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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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閑話 ―side.翠雨:鬼界からの報告―

「何の報告もないとは、彼奴らは一体どういうつもりだ?」


 翠雨は苛立ちのままに机をトントンと指で叩く。


「凪からの連絡もなかったのです、鬼界との交信自体が難しいのかもしれません」

「妖界と人界で問題がなかったものが、鬼界になった途端に通じなくなるのか?」


 一際大きく、タンと机を指で叩くと、蝣仁(ゆうじん)は困ったように眉尻を下げた。


 離れた地でも交信可能な鈴は、璃耀とのやり取りを前提として渡していた。しかし、あれは自分に都合の良い報告しかしない可能性が高い。だから、凪にも持たせて定期的に報告するように指示を出した。それなのに。


「あちらで何かが起こり通信が難しくなった可能性もあります」

「そうであるなら尚のこと、どちらかから連絡があって然るべきだ」


 璃耀達が鬼界に行ってから、もうかなりの日数になる。にも関わらず、未だに一度も報告がないなど、璃耀が何やら企んでいるのではと思わずにいられない。

 

 翠雨と璃耀の利害が一致している時は良いのだ。実際、奏太を鬼界に同行させる件も上手く事が運んだ。

 だが、璃耀はとことん自分の目的に忠実だ。白月を見つけたとて、白月自身が妖界に帰ることを厭い鬼界に残ることを選べば、迷いなくこちらを切り捨て、その意に従うだろう。妖界を導く四貴族の立場など顧みずに。


 ……考えただけで気に障る男だ。


 その感情が嫉妬に近いことを、翠雨は理解している。あの方のためだけに全てを捨てられる潔さを羨ましく思っていることは確かだ。

 

 しかし、柴川の家に生まれ主上からこの地の安寧を守ることを任された、その役目を捨てられるわけがない。結果的に、いつも翠雨だけが政務を押し付けられ、京を守るという大義名分のもと、この地に残されるのだ。


 ちょうど今のような苛立と共に。


 白月を妖界に戻すには、鬼界という監視の届かぬ離れた地で璃耀に裏切られる可能性を排除せねばならなかった。

 だから、璃耀に持たせたのと同じ鈴を凪にも持たせたのだ。

 かつての側近は、たとえ白月の元へ行っても、璃耀ではなく翠雨の味方だと思ったからだ。璃耀に何か企みがあっても凪からの連絡で気づけるだろうと考えていた。


 それが、どうだ。

 鬼界に入ってから、今、この時まで、一度も鈴は鳴らないではないか。


 しかも、あまりに焦れったく、日に何度も鳴らしているうちに、執務の邪魔になるからと蝣仁(ゆうじん)に鈴を取り上げられる始末だ。


「それより、人界から翠雨様へ面会依頼が来ています。雀野の御当主が柊士様の使いとしていらっしゃるそうで」


 奏太を鬼界に連れて行った一件から、何度か柊士の護衛役が煩く訪ねて来ていた。適当にあしらって帰していたが、あちらもしびれを切らしたか、人界唯一の貴族家となった雀野を出すことにしたらしい。

 

「いつだ?」

「明朝に」

「……随分急だな」

「なんでも、急ぎの確認と、翠雨様へお願いしたきことがあるとか」


 ……あちらでまた何かが起こったか。


 主上不在の妖界で、妙な面倒事を持ち込まれても困る。


「忙しいと断っておけ」

「しかし、例の件ではなく、奏太様の今の状況に係ることのようです。どのような情報かは分かりかねますが、お耳に入れておいた方が良いことがあるかもしれません」


 人界では、翠雨達と同じように鬼界とやり取りできる手段は持っていないはずだ。それなのに、鬼界へ行った者に係る話だと?


「人界がどのようにして鬼界の情報を得られるというのだ?」

「人界では時折、鬼界との間に綻びが生じます。それを使えば、不可能ではありません」


 実際、それを利用して派兵を行ったのだ。柊士が奏太を奪還しようと形振り構わず動き、人界が追加で鬼界に武官を送り込めば可能ではある、と蝣仁は言う。


 ……また鬼界の入り口で起こった件を責め立てられるのは面倒なのだが……


「仕方がない。受け入れると伝えろ」


 璃耀と凪から何の情報ももたらされない以上、情報を少しでも手に入れておきたいのは確かだ。


「……あの役立たずどもめ」


 翠雨はボソッと低く悪態をついた。



 翌朝。人界唯一の貴族家の当主たる老人は静かに座したまま、こちらを見定めるような不快な目でじっと翠雨を見据えていた。

  

「……それで、確認したいこととは?」

「淕からも同じ御質問をさせていただいていたかと存じますが、本当に鬼界からの知らせは何もないのでしょうか?」 

「伝えた通りだ。そのような事を確認する為に、わざわざ時間を取らせたのか?」 


 彼奴らから連絡もなく苛立っているのはこちらの方だ。

 何度も同じ事を言わせるなと睨みつけると、粟路はゆっくりと首を横に振った。


「いいえ。こちらはあくまで確認。此度の本題は別にございます。翠雨様は、以前、人界にいらした際にご覧になった大岩を覚えておいででしょうか?」


 忌々しい、あの祭りの最中。人界の様々な場所を巡った後に、白月と共に訪れた神社にあった大岩を翠雨もよく覚えていた。陽の気を吸い取る奇妙な大岩。それに、白月と人界の守り手の二人が陽の気を吸われ一騒動あったのだ。

 

「それが、何だというのだ?」

「昨日、大岩の祀られる神社にて例祭が執り行われました。その際――」


 そこから語られたのは、大岩が人界と鬼界を繋いでいるなどという眉唾のような話。

 淡々と表情も変えずに語る粟路に、翠雨は表情を険しくさせた。


「それで、柊士様と奏太様が、大岩を通して会話されたと?」

「はい。話によれば、奏太様は護衛役とも妖界の方々とも逸れ、鬼に囚われている状態とのこと。柊士様も酷く心配しておいでです」


 鬼や悪意のある妖が、人の不安や弱みに付け込んで悪事を働く話など、掃いて捨てるほどある。

 護衛を常に複数連れ歩く日向の当主ともあろう者が、そのような者にはめられるとは考えにくいが、心が弱っているときには、どんな者でも狡猾な手口にコロリと騙されるものだ。

 

「それが本物であるという証拠は? 柊士様が何かに惑わされているという可能性はないのか?」

「可能性は低いかと。柊士様は陽の気を大岩に注ぎながら会話をされていました。我らには近づくことも出来ぬ状態です。妖や鬼に手出しは難しいでしょう。それに、長く話をされていましたが、御声も話し方も会話の内容も、奏太様そのものだったそうです」


 ……陽の気か……


 時に恵みをもたらすが、妖や鬼にとっては、その身を焦がす危険物。日向の当主を惑わそうと企んだとて、わざわざ陽の気を使わせるような事をするとは思えない。その一点だけでも、話の信憑性が増す。


 それに、どこかぼんやりして見える奏太に比べて、柊士には当主を任されるだけの素養はある。その本人が実際に長く会話をし、違和感もなく本人と判断したのだとすれば……


「それで、白月様の安否に関する話は?」

「未だ見つかっていない、とだけ」


 ……たとえ信憑性の高い鬼界の情報だったとしても、何の役にも立たぬではないか。


 口には出さなかったが、表情にでていたのだろう。ゴホンと蝣仁の咳払いが聞こえてきた。


「では、願いというのは?」

「奏太様救出のため、追加の派兵をお願いしたく」

「生憎、白月様捜索のために、出せるものは全て出している。鬼界にいる者を使うのは構わぬが、追加は人界でどうにかされよ」


 実際は、全く余剰が無いわけではない。しかし、璃耀達に万が一の事があった時に、あの方を再度探しに行かせるために残した者達だ。今出すつもりはない。

 最悪、奏太が居なくとも人界にはまだ柊士がいるのだ。奏太捜索の為に無理をしても良いことなど無いだろう。


 にべもなく断ったつもりだが、粟路は表情を変えない。


「人界から有志をお貸しした時のように、少数で構いません。鬼に真っ向から戦を仕掛けるわけでもありませんし、奏太様を救出し、あちらに残る武官達と合流させられるだけの数が揃えば」


 白月捜索のために人界から貸し出された数は、驚くほど少なかった。人界に武力提供を期待していたわけでもないし、奏太か柊士を鬼界に連れていくには相手が少ない方が都合が良いので何も言わなかったが、本当にあの方を探し出すつもりがあるのかと思うほどだった。

 

 そもそも、人界にいる妖の数自体が少ないのだろうが。でなければ、あのような事があったのに、こちらに助力を求める理由がない。


 考えを巡らしつつ粟路を見下ろしていると、粟路は更に言葉を重ねる。

 

「奏太様がいなければ、白月様もまた、助からぬと伺いました。人界は柊士様を失うわけには参りません。妖界にとっても、結界維持に必要な柊士様を鬼界へお送りするのは避けたいはず。であるならば、白月様のため、奏太様の救出は妖界にとっても重要な問題でしょう」

「ほう。あの方と妖界を盾にこちらを脅すつもりか?」


 粟路の言い方が気になり眉を上げると、粟路はゆっくりと頭を下げた。


「滅相もございません。ただ、人の身で鬼界へ行かれ、鬼に限界まで陽の気を搾取され続けている奏太様が、いつ鬼界で失われてしまうかと、心配でならぬだけでございます。柊士様も、奏太様が鬼界へ行かれてから随分憔悴されていらっしゃいます。人界での御役目すら最小限に抑えねばならぬほどに」


 ……脅しているではないか。


 奏太を救うつもりが無いならば、柊士を妖界にも鬼界にも出すつもりはない、というのが人界側の考えか。


「柊士様が妖界の結界石に陽の気を注ぐのは、白月様の一件の賠償のはずだ」

「支払わぬと申しているわけではございません。ただ、奏太様がお戻りにならず心身が伴わぬうちは難しいでしょう」


 ヒクっと自分の顔が引きつるのが分かった。


「それから、こちらは柊士様からの書状でございます」


 蝣仁が粟路から受け取り、それが自分の元へ回ってくると、翠雨はハラリと紙を広げた。いつもなら妖界の文字で書かれてくるはずが、今回はきっちり全てが人界の文字だ。翠雨も白月に習い読み書きできるようにはなってはいるが……


『人界にたった二人しか居ない守り手の一人を奪い死地に追い遣ったにも関わらず、この地から動けない病人にも足を止めずに歩めと言うのなら、そちらにも相応の支援を要求する。もう一人の守り手が無事に戻らない限り、治るものも治らないから、そのつもりで』


 たまらず翠雨はグチャっと紙の端を握りつぶした。

 

 それを見兼ねたように、蝣仁がそっと近寄り耳元に顔を近づける。


「少数で良いと言うのです。お引き受けになってはいかがでしょう。柊士様が鬼界へ行けない以上、白月様の為に奏太様が必要なのは確かです。それに、追加派兵をして奏太様を人界に戻せば多少なり誠意を見せたことにもなります。烏天狗にも協力を仰げば、近ごろの問題事も片付きましょう」


 ……烏天狗か……


 人界での祭りの一件から、白月は公に姿を見せられていない。体に鬼の魂を入れられて眠り続け、自分の魂を戻したことでまた眠り続けた。そして今の失踪だ。

 病であると公には伝えていたが、一度も姿を見せぬ期間があまりにも長引いてしまった。

 新たな主上が短い在位で崩御されるのではと不安を抱く者も居れば、病自体を疑い不信に思っている者も多い。


 烏天狗の首領もその一人だった。白月と親交が深く、見舞いもさせぬつもりかと、ちょうど騒ぎ出したところだ。

 

 面倒なのは、『柴川が、あれの抹殺を再び企んでいるのではあるまいな?』などと言い出した事だ。

『後ろ暗い事が無いのなら、白月に会って話をさせろ』と。

 

『ふざけた事を言うな』と会談の場で怒鳴り出さなかっただけ、よく耐えたほうだと思う。

 

 あのまま放置して騒ぎ続けられれば、妙な混乱を招きかねない。これ以上抑えるのも面倒だと思っていたところだ。事情を話して巻き込んだ方が、大人しくなるだろう。白月の不在時に、烏天狗に内政を荒らされるわけにはいかない。


 ……人界の脅しに屈するようで非常に癪だが……


 チラと見れば、蝣仁は小さく頷いた。


 ……奏太様が鬼に囚われたままで困るのはこちらも同じか。


 翠雨はハアと小さく息を吐き出し、気を取り直すように姿勢を正した。 

 

「できる限り、用意できるようにしよう。だが、期待はなさらぬようにと柊士様にお伝えせよ。出せても、せいぜい数十だ」

「承知いたしました。ご協力に感謝申し上げます」


 鬼界の穴が見つかれば、使いを出すと言い残し、粟路は最後まで表情を変えぬまま人界へ帰って行った。



「蝣仁、秘密裏に烏天狗と会談を持ち、この世の危機だと伝えて協力させる。使いを出せ」

「承知いたしました」


 蝣仁に指示を出せば、周りにいた側近達がざわめいた。


「白月様の捜索ではなく、奏太様の救出に協力させるおつもりですか?」 

「名目など何でも良い。全て助けねば、この世が滅びると言えばいい。そう大きくは変わらぬ」


 実際には、白月も奏太も助けに行かずとも、この世は維持されるのだろう。柊士の助けがあれば、妖界の結界も維持できる。しかし、人界は奏太を救出せねばこちらに協力するつもりがない。

 何より、そうやって平和が保たれたとしても、それは白月の犠牲あってこそのものだ。そのような事を許容するつもりはない。

 

……そしてそれを、烏天狗にわざわざ全て伝えてやる必要もない。

  

(りつ)、今回は其方も鬼界へ行け」


 翠雨は側に控えていた護衛の1人に目を向けた。


「私、ですか?」


 指名された律は、戸惑うように視線を揺らす。しかし、翠雨はそれを覆すつもりはない。

 

「璃耀はやはり信用ならぬ。信用のおける者があちらに居らねば、何の情報も入ってこぬではないか。だから人界に足元を見られるようなことになるのだ」


 下手に出るようなふりをして淡々とこちらを脅すような事を言う粟路を思い出し、翠雨は忌々しい思いで吐き捨てた。


「……流石にそれは八つ当たりでは……」


 蝣仁が呟いたが、翠雨は無視を決め込む。

 

「……あの……凪は……?」


 律は律で、不安気に翠雨を見た。それに翠雨はフンと鼻を鳴らした。

 

「彼奴は以前から、どうにも璃耀に強くでられぬ。どうせ鈴を奪われたか、言いくるめられ寝返ったかしたのだろう」


 実際、璃耀にやり込められて役に立たなかった事が何度かある。返すがえす腹立たしい。

 

「……えぇっと……あの…………私も流石に、雉里の当主様に強く出ることは難しいのですが……」


 何か聞こえた気がしたが、弱音など聞くつもりはない。翠雨は律を一瞥しただけで、黙殺することにした。

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