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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
妖界篇
17/296

17. 囚われの姫君

 目が覚めると同時に、背中に痛みが走った。

 下を触ると、冷たくじめっとした固いものがある。

 どうやら、凹凸のあるむき出しの石畳のようで、痛みはその上に寝ていたせいだということが、容易に理解できた。

 手枷が邪魔だが何とか起き上がると、そこは黒いゴツゴツした石で組まれた壁に、鉄格子が嵌められた場所だった。


 ……完全に牢屋に入れられている。


 ただ、牢の中は松明が灯され、それなりに明るい。


「目が覚めた?」


 突然、背後から高い女の子の声が聞こえてきて、ビクっと肩を震わせる。


 振り返ると、そこには、この石牢には似合わない豪華な着物を複数着込んだ儚げな雰囲気の少女が座り込んでいた。しかも、薄い銀灰色の長い髪を持つ驚くような美少女だ。

 何処かの御姫様だろうか。まるで、以前友人の家で見かけた雛人形のようだ。汐の七五三のような着物とはまた趣が異なる。

 ただ、その手首にも、俺のと同じ手枷が嵌っているようだった。


「なかなか目を覚まさないから心配してたの。変な薬草の匂いがしたから毒でも飲まされたのかと思って。蓮花の花弁が効いたみたいで良かった。」


 そう言うと、首元にかかっている小さな巾着を取り出して見せてくれる。

 多分、遼に飲まされたのは毒で間違いないと思う。

 蓮花の花弁というのは、陽の山の麓のものと同じだろうか。


「助けてくれたんだ。ありがとう」

「私は……ハク。貴方は?」

「俺は、奏太」


 ハクは眉根を寄せて、首を傾げる。


「……奏太……?」

「どうかした?」

「あ、ううん。なんか聞き覚えのある名前だなと思って。でも、多分勘違いだと思う。」


 そう言うと、ハクはニコリと笑った。


「ハクはここが何処かわかる?」

「ううん。烏天狗の山からそう遠くはないと思うんだけど……」


 烏天狗の山というのは聞き覚えがある。場所は何処かわからないが、夜凌という烏天狗に以前会った際、烏天狗の山から来たと言っていたはずだ。


「奏太はどうしてここに?」

「うーん……人界で蛙に追いかけ回されて、妖界に逃げ込んだところで捕まっちゃって……」

「……人界から? 貴方、人なの?」

「う……うん、まあ。」


 そう答えると、ハクはコテリと首を傾げる。


「人界と妖界の間の結界はしっかり閉じてあるはずなのに、どうやってこっちに来たの?」

「ああ、陽の山ってわかる? あそこに泉があるんだけど、その底が人界に繋がってるんだ。」

「え、あそこ、人界に繋がってるの?」


 ハクは驚いたような声を上げる。

 妖は陽の山に入れないと聞いたが、ハクは何か知っているのだろうか。


「あそこ、妖は入れないんだよね?」


 確かめるように聞くと、ハクは一度ハッとしたような顔をしてから、コクリと頷く。


 この狭い牢屋に閉じ込められている以上、話しやすいのは凄く助かるが、ハクは何だか不思議な雰囲気の少女だ。しかも、仮にも捕らえられているはずなのに、悲観した様子が一切見られない。


「ハクはどうやって連れてこられたの? 見たところ、どこかの御姫様みたいに見えるけど。」

「……御姫様か。まあ、似たようなものかもね。」


 ハクは苦笑しながら一つ頷く。


「それが、烏天狗の山でトランプ大会の打ち合わせをしに行ってたんだけどね……」

「え、なんて?」


 ……なにかの聞き間違いだろうか。烏天狗の山でトランプ大会……?


 しかし、ハクはこちらの戸惑いを他所に、ぽんと手を合わせる。


「あ、奏太も参加する? 人界から来たならやり方分かるでしょう? 強い人は首領も大歓迎だと思うけど……。」

「え、いやいや、そうじゃなくて。妖ってトランプするの? しかも大会ってなに?」


 何となく、今まで会ってきた妖達のイメージからは想像がつかない。

 すると、ハクは困ったように眉尻を下げた。


「ああー……烏天狗で今流行ってるの。幻妖宮の帝が烏天狗に教えたんだけど、気に入っちゃったみたいで、烏天狗と朝廷の合同で大会やるぞって。」


 ……ちょっと、言っている意味が良くわからない。帝が教えた? しかも、烏天狗の首領が大会の発起人?

 以前会った時、夜凌と宇柳は何だか微妙な雰囲気だったが、烏天狗と朝廷の関係性は改善してるのだろうか?


「確か、烏天狗と朝廷って微妙な関係じゃなかった?」

「あ、よく知ってるね。私もよくわからないけど、前の帝の時はいろいろあったみたい。

 でも、政権交代の時に烏天狗が私達に力を貸してくれて、今は同盟を結んで友好関係を築いてるところなの。で、トランプ大会で交友を深めようってことになって。」


 ハクは、ね? とかわいく笑って小首を傾げているが、前後の話の重さのバランスが悪すぎて、スッと頭に入ってこない。


 話しぶりからすると、ハクは政変の時に今の帝側にいて、烏天狗の助力があったということなんだろうけど……。


「……それで、それが何でここに?」

「ああ、それでね、大会の準備をしてる最中に、一騒動あって、事情を聞いている間に背後から突然襲われて……」


 本題の方は、ハク自身もあまり良くわかっていないみたいだ。


 烏天狗主催の謎のトランプ大会の準備の場で、招かれた朝廷側の姫君が誘拐されたとなれば、烏天狗の山は今、結構な騒ぎになっているのではなかろうか。


「警備の人とかいなかったの?」

「うーん、軍だけじゃなく、今回は近衛も検非違使も来てたんだけど、本当に不意打ちだったんだよねぇ。」

「近衛と検非違使っていうのは?」


 そういえば、あの時の蛙も検非違使がどうのと言っていた。

 日本史で聞いたことのある言葉だけど、千年前の日本と現在の妖界では、役割や機能が一緒とは限らない。


 俺が尋ねると、ハクは、


「ええとね……」


と言葉を選びながら説明してくれた。


 朝廷のある幻妖京は、普段、検非違使という所謂警察機構が守っていて、京の外や検非違使では手に負えない大きな事件が起こった時には軍団という別の組織が動き、さらに、帝の御所でもある宮中は近衛兵が守っているそうだ。


 こう聞くと、妖界はかなりしっかりした兵力を持っているように思える。しかも、それらを帝が従えているわけだ。


 今回の大会は帝も関わっているようで、軍、検非違使、近衛それぞれからの派遣があり、結構大掛かりな警備体制が敷かれていたらしい。


 トランプ大会の為だけに、いったい何をしているんだろうかと、開いた口が塞がらない。


「まあ、大袈裟かなとは思うんだけど、結局誘拐されちゃった訳だし、私からは何も言えないんだけど……」


 ハクはそう言いながら苦笑する。


「ハクは誘拐されたのに、なんだか落ち着いてるね。」


 普通、お姫様が誘拐されたら、もっと取り乱して泣いていてもおかしくないのでは、と思うんだけど……。


「奏太も落ち着いてるじゃない。人界から妖界に来て、手枷を着けられて捕らえられてるのに。しかも毒まで含まされて……不安でしょう?」


 ……確かに、不安じゃないといえば嘘になるけど、ハクが妙に落ち着いているので、それに引き摺られている面はある。

 それに、こんなにか弱そうな姫君が落ち着いてるのに、自分がオロオロするわけにはいかない。

 一応、それくらいのプライドはあるつもりだ。


「なんの目的で連れてこられたのかがわからないから、少しね。でも、一人じゃない分良かったよ。」


 俺がそう言うと、ハクはニコリと笑った。


 そうはいっても、今の時間が全くわからないが、日が昇っても俺が帰って来なかったら汐と亘は心配するだろう。

 本家の者達はどうだろうか。陽の泉を通れない汐達に代わって、探しに来てくれるだろうか……まさか放置されるということは無いだろうが、汐と亘以外で妖界に探しに来てくれそうな者に心当たりがない。

 一日、二日のことであれば、今までの経緯も含め、本家絡みだろうとうちの両親も動かない気がするし……


 それに、最初のうちは気にならなかったのだが、話をしているうちに、だんだんと胸の奥に重苦しい感じがのしかかって来る。

 寝ていたせいもあって、どれ位妖界に居るのかがわからないが、この感覚は、朝から夕まで妖界に居るときに感じるものに似ている。


 どうしたものかと胸の辺りをさすっていると、ハクが心配そうな顔で俺の顔を覗き込んだ。


「どうしたの?」

「ああ、ちょっと……胸のあたりが苦しいというか、重たい感じがして。前に妖界に来たときもそうだったんだ。陰の気のせいだと思うんだけど……」

「ああそっか、陰の気は、人には毒なんだっけ。でもどうしよう……此処からは出られないし……」


 ハクは戸惑うように周囲を見回す。

 でも、ガッチリ固められた牢の中に出口なんてあるわけがない。

 陰の気は毒だというが、人が妖界に居られる時間はどれ位なのだろう。

 そんなことを考えていると、ハクは何かを思いついたようにぽんと一つ手を叩いた。


「奏太、手を出して。」

「手を?」


 ハクに言われるがまま手枷がついたままの手を差し出すと、彼女はギュッと俺の手を握る。

 平静を装いつつも、美少女に手を握られ、内心すごくドギマギする。


 ……顔に出てないといいけど……


「ああ、多分大丈夫かも。痛かったり苦しかったり、あと、何か不快になるような事があったらすぐに教えて。」

「う……うん。でも、一体何を……」


 戸惑いつつ頷いて見せると、ハクは握った俺の手をじっと見つめる。するとすぐに、澄んだ高い声が周囲に反響し始めた。

 ハクが口にしているのは、すごく耳馴染みのある祝詞だ。でも、何だか少しだけ違う気がする。


 そう思っていると、胸の中でずっとモヤモヤ渦巻いていた重しがどんどん取りのぞかれていくような気がした。

 自分の手を伝って、ハクの方に流れていっているような、凄く奇妙な感覚だ。


 ハクの声がフッと途切れる頃には、不思議なことに、胸のなかのモヤモヤは綺麗サッパリ消え去っていた。


「……一体、何をしたの?」

「奏太の中の陰の気を吸い出したの。初めてだったから心配だったけど、上手く行ってよかった。」


 ハクはフウと小さく息を吐いてニコリと笑う。


「……そんなことができるの?」

「うん、もしかしたら出来るかもって。あ、でも、一応内緒ね。」


 ハクはそう言うと、口の前に小さく人差し指をかざした。


「ハクは大丈夫なの?」

「うん。だって、妖だもん。」


 ハクは俺を安心させるように笑う。でも、すぐにその眉尻を下げた。


「ただ、いつまでもここにいるわけにはいかないよね。陰の気は何とかなっても、奏太には水も食べ物も必要だもんね。このまま助けが来ないようなら、奥の手を使うしか……」


 ハクがそう言いかけた時だった。牢の前にある扉から、複数人の足音が聞こえてきて、俺たちはふっと口を噤む。


 ギイっと音を立てて開いた扉の向こうから入ってきたのは、遼と顔半分に犬の面をつけた複数人の男たちだった。

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