僕、認めることについて考える
その塾での学びは、おもに個々人が自分の興味関心のあるテーマについて調べたり、あるいは、友人や年齢の違う塾生と共に何かのテーマについて学んだり、もしくは、自ら何かしらのプロジェクトを創造的に企画して、実現していくというものが柱となっていた。
先生は「教える」ということよりも、それを手助けする役割にすぎなかった。
「人はそもそも何を求めて生きているのか。」「どんな時に人は喜びを感じるのか。」
そんなテーマでの話し合いがもたれ、僕も興味があったので、それに参加することにした。
マミ先生もひとりの参加者としてそれを楽しみにしていたようだ。
口火を切ったのは僕だった。
「僕がうれしかったのは・・・ヒロミさんに絵のことをほめられたこと、そしてこの場所に来て、みんなにうけいれられたことです。」
マミ先生が言った。
「いいね。どう?今回は、〈認められる〉ということをテーマにして話し合ってみない?
語り合い、意見を交換していくことを通して、〈認められる〉ということにある〈根っこ〉にあるものが分かれば、その根っこから、どう生きていけばいいかという道筋に気が付いてくると思うの。」
「〈根っこ〉?」
「そう・・・〈根っこ〉。
これがなきゃそれだとはいえないと、誰もが認めるような部分・・・難しい言葉で言えば〈本質〉を見つけていくこと。
語り合って、他の人の意見に耳を傾けていくうちに、あなたたちの中からなにかきっと開けてくる気付きのようなものがあると思うの。」
そうして、僕たちの語り合いの場は静かな興奮をもとに進んで行った。
今までこんなことを考えたこともなかった僕は、頭のなかの何かを搾り取られるような感覚に陥ったが、それでもこうして語り合うことは楽しくてやめられなかった。
ヒロミが口を開いた。
「認められることには、種類があるような気がするの。」
「種類?」
「そう。」
「一つ目が・・・たとえば、ぱっと思いつくのは、ほめられること。
結果をほめることもそうだし、その努力や過程をほめることも。
ここでは、『何かをしたから』『頑張ったから』『結果を出したから』という条件があって認められるわけね。
あるいは、お金もちになった、スポーツの大会で優勝した、成功した、いい大学に合格したとかいったことも、社会的にほめられることで、誇りに思うことね。」
「だけど、もし成功できなかったら?あるいは、上にはいくらでも上がいる。人と比べ始めれば決して満たされることってないんじゃない?」
「そうだね。もし、無条件に認められる土台がなかったら、人の求めるもののために、本当の自分を押し殺していかなくちゃならない。
だからこそ、その土台に、どんなあなたでも無条件にたいせつにしている、という態度が必要だよね。」
「無条件にたいせつにする・・・。」
「そう。二つ目の認めるということが、〈無条件にたいせつにする〉こと。
これは、何かができるからとか、能力や身分が凄いからという理由で認めるということじゃないの。
相手が好きだから受け入れている。何か目的のために付き合っているわけじゃないの。
ただ、一緒にいること自体が目的と言ってもいいかもしれないわ。」
ヒロミがそう語るのを聞いて、僕は少しだけ顔が熱くなるのを感じた。
「無条件にたいせつにされることか・・・ずっと、そんな世界を知らなかったから・・・こんな場所に出逢えたことが、うれしいよ。」
僕は目に熱いものが流れそうになるのをこらえるので必死だった。
「うん。人はね、生きているだけでいい。生きているだけで、いいの。
あなたたちは生きているだけで奇跡なんだよ。生きているだけで素晴らしいんだよ。」
マミ先生だった。ありがちなセリフ。だけど、そのセリフの奥には、彼女の人生を賭けたこころからの実感が響いてくるようだった。先生の人生に何があったのか少し気になった。
「このことを私は何度も伝えたい。
それだけじゃない。
さらに・・・三つ目もあると思うの。」
マミ先生に対して、ヒロミが訊く。
「三つめもあるの?認めることには、ほめることと、無条件にたいせつにすることで充分のような気もするんですけれど。」
「うん。たとえば、まさに今私たちがやっているみたいなこと。
お互いの想いや考えを〈受け止める〉こと。
その人が一人の人間として持つ、想いや考え、もっと言えば、その人の〈存在〉を認めるということが、受け止めるということ。
ほめることも、たいせつにすることも、それだけじゃ、どちらも一方通行じゃない?
どちらにも、〈受け止める〉ことがあるかどうか、いつも確かめてみる必要がありそうね。
ほめるだけでも、無条件にたいせつにするだけでも、その人の想いを含めた存在全体を受けとめていないことはあるの。」
「そのために必要なことって何ですか?」
「言葉を通して、お互いの想いを受け止め合っていく・・・そう、語り合い響き合う関係が大切ね。」
・・・そうか・・・僕はそれまで、表面的に認められることばかりを求めて、自分を押し殺していた。
だから、一向にしあわせを感じることができなかった。
だけど、この場所に出逢って、認められることで大きな安心感を得た。そしてその安心感が一番の心の栄養になって、そして新しく一歩を踏み出す勇気の土台にもなっていたんだ。
そして、マミ先生はまるですべてを包み込むように無条件に、僕のことを受け入れて肯定してくれた。
それまで、僕にとってこの世界は自分を傷つける場所でしかなかった。だけど、今は、世界には必ず誰か味方がいて助けてくれると信じることができそうだ。
そして、そのことが辛いことに直面したときにも乗り越える力につながっていたんだ。