僕、龍にお願いする
「本当にやりたいことは何・・・?」
先生と一緒にそんな質問をされながら、庭園の池にかかる橋を歩いていた時のことだった。
ボコボコボコーーーー!
池の水が泡を立て始めた。
蓮の花たちが波打ち、浮き上がる。
僕の心臓は止まるかと思うほどびっくりした。
「あら。」
先生が、笑顔で水のほうを振り返る。
ザバアー―――!
と音を立てて、現れて出てきたのは、龍だった。
「え!?え!?え!?
何々!?
この話って・・・こんな設定あったんすか!?」
「何でも願いが叶うなら・・・って言ったでしょ。
この話ね、途中までだけ書いて、じつはビジネス書新刊対象に応募してたの。
自己啓発的なきれいな内容で賞取ってやる路線でやってたの。」
「え・・・そうなんすか!?」
「でも、大賞の声がかからなかった。
かといって、途中で終わりにしちゃうのももったいないし、
まあ、もう、そこまできれいな読みやすい矛盾のない設定の物語を書くなんてつまんないでしょう。」
「は・・・はあ。」
「だったら、おもちゃ箱ひっくり返したみたいな、カオスな好き勝手な展開にしてやれ、っておもって、こんな龍を呼び出してみたわけよ。」
「そ・・・それはあまりにも予想外すぎます・・・先生。」
だけど、僕は思い出した。
昔、絵を描くときは、うまく見られることなんか気にせず、
とにかく、そう、まるでおもちゃ箱をひっくり返したみたいに、何も気にせず、ただ白い紙に「なんでもいいからつくる」っていうこと、そのことを楽しみにしてたなあ。
「〈生きた物語〉というのはいつもそうよ。
誰かが頭の中できっちり考えた通りの筋書き通りに行くものの中に、たしかにこぎれいさはあるかもしれないけれども、内側から湧きあがる〈本当のきもち〉があふれ出ていて?」
唐突に空間をぶち破るように現れ出た龍に僕はおもわず大笑いしながら、この先真っ白なキャンバスに好き勝手描いていくように、自分の想いをぶつけていった。
「あははっ!
龍さん、
じゃあね!何でもできるっていうんだったら、
僕をこことは違う世界に連れていって欲しいな!
僕はそこで絵を描く!
そして、僕の描いたものがすべて生命をもって、思い通りに新しい世界をつくっていくんだ!」
「いいね!いいね、コウちゃん!
あなた、私がこれまで見た中でいちばん自分らしく生き生きしてる。
龍を呼んでよかった!」
そこに、ヒロも駆けつけてきた。
「先生・・・それにコウスケ君・・・!
いったいどういうこと?」
龍のまわりを強い風が吹いている。
僕はヒロに大声で伝えた。
「おおい、ヒロちゃん!
こっちへ来なよ!
面白いからさ!
先生が〈何でも願いをかなえてくれる龍〉を呼び出したんだ。
どうせこの物語はだれかに賞をもらうために書くわけじゃないってね。
だから、僕は今から、誰に何を言われるかも気にせず新しい世界に好き勝手描きたいことを自由に書くつもりだ。
そして、あわよくば、一人でもいいからそれを楽しんでくれる遊び相手が欲しいんだ!」
風の中を大声でヒロミは応えた。
「遊び相手・・・!?
いいね!いいわね!
私も一緒にあそびたい!
もう、立派なことなんかやめたい!
すべてがロジックに支配された世界から解放されたいの!
私たちはもう、宇宙的であるべきなんだわ!
すなわち、法則の中にモノが動いているという世界じゃなくて、
存在しているものの間の関係でそのつど法則がつくられては解消していく世界。
そこでは、目的も何にもない。
ただ、一瞬一瞬をダンスするように、すべてが生まれ、隠れ、あちらこちらへと遊びまわるの。」
「いいね!」
「私も、あなたとともに遊びまわるわ!
創造そのものを愉しむの!」
こうして僕たちは、龍にたのみ、それまでの設定をすべてぶち壊すように、新しい絵を新しい世界に好きなだけ描いていくことに着手することとなった。