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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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206. 襲撃の跡②:side.白月

「貴方を救う為には、守り手様のどちらかの存在が必要だそうですね」


 柾は面倒そうな顔を取り繕うともせずに言った。

 

「……え?」

「奏太様は当初、捜索隊を送り結界の綻びを閉じたあと、そのまま帰還する予定でした。にも関わらず、本家で病床にあった柊士様を質に取られ、妖界側に鬼界への同行を求められたのです。奏太様が共に来なければ柊士様がどうなっても知らぬと。更にそれに、淕と人界の数名が同調しました。柊士様を守るために奏太様を鬼界へ送るべきだと」


 柾の話に、私は唖然としながら妖界の面々を見回した。

 

「……じゃあ、奏太の意思とは関係なく、無理やり鬼界に……?」 

「……そ……それは……」

 

 宇柳が言い訳を探すような声を出す。

 それを見て、巽が悔しそうな表情できつく目を閉じた。まるで、ずっと我慢してきたことを吐き出すように。


「……そうです。白月様が居なくなられた責任を問われ、柊士様の命を握られている状態で、味方であるはずの淕さん達にまで武器を向けられて……奏太様に選べる道なんて他にありませんでした。人の身で、陰の気が満ち厳しい環境下にある鬼の巣窟に、あの方は来るしか無かったんです。御自分を差し出そうとした里の仲間や、鬼界へ来ることを強要した妖界の方々と共に……」


 まさか、奏太がそんな状況で鬼界に来ることになったとは思わなかった。護衛役としては、とても許容できるようなことでは無かっただろう。巽の声音に、胸が締め付けられるような心地になる。


「奏太様は陰の気を体から吸い出す呪物を持っていましたが、鬼界の厳しい環境のせいで、ずっと体調を崩されていました。熱にうなされて、いつか力尽きてしまうのではと気が気ではありませんでした。その上、鬼界という未知の場所で鬼に連れ去られたんです。亘さんが飛び出したのも、無理もありません。もしも……もしも、万が一のことがあったらと……考えたら……」


 巽は目を潤ませ、堪えるようにぐっと口を引き結んだ。

 

 私はすぐには言葉がでなかった。


 強硬手段をとった妖界の者たちを見回すと、凪が痛そうな表情で巽を見たあと、眉尻を下げて訴えかけるように私をじっと見つめた。


「それでも、どうしても奏太様か柊士様に来ていただかなければなりませんでした。貴方に、無事にお戻りいただくためには」

「……どういうこと? なんで私の事に奏太か柊士が必要なの? そもそも、私は柊士や奏太に協力を仰いで、残った皆で妖界を守っていてほしいって書き残したの。人界との協力関係を結んでいかなければならない時に、協力者であるはずの奏太を危険に巻き込んでまで、鬼界に来るなんて……」


 最後に黒の渦を見られた以上、凪達が鬼界に来てしまう可能性が全くなかったわけではない。でも、妖界を守らなければならない以上、カミちゃんならば為政者として正しい判断をしてくれると思っていた。すべてを投げ出した私なんてさっさと切り捨てて、妖界の安定を第一に考えてくれるだろうと。それなのに……


「人魚の予言があったそうです。驟雨様との戦を予見した人魚です。覚えていませんか?」

「……は? 人魚?」


 思いも寄らない言葉に、私は眉を顰めた。

 

 確かに、まだカミちゃんや璃耀達と一緒に旅をしていた頃、偶然出会った人魚に予言を残された事があった。そしてその後、本当に未来を見通していたのだと思う程、予言通りの事が起こった。忘れるわけがない。

 

 でも、その人魚が、一体なんだというのだろう。


「貴方がその身を差し出し闇を抑える役目を負わなければ、妖界も人界も鬼界も全てを巻き込んで滅びに向かうと、人魚はそう言ったそうです。そのために貴方は鬼界へ行ったのだと。そして、その定めから貴方を救えるのは、貴方と同じ血を引く二人だけだと。貴方を救い、同時に此の世を滅びから救う、そのために奏太様が必要だったのです」

「……その予言があったというだけで、奏太を危険に晒したの……? しかも、役目も全部放り出して、勝手に鬼界に来た私なんかの為に……?」


 あの夢で見た言葉からすれば、世界のことだけを考えれば私さえ居れば何とかなるはずだ。奏太や柊士に関する言及はなかった。奏太が必要なのは、私を救うという一点の為だけだ。


「『なんか』、などと仰らないでください。それに、貴方は全てを放り出したのではなく、全てを救う為に、鬼界にいらっしゃったのでしょう?」


……全てを救う為?


 私は、世界が滅びず、自分に平穏が訪れればそれで良いと思って受け入れただだ。あの声の主の頼み事は目的の一つでしかなかった。自分の役目を放り出したのは、誤解でもなんでもない。

 

「そんな、立派なものじゃない」

「それでも、予言は完全に間違っているわけでもないのでしょう?」

「……それは……」


 否定も肯定も出来ずにいると、凪は私の目の前まで来てスッと膝をついた。それから、私の手を取りじっと目を覗き込む。


「奏太様は、必ずお救いしましょう。そしてその後は、貴方負う御役目を、どうか我らにもお手伝いさせてください。御一人で重荷を背負わず、我らにもどうかお分けください。貴方の荷を少しでも軽くできるようにしたいのです。そして、目的を達したら、共に妖界へ帰りましょう」


 凪の真っ直ぐな視線に耐えきれず、私はそっと視線を逸らした。

 

 一度捨てて出てきたのに、のこのこ私が帰るわけにはいかない。それに、いつか帰る私のために帝位を空けておくという建前が覆る。そうなれば、日向の悪習はこのまま続いていくかもしれない。


 私は、俯いたままの巽に目を向ける。


……少なくとも奏太は、私が勝手に決めた事に巻き込まれただけだ。最後まで付き合ってもらう必要はない。むしろ、安全な人界に居てもらわなくてはならない、大事な守り手だ。


「ごめんね、巽。無事に奏太を取り戻して、璃耀達には相応の補償をさせる。奏太を助けたら、すぐに結界に穴を開けるから、そのまま奏太と皆を連れて人界に帰って。あなた達まで、私の目的に付き合う必要はないから」

「「白月様!!」」


 妖界の者達が揃って鋭い声を上げ、巽も驚いたように顔を跳ね上げた。


「たとえ目的を達しても、私は帰らない。そのつもりで鬼界に来たの。だから、奏太を連れて先に帰って。これ以上危険に晒す必要はない」

「……し……しかし……」

 

 奏太が巻き込まれた事を嘆いていたはずの巽は、何故か戸惑うような声を出した。


 奏太のことだけを考えれば、迷うことなんて無いはずだ。護衛役ならば、一も二も無く頷いて然るべき。妖界の者達に強引に連れてこられたのなら尚のことだ。

 

 それなのに、何でそんな顔をしているのだろう?


 私が巽の反応に疑問符を浮かべていると、不意に、


「無理ですよ」


という、素気ない柾の声が聞こえてきた。


「……無理って、どういう意味?」


 声の方を振り返ると、柾は意味ありげに眉を少しだけ上げてみせた。

 

「どれ程の者が、あの事件と貴方の事に責任を感じているか、御存知ですか?」

「……どれ程って……」

「当事者である、亘、柊士様、奏太様、その護衛役に案内役、里の管理者であった粟路様に日向の前御当主、湊の企てに気づけなかった里の文官達、度重なる襲撃を防げなかった武官達。まあ、里のほとんどが、何らかの責任を感じているわけです」


 柾は指折り数えていく。


「そんな状態で、すでに鬼界に来てしまった奏太様は、貴方を放置して戻る事を良しとしないでしょう。あの方は、一度決めたら御自分が納得するまで引きませんから。護衛役を務めた短い期間で、融通が利かない事は嫌と言うほど思い知りました」

「……でも、奏太はただ巻き込まれただけで……」


 私が言うと、柾はざっと人界の者達と妖界の者達を見渡した。

 

「どっちが巻き込み、どっちが巻き込まれたか、なんて、元をたどればもはや判別つきませんよ。無理矢理鬼界へ奏太様を連れて来た件なのか、きっかけとなった湊の事件か、そもそも貴方を妖界へやったことからか、更に遡ればどうか。その上、此の世の命運がかかっているとなれば、他人事で居るには無理があります。妖界の者だけに押しつけるわけには行かないでしょうから」

「……でも……」

 

 私は、一番の被害者の護衛役である巽に目を向ける。すると、巽は小さく首を横に振り息を吐き出した。

 

「奏太様の件はやっぱり悔しいです。でも、僕も柾さんの言う通りだと思います。……柾さんの場合は、もっともらしい事を言って、自分が鬼界に残りたいだけですけど」


 そう言いつつ、巽は胡乱な目を柾に向けた。


「何を言う。人界にとっても妖界にとっても、利のある説得をしているというのに」

「自分にとっての利をとる時の顔ですよ、柾さん。気づいてませんか? 亘さんに戦いをふっかける時と同じ表情になってるの」


 呆れ果てたような巽の言葉に、人界の者達が苦笑するように頷いている。


 ……まあ、言われてみれば、確かに。


 もう遠い記憶だけど、柾の表情には見覚えがある。ずっと忘れていたのに、里を荒らされた後の瑶の怒鳴り声まで一緒に思い出せるのだから、不思議なものだ。


 真面目に聞いていたのに、何だか力が抜けてしまう。

 

「……ならば、お前は、結様を鬼界に置いて帰れるのか?」


 図星を突かれた柾が不満げに言うと、巽は姿勢を正し、スッと表情を引き締めて私を見上げた。


「柾さんの個人的な希望はおいておいても、奏太様を助けてくださった上で、無理強いせず、あの方の意思を尊重してくだされば、僕は何も言いません。あ、主に苦言くらいは呈するかもしれませんけど。恐らく、柾さんの言う通り、奏太様は帰るとは仰らないでしょう。僕らがどれ程説得しても……」


……こういう事に関しては頑固なんです、すごく……、と仕方がなさそうに、巽は付け加えた。


「巽、でも……」


 私が言いかけると、主張が平行線になるのを見て取ったのか、宇柳が、私の言葉を制するように手を少しだけ挙げた。

 

「白月様、奏太様が居ないところでは結論はどうやっても出なさそうですし、先の事は置いておきませんか? 奏太様を救うのが先決でしょう」


 先に奏太を助ける事には賛成だけど、私の中の結論は決まっている。しかし、宇柳の言葉に、凪もコクリと頷いた。


「ええ、そうです。どうすれば良いのか、一緒に最善の道を考えていきましょう」

「白月様が妖界に戻られない可能性を璃耀様も予見されていましたから、ご相談すれば、きっと良い方法が見つかると思います」


 桔梗も小さく手を打って賛同する。どうやら結論を先送りにして時間を稼いで、私を説得する方針とする事にしたようだ。

  

 私は思わず呆れ顔で三人の顔を見回してしまった。これに璃耀まで乗っかったら、だいぶ面倒臭そうだ。


「……璃耀はなんて?」


 私が尋ねると、凪と桔梗が顔を見合わせた。

 

「過去、帝位ではなく妖界と人界の安定だけを願い戦に臨んだ白月様が、御自身が居なくとも妖界が回っていくように手配されてまで鬼界に来たのだから、もう、お戻りになるおつもりは無いのだろう、と」 

「璃耀様には確信があったようです。白月様の居場所の検討がついた後も、璃耀様は手段があるにも関わらず、貴方の意思を確認するまでは、と、翠雨様へ報告を入れなかったくらいですから。『まだか』と毎日何度も確認が入って煩いと、通信用の鈴を荷物の奥底にしまってしまわれましたし」


 桔梗は、そう言いながら苦笑した。

 

「翠雨様は、何が何でも貴方を妖界へ、とお望みです。しかし、璃耀様はそうではありません。あの方は、貴方がどの様な選択をしたとしても、どこへいらっしゃろうとも、最期の時まで貴方にお伴すると、随分前から決めていたようです。だから、面倒な翠雨様を押し切って鬼界へやってきたのだと仰っていました」


 間に挟まれる者の立場も考えて欲しいものです、と宇柳は疲れたように呟く。


「大丈夫ですよ、白月様。きっと、皆にとって最も良い方法を選べますから」


凪は、皆を見回した後、私にニコリと笑って見せた。

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