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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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196. 奇跡の村③:side.白月

 日の力を見せるなら体が自由でなければならないと理由をつけてようやく立ち上がらせてもらうと、村の者たちが酷く怯えた様子で私たちを囲うように立ち尽くしているのが目に入った。その周囲には武装した鬼が十数、村の者たちの動きに目を光らせている。領主の配下に制圧された状態だ。身なりにしろ周囲の動きにしろ、セイエンとそれに並ぶ赤眼の男がこの場では一番偉いとみて良いと思う。


「ただ日の力を発するだけでは信じて頂けないでしょうから、枯れ木にでも注ぎましょうか」


 光を放つだけも十分かもしれないけど、何か言いがかりをつけられても困るし、だからといって誰かを焼くわけにもいかない。鬼界に来た当初セキに見せた通り、適当な枯れ木を見つけて陽の気を注ぎ元気にするのがわかりやすいだろう。


 ……そう言えば、セキはどうしたんだろう?


 セイエン達に不審に思われないように気をつけながら周囲に視線を巡らすと、セキは村の者たちの後ろの方で、ぎゅっと両手の拳を握りしめて俯いていた。

 

 私をこの場に連れてきた事への後ろめたさでもあるのだろうか。村がこんな事態になってセキにはどうする事も出来なかっただろうに………


  

 周りをキガクの配下達にガチガチに固められた状態で、村の外にある枯れ木まで移動した。村の者たちは、監視を置かれた上で村に留められている。

 隙を見て逃げられないかと頭を過ったけど、手足の自由は確保したものの相手方の人数が多くて多勢に無勢だし、騒ぎを起こせば後から村が潰されかねない。逃げるにしても、村を完全に出てからのほうが良さそうだ。


 枯れ木の前に立つと、私はいつもの様にパンと手を打ちつける。そのまま陽の気注ぐことも考えたけど、わかりやすく光が見えるほうが良いと判断した。


 腕を組んだ鬼に左右の斜め後ろからじっと見つめられるのはすごく居心地が悪いけど、やる事は人だった頃から続けてきたことと何も変わらない。


 ……無防備に鬼に背を向けて陽の気を発することになるとは思わなかったけど


 祝詞を紡ぎキラキラとした光が手のひらから溢れると、着いてきていた領主の配下達からどよめきが上がった。セキの家で陽の気を溢れさせた時と同じだ。手から光が出ていることもそうだけど、それ以上に光の強さに驚く声が大きい。


 これだけでも十分かなとは思いつつも、木が元気になるところまで見せた方が説得力が増すだろうと、周囲の反応を気にせず陽の気を注ぎ続ける。セキに見せた時と同じく、枯れてガサガサになった幹に見る見る内に力が戻っていくと、

 

「まさか、これ程とは……」


という赤眼の男の呟きが耳に届いた。

 

 納得さえ得られれば良い。わざわざセキの時のように実をつけるまで陽の気を注ぐ必要はない。

 適当なところで陽の気を注ぐのをやめると、いつの間にか周囲がシンと静まり返っていた。


「これでよろしいですか?」


 何も言われないので、振り返ってこちらから声を掛けると、ポカンと口を開けて木を見つめていたセイエンが、ハッとした様に私に目を向けた。


「ほ、本当に女神なのか?」

「女神なんかじゃありません。そういう力があるだけで」


 この村に来て、何度同じ言葉を口にしたことか。

 赤眼の男は気を落ち着かせるように額に手を当てて息を吸って吐きだした。


「力がある事は確かなようだな。まずは領主の城に共に来てもらうぞ」

「まだ私の処遇を聞いていませんが」

「あの方の御意志次第だが、我らに従うならば、日の力を自在に出せる者を手荒に扱うことはなさらないだろう」


 ずっと従順にしているかは別にしても、思っていた通り、大人しくしておけばしばらく危害を加えられることは無さそうだ。


「村にも手出ししない約束でしたよね」

「あぁ、そうだな。ただ―――」


 赤眼の男はじっと私を見たあと、唇の端を吊り上げた。


「一応、質も連れて行こう。セイエン、二三、女神と関係が深そうなのを連れてこい」 

「……ま、待ってください! 今、村には手出ししないって……!」


 約束を違えるつもりかと声を上げると、赤眼の男はわざとらしく首を傾げる。


「村には手出ししていないだろう。関係者がたまたま村の者だった、というだけだ」

「そんなの、へりく――」

「屁理屈だろうが、約束は違えていない。詰めの甘い条件を出した自分を恨め。そもそも、口約束を守ってやるだけ有り難いと思うべきじゃないのか?」


 ……その通りだ。本来、領主の配下がわざわざ私との口約束を守る必要はない。陽の気を使う私を面倒なく素直に従わせるという意味合いしかない。

 

 私が唇を噛むと同時に、セイエンが赤眼の男に食って掛かった。


「なんで俺がお前に命令されなきゃなんねーんだよ! 上官でもない部外者だろ!」

「部外者だろうが、王宮から来た俺の方が、たかがいち領主の配下であるお前より明確に立ち場が上だからだ」


 赤眼の男とセイエンは領主の配下という同じ立ち場にいると思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。いずれにせよ、どちらも味方でないことは確かだけど。


 

 言いくるめられて悔しそうに村へ戻っていったセイエンがしばらくして部下に抱えてこさせたのは三つの影だった。


 赤眼の男は、私と関係が深そうな者を、と言ったのだ。連れてこられる者には心当たりがあった。


「セキ」

「……ハク姉ちゃん……」

 

 セキ、リン、スズ。最初に私を匿ってくれた姉弟妹(きょうだい)


「村の連中がこぞって真っ先にこいつらを名指ししたんだ。間違いないだろ。女神を連れて来たのもこの小僧だからな」


 三人は腕を拘束されたまま、乱暴にドシャっと濡れた地面に跪かされた。スズは恐怖で泣いているし、セキとリンも小さく震えている。


 思わず一歩踏み出そうとしたところで、グイっと赤眼の男に腕を掴まれ引き戻された。


「我らに従わず勝手な行動を取れば、質がどうなっても知らないぞ」

「……私が従えば、何もしないと?」

「少なくとも、命は取らない」


 命は、ということは、暴行を加える可能性はあるということだ。


「危害を加えないところまで約束してください。私を従わせる為の質なのでしょう?」


 先程と同じ口約束。守られる保証はない。でも、先程も表面上だけは約束を守ってくれたのだ。安心はできないけど、この場で言質を取ることで多少抑止ができるならしておいたほうが良い。


「…………ハク姉ちゃん、なんで……。俺、ハク姉ちゃんを差し出したのに……」


 不意に、セキが涙声でポツリと呟いた。後悔と不安と疑問が複雑に混じり合ったような声。 

 本当にセキは素直で優しい子だ。人や妖の子と同じように。こんなに怖い目に遭わされて、姉妹を危険に晒されて、私を責めることだってできるのに。


「だって、そもそもこんな事になったのは私の力のせいだから。ごめんね、巻き込んで」


 そもそも村に行ってなければ……騒ぎになる前に村を出ていれば……


 そうしていれば、少なくともセキ達姉弟妹(きょうだい)が領主の配下に質に取られるような事にはならなかったはずだ。

 

 私の言葉をどう捉えたのかはわからない。セキは苦しそうに眉根を寄せたあと、言葉を無くして俯いてしまった。


「それで、約束、してくださいませんか」


 セキの事は気になるけど、自分のせいで連れて行かれる以上、三人の身の安全の確保が最優先だ。私は赤眼の男に視線を向ける。

 

 さすがに、今この場で三人を解放させる事は難しい。暴れたところで恐らく逃げ切れないし、そうなれば私はともかく、三人はまとめて殺されてしまう可能性が高い。


 ……歯痒いけど、しばらく従順なふりをして、慎重に時を見極めるしかない。


「……お前もこいつらも、素直に従う事が条件だ。少しでも反抗的な態度があれば、どうなっても知らないからな」


 しばらく考えたあと、赤眼の男は渋々といった様子で頷いた。セイエンが面白く無さそうにフンと鼻を鳴らしたけど、立ち場的には赤眼の男が上だからか、一応、決定に従うつもりはあるようだ。

 

 

「連れて行くのは女だけで良い。その年頃の小僧は無鉄砲な分面倒事を起こしかねないからな」


 帰還準備を進める部下達に赤眼の男が指示を出すと、セキがハッと顔を上げた。


「ま、待ってください! 姉ちゃんとスズを連れて行くくらいなら、俺を……!」

「セキ!」


 リンが余計なことは言うなと咎めるような声を上げる。それでもセキは食い下がろうと口を開きかけた。ただ、今は反抗的な態度を取るべきじゃない。


「セキ、やめて。今は……」


 しかし私が二の句を告げる前に、セキはセイエンの部下にドッと槍の柄で思い切り背中を突かれてその場に倒れ込んだ。


「お兄ちゃん!!」

「やめなさい、スズ!」

 

 ウゥッと呻き声を上げて倒れるセキを見てスズが悲鳴を上げるのと、リンがそれを制止する鋭い声を上げたのは、ほとんど同時だった。


「さっきの話を聞いていなかったようだな」


 赤眼の男が冷たい目でセキと姉妹を見下ろす。


「この小僧は二度と反抗する気が起きないよう痛めつけた上で、見せしめとしてあの村に捨ててこい」


 子ども相手に容赦なく下された命令に、ざわりとしたものが背筋に走る。

 

「ちょっと待っ……!」


 しかし、すべてを言い切る前にグイと腰のあたりを雑に持ち上げられ、バサリという羽音と共に足が浮いた。

  

「反抗するなら、質がどうなっても知らぬと言ったはずだ。あの姉妹も小僧と同じ目に合わすか?」

「……それは……」

「二度はない。質にもならない小僧をこの場で殺さないだけマシだと思え」

 

 冷淡に発せられた声に、それ以上、言葉を続けることは出来なかった。

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