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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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212. 白日の廟②

「ちょっと気分転換したほうが良さそうだ」


 鹿鳴(ろくめい)は俺の手の手当を終えると、コップの中の水を飲み干しスッと立ち上がった。


(びょう)へ行こう。少し落ち着くかもしれない」

「廟、ですか?」

「白い建物があっただろ? あれだよ。あそこには、俺たちしか入れないから」


 言っている意味が分からず首をひねっていると、鹿鳴はイタズラっぽく笑った。


「ついてくればわかるよ」


 早く戻りたいと、はやる気持ちはある。

 でも焦ったところで、今の俺には情報が足りなすぎる。

 どうしてこんなところに鹿鳴のような人間がいるのか、ここで鹿鳴がしている仕事とは何か、この場所から抜け出る方法は本当にないのか、この場所を出たとしても、ただただ突っ切ってくるだけだった城や町の構造はどのようになっているのか。


 俺は自分を落ち着けるため、小さく息を吐いた。



 鹿鳴に着いて外に出て、白の建物に向かう。建物に鍵は掛かっていないらしく、鹿鳴は重そうな扉をぐっと押し開けた。


「ここ、白日(はくじつ)の廟っていうんだ」


 そこは、大きな岩が中央に鎮座し周囲に草花が生い茂る、まるで白い壁と天井に囲まれた小さな草原のような場所だった。

 何処から来るのか、岩の周りはまるで陽だまりのように明るく、風もないのにフワリと暖かな空気が流れてくる。


 その光景に、俺は思わず息を呑んだ。


 ……ずっと求めていた陽の光。

 

 人界から黒の渦を越えてここに来るまでの様々な事が思い出される。砂と土と枯れ木ばかりの肌寒い鬼界で小さく震えていたのが嘘みたいに温かい。

 

 ……まるで人界だ。

 

 そう思うとともに、自分の頬に温かい雫がツゥと落ちた。それが自分の涙だと気づくのに、それほど時間は掛からなかった。


「……あれ、何で……」


 胸が締め付けられるように苦しくて、何故か涙が止まらない。 


 どうしてここだけ陽の光で溢れているのか、ここは一体何なのか、鹿鳴に聞きたかったけど声にならなかった。ただ、嗚咽を漏らさないように必死で、涙がとめどなく溢れてくるのが恥ずかしくて、俺はその場に座り込んで顔を伏せる。

 

 ポンポン、鹿鳴のゴツゴツした手が、優しく俺の肩を叩いた。


「……すみ……ま……せん……」

「いいよ。俺も随分前だけど、ここに初めて入ったときは同じだった。しばらくの間ここから動けなかったよ。それだけ、人にとっては陽の光が大事だって事だ」


 それからしばらく、鹿鳴は俺が落ち着くまでの間、何も言わずに放っておいてくれた。


 鹿鳴は慣れた様子で長く育ちすぎた草花をむしっては端のほうに避けていく。どうやら綺麗な草原の状態を保てるようにしているらしい。

  

 それがある程度済むと、岩の前に座り込んだ。岩の真下には不自然な窪みがあって、そこに手のひらに乗るくらいの大きさの灰色の水晶のようなものが複数並んでいる。鹿鳴はそれを確かめるように持ち上げては状態を確認して戻すのを繰り返していた。


「……それは何ですか?」


 俺が近づくと、鹿鳴はふっと顔をあげた。

 

「もう良いのかい?」

「はい、すみませんでした……」

「良いって言ってるだろう?」


 親しげな笑み。鬼界の一角に閉じ込められているのに、陽の光のせいもあってか、鬼界に来てからずっと張り詰めていた心が解れていくような気がする。


「これは、日石というんだ。この大岩から漏れ出す太陽の光を、この玉の中に込める。最初は真っ黒な玉なのに、日の光が貯まると白く輝くんだ。鬼達はその太陽の光を持ち運んで、日が届かず緑の生えない土地を豊かにするんだそうだ」


 ……太陽の光。つまり陽の気を、この玉に込めているわけか……


「鬼は太陽の下では動けない。でも、ここには太陽の光が満ちている。不自然な事に、昼も夜も」

「夜も?」

「ああ、不思議だろ。鬼はここに入れないけど、日の力はほしい。だから、俺らみたいな人間の管理者が必要なんだよ。俺らはこれと引き換えに、衣食住を得て暮らしていくわけだ」


 さっき、鹿鳴が仕事と言っていたのは、これのことだったらしい。

 

「さっき、あの鬼が1日の日石の上納数を倍にしろって言ってたのは?」


 俺が尋ねると、鹿鳴は表情を曇らせた。

 

「本来、廟で込められる日石の量は決まっているんだ。それ以上取ると、都の端から草木が枯れていくと聞いた。もちろん、それを許す者達じゃない。だから、本来は倍に増やすなんてことはできないんだ。かと言って、こちらの言い分を聞いてもらえるような相手じゃない。逆らえば殺されかねないからね」


 途方に暮れるように鹿鳴は溜息を着く。


「彼は君から搾り取れと言ったけど……どういう意味か、君にはわかるかい?」


 できるわけがない、と言いたげな顔つきだ。でも、陽の気をその玉に込めるだけなら問題ない。気になるのは量だけど、これも試してみないと何とも言えない。


「説明が難しいんですけど、俺、日の光と同じものを出せるんです。手のひらから」

「…………は?」


 鹿鳴は意味がわからないとばかりに目を瞬いた。


 ……まあ、普通に聞いたら意味がわかんないよな。そんな人間いるわけないし。


「見せた方が早いです。余ってる黒い玉はありますか?」

「あ、ああ。あるにはあるが……」


 鹿鳴は未だ頭にクエスチョンマークを浮かべたまま、端の方に置いてあった小さな棚から手の平サイズの黒い玉を持ってくる。


「そのへんに置いてください」


 俺は大岩から離れた地面を指さした。大岩の影響から離した方が信憑性が湧くだろう。別に鹿鳴に持っていてもらっても良かったけれど、無駄に驚かしても気の毒だ。


 鹿鳴が地面に置いたのを確認すると、俺は軽く手を打った。いつものように手のひらから陽の気が溢れ出す。いつもと違うのは、暖かな光の中で、眩い光の粒を放出していること。


 ……そういえば、昼に外でわざわざ陽の気を出すことってなかったもんな……


 日の光に紛れているので、いつもよりも陽の気が弱々しく見える。

 ただ、鹿鳴には十分伝わったようだ。目を丸くして、ぽかんと口を開けてこちらを見ていた。


「……なんだ、それ……。君、本当に人間かい?」

「ええ、まあ、家系というか、なんと言うか……」

「……家系?」


 概ね家系という言葉で間違っていないんだろうけど、未だに俺もよくわかっていない部分が大きい。故に詳細な説明はできない。


「昔から、妖や鬼を相手にするような家系でして……」 

「……もしかして、陰陽師とか、そういうやつかい?」

「え? ええっと……違うんですけど……方向性だけは似たようなものかもしれないです……たぶん……」


 御札とか式神とか使ってカッコよく戦うアニメや漫画の様なものでは断じてない。手から短時間太陽の光を出せるってだけの地味な能力だし、鬼にも妖にも抵抗すらできずに簡単に殺されかける非力さだ。もどかしいけど、カッコいい事は何にもできない。

 

 だから、そんな風に感心したような目で見られても困るんだけど……

 

「へえ、ホントに居るもんなんだなぁ」

「いえ、想像してるのとは、絶対に違いますよ。少なくとも俺だけの力じゃ鬼と戦えませんし、だから、こうして連れてこられたわけですし……。カッコよく仲間を護るまでいかなくても、足手まといにならないくらいには……なりたかったんですけど……」


 なんか、自分で言ってて悲しくなってきた。


「全然、思うようにはいかないです。守られてばっかりで、助けたかったけど大した抵抗もできなくて。ホント、無力すぎて、かっこ悪くて、嫌になります」


 俺を護ろうとしてくれた巽に対してだって、ただの神頼みしか出来なかった。


 ギュッと口を引き結んでいると、鹿鳴は首を軽く傾げた。

 

「カッコいいと思うけどなぁ、俺は」

「…………どこがですか」

 

 俺がだいぶ不可解な顔つきをしていたのだろう。鹿鳴は俺の顔を見て、ふっと苦笑した。


「だって、俺がここに来たのも君と同じくらいの年頃だったけど、鬼を前にして俺がした事といえば、自分が助かる為に友達見捨てて必死に逃げようとしたことくらいだぞ?」


 鹿鳴の苦笑が自嘲に変わる。

 

「そのくせ、結局こうして捕まったわけだ。後悔と罪悪感で苦しくなったところで、ここから出ることもできなくなってた。友達は食われて死んだって後から聞かされたよ。かっこ悪いってのは、俺みたいなやつのことを言うんだ」


 苦虫を噛み潰したのを取り繕うように、鹿鳴は眉を下げた。きっと後悔を引きずっているのだろう。でも、鬼や妖なんて普通に生きていたら到底出会わないものに突然出くわして命を狙われたら、無理もないと思う。


「普通は、そうだと思います。俺は、何だかんだ慣れちゃっただけで……」


 俺だって、最初は夜の暗闇にビクビクして、亘に驚かされただけで声を上げていた。妖が化けた怪物が怖くて腰を抜かして逃げ出そうとしたところを自分よりも体の小さな汐に引き止められたこともある。

 何度となく妖達と接して鬼との戦いに巻き込まれたりしているうちに、感覚が麻痺してしまっただけだ。

 

 しかし、鹿鳴は首をかしげる。


「うーん。でもさ、慣れたっていうのは、君がそれだけの経験を積んできたってことだろ?」

「……え?」

「じゃなきゃ、あんな奴らに慣れるわけない。それだけ頑張って向き合ってきたってことだ。だから、いざという時、戦おうって気概を持てる。経験ってのは、それだけで誇っていい力なんだと、俺は思うよ」

 

 思いもしなかった言葉に、俺はぽかんと口をあけて鹿鳴を見つめた。そんな風に考えたことはなかった。毎回、必死にもがいていただけなのに。


「君はさっき、自分は無力だって言ったけど、経験があったから、鬼相手に立ち向かう勇気を持てたんだろ? それは、立派な鉾なんじゃないかな。相手にとっては無抵抗が一番楽に決まってるんだから」

「……そうでしょうか……」


 立ち向かう勇気があったって、何もできなかったのは同じだけど。

 

 俺が視線を逸らすと、鹿鳴は、仕方がなさそうな顔で俺の肩を軽く二度叩いた。

 

「鬼と『戦う』って言って立ち向かおうとしている時点で、俺は十分かっこいいと思うよ。それに、俺は今、君の力に助けられてる」


 鹿鳴はそう言うと、スッと先程まで黒かった日石を指さす。そこには白く輝く玉が転がっていた。

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