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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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閑話 ーside.マソホ:日の力持つ者

「キガクの城が闇に飲まれたようです。奇跡の村を含むいくつかの村も同様に」

 

 黒曜の城、主の執務室。その奥には、一際大きく豪奢な彫り込みの施された木製の机と椅子が置かれていた。富の象徴とも言えるそれに座すのは、紫黒色の髪の主。その紫水晶(アメジスト)の如き瞳が、マソホの報告に満足げな色を浮かべた。


「そう。まあ、国土は減るけど仕方ないよね。謀反を企んだりするからこういうことになるんだ。他の領主にもいい見せしめになったよ」


 鬼界の中央、白日の廟を中心に築かれたこの都と違い、周囲を囲む5つの領地は常に深淵の闇の侵食に脅かされている。 

 領主は王より日石を賜り、それぞれの領地を闇の侵食から守り、余剰ができれば自らの領地に緑を広げて富ませる。

 通常であれば、闇を抑えるのに十分な日石は各領地に与えられている。迫る闇からはある程度、日石が守ってくれるはずだった。

 

 しかし、深淵近くで憎悪と死を撒き散らすと、日石の力だけでは抑えきれず、瞬く間にその地は闇に呑まれてしまう。ちょうど、キガクの城のように。


 反逆者達を間違いなく粛清する為に、一気に城を攻め落とし、残党狩りの為に日石の追加を持ち込んで一晩耐えたが、翌日にはほとんど底をついていた。これ以上、日石を無駄に出来ずに引き上げてきたのが数日前だ。


 

 一年ほど前、先王が崩御された。

 この国の王は、長く続く事がほとんどない。黒曜の都を奪った最も力の強い者が王となる為だ。誰も彼もが、日の力に富み闇に脅かされる事のない都を欲している。常にこの国は、崩れやすく不安定な土台の上に立っている状態だった。王から与えられる日石で味方を繋ぎ止め、反旗を翻そうとすれば日石の供給を止め武力で制圧することで、国の体を保ってはいるが、それが未来永劫続くわけではない。

 

 都が奪われやすいのは、都を奪った直後、もしくは代替わりの直後だ。最も警戒すべきは、王都を囲む領主達。故に、王太子の周囲が安定的するまでの間、先王の崩御はひた隠しにされてきた。しかし、どこから漏れたかキガクがそれを聞きつけ、王都に攻め入る準備をはじめたという情報が入った。


 真実を確かめ証拠を掴むため、こちらからもキガクの動きを把握しようと試みた。しかし、あちらも簡単には尻尾を掴ませず、互いに水面下での探り合いが続いていた。


 そこへ入ったのが奇跡の村の情報。日の力をもたらす女神が降臨したなど馬鹿げた噂だと鼻で笑ったが、女神の調査を口実にキガクの城に入るには、丁度よかった。


 その時は、本当に奇跡を目の当たりにすることになるなど、思いもしなかったが。 


「夜が迫っていた為に処分しきれなかった捕虜を置いてきましたから、また虚鬼が増えますね」


 マソホは城の様子を思い出しながら言う。

 闇に呑まれて正気を保っていられるのは、余程強い意志を持つ者だけだ。二度と歯向かう気が起きぬよう、徹底的に攻め滅ぼした。心を折られたばかりの捕虜が、闇の中で残ることは無いだろう。


「新たに領主を据えるまで、周辺の警備は王城から兵を出すしかない。手配は頼むよ」

「承知いたしました」

「女神はまだ見つからないのかい?」


 日の力を操る月白色の髪に金の目を持つ女。『直に王になる俺様の妾にしてやろう』などとキガクが影で宣い、王に献上もせずに囲っていたようだったが、マソホが攻め入ったドサクサに紛れて消えてしまった。それ以降の行方は未だ掴めていない。


「申し訳ございません」

「同じ力の持ち主を捕えて連れてきたから失態は見逃すけど、早めに見つけてよね。この不安定な時期に、領主達に奪われたら困るんだ。あと、他に日の力を使う者が居ないかの確認もよろしくね」


 日の力は強力で、鬼界に住む全ての者が喉から手が出る程に欲するものだ。周辺領地が女神の力を元手に武力や財を集めれば、キガクの様にこの方の御代を傾ける可能性が高くなる。


「動ける者総出で探させております。もうしばらく猶予を賜りたく」


 周辺をくまなく調査したつもりだったが、未だ見つかっていない。何者かに奪われたか、自ら逃げ出したか。どこかに隠れ潜んでいた可能性もあるが、どうしても見つけられなかった。

 

「領主達に先を越されでもしたら、わかっているよね?」

「はい。重々心得ております」

「そ、ならいいけど。それで、女神の代わりの男はどうしてる?」


 砂蟲が見つけたという、女神と同じ力を持つ男。それが、人妖が潜む穴から見つかった。キガクの残党探しのために使った砂蟲が、不自然にあいた穴を探り偶然見つけたものだった。


 女神と同じような力を持つ人妖など、今までに見たことも聞いたこともなかったのに、この同時期に二人も現れるとは、何とも不可解だ。


 すぐに別部隊を調査に向かわせられれば良かったのだが、迫る闇夜を避けなければならなかった。翌日確認に行った時には穴の中はもぬけの殻。争いの跡があったものの、最初に穴を発見した部隊の姿はなく、完全に消息を絶っていた。

 

 手がかりは、今手元にいる日の力を持つ男のみ。

 

「日に一つ、日石を足していましたが、そろそろ限界の様です」

「それでも、あれが来てから一日の量が通常の倍を優に超えてる。すごいね、そんなに多くの日石を作れるなんて」


 最初は、一日の日石の半分も作れれば良いと思っていた。それが蓋を開けてみれば、たった一人でその量を生み出し続けているのだ。報告を受けた時にはマソホ自身も耳を疑った。

 

「女神を見つけたら、だけど、男の方は前に君が言ってた件に使ってもいいよ」


 闇に対抗できるのは日の力だけ。深淵の闇に呑まれた土地を日の力で浄化できないか。そう考えていた。

 故郷の地を、そして、その屋敷で虚ろな鬼と化した彼女を、もう一度取り戻す方法を探していた。

 しかし、自分に報奨として与えられた日石をいくら使っても足りなかった。


「……よろしいのですか?」


 主には、自分の成したい事を話した事があった。あくまで自分の手の届く範囲であれば自由にして良いと許可を得ていたが、日の力を使う者を貸し出してもらえるとは思わなかった。

 

「闇を祓えるなら、それに越したことはないからね。深淵の侵食に怯える必要がなくなるし、闇を払う方法があれば、こちらに追従する者も多くなるはずだ。各地の領主達がキガクのように余計な行動を起こす前に、切り札は集めておきたい」


 主の御代を保つためにも利がある。そう考えてくださったということだ。


「ただし、君の責任のもと、くれぐれも逃げられないようにね」

「承知いたしました。御力をお貸しいただけること、感謝申し上げます」

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