい。巽のことを考えると、強い不安感に襲われて、焦燥感ばかりが募る。何も出来ないからこそ、余計に。

 ぎゅっと目をつむり頭を振って、冷静になれと自分に言い聞かせるしか出来ない。


「ところでさ」


 不意に、柊士が空気を軽くするように切り出した。

 

「お前、例の自称呪物研究者に何つくらせたんだ?」 

「え?」


 鬼界に来る前、(くだん)の水晶玉を行商人に勝手に売られたから返して欲しいと俺の家に忍び込んだ妖がいた。亘に取り押さえられて事情聴取を受けさせた時に呪物の研究者であり製作者だと言っていた小男だ。

 

「何か作らせてただろ。淕に様子を見に行かせたら、『守り手様に頼まれたものの試作品ができました』って持ってきたんだ」

「…………あぁ〜、そういえば……」


 これもまた、鬼界に来る前。自分の身は自分で護りたいと亘達に言ったら、陽の気の結界を張れた方がいいのでは、という話になり、収監されていた呪物研究者に相談してみる事になったのだ。

 亘や巽が動いていたのは知ってるけど、結局どうなったのかは俺もよくわかっていない。汐が承知してれば変な事は起きないだろうと放置していた。


「俺もよく分からないんだ。何か出来たら報告が来るだろうと思って任せてたし。でも、もう出来たんだね」

「出来たというか……依頼者のお前は居ないし、陽の気が使えないと意味がないからって試作品を渡されたけど……」


 柊士は何故か懐疑的な声音を出した。そんな変なものを作らせたつもりは無いんだけど……


「どんなのだったの?」

「人からすれば自家発電の強力ミラーボール、妖からすれば四方八方に強力な光を飛ばす危険極まりない兵器みたいな呪物だ」

「…………は?」


 言っている意味が分からない。俺はそんなよく分からないものを作らせた覚えは一切ない。


「いや、陽の気の結界を作らせるって、亘達は言ってたと思うけど……汐も止めてなかったし、そんな変な物が出来るはず無いんだけど……」

「陽の気の結界? アレが? 誰が描いたか分からないヘッタクソな元絵も見たけど、少なくとも結界を張るもののようには見えなかったぞ。試作品も、あれを見たらこうなるだろうってくらい忠実な出来だったし」


 つまり、所謂『画伯』の絵を、『天才』がそのまま再現したら、とんでも呪物が出来上がったということらしい。


 俺は描いた覚えがないから、亘か巽だと思うけど……

 

 ふと、柊士の代わりに本家で仕事をしていた時の様子を思い出した。字も説明の為の絵図もガタガタになった書類が頭に浮かび、何となく絵の主は亘なんだろうなと悟った。


「まだ改良するつもりだと言っていた。守り手にしか使えない人体には害のない護身具にはなるから、鬼界の綻びができれば淕に持っていかせるけど、陽の気の結界を張れるものが欲しいなら、ちゃんと報告をあげろ。里の技術者に協力させて作らせるから」

「柊ちゃんが倒れた後だったから、相談できなかったんだ。それにしても、淕が鬼界に来るの?」


 正直なところ、淕の顔をあんまり見たくない。

 妖界の者達も当初はそうだったけど、鬼界に一緒に生活している間に何だかんだ慣れてしまった。でも、淕とはあれっきり。わだかまりが残っていない訳が無い。


「淕を行かせるのは、お前への贖罪(しょくざい)の為だ。俺に仕えるのと同じように、命懸けでお前に仕えさせる。ただ、お前に無理強いはしない。赦したくなければそれでもいい」

「……多分、汐も護衛役達も反発すると思うんだけど……」


 亘が淕に突っかかっていく未来しか見えない。汐も多分、止めないだろう。狭い拠点内で、雰囲気が険悪になるのは避けたい。

 

「近くに居させたくないなら、柾や妖界の者達と行動させるでもいい。お前に赦しを乞うのは、淕の役目だ。能力と力はあるんだ。お前が好きなように使え」

「…………分かった……」


 淕に力があるのは周知の事実。鬼界での護りと思えば心強いのは確かだ。……裏切りさえしなければ……


「何かあれば、俺に言え。お前が赦さなければ、俺もあいつを赦すつもりはない。追放でも何でも、お前の望むように処理する」


 近くに淕も居るだろうに、柊士は躊躇も何も無く、冷たい声でそう言い捨てた。

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