僕、いろいろ思い出して自己嫌悪する
僕たちは、あてどもなく、庭園を歩き回った。
時折、近くの道を車が走り抜ける音が聞こえる。
胸に何かが詰まったような感じがして、心臓も押し付けられたようだ。
人は完全に何もすることがなく、歩む道が与えられないと・・・
それでいて、「何かしなきゃいけない」と思うと却って不安を掻き立てられるものなのだ。
どうしていいか分からないので、マミ先生やヒロミとたわいもない話でもしようと思うが、一体何を話せばいいか分からない。
〈ああ、本当は、もっともっと自分の中に語りたいことや、伝えたいこと、分かち合いたいことが多くあったはずなのに・・・
それだのに、なぜ今になって何を語ればいいか分からなくなるんだ。
何か話そうとすると、声が出なくなるんだろう…〉
僕は、それまでのことをすべて忘れて、心はまるで足のつかない水の中を溺れたようになっていた。
「この街をちょっと散歩でもする?」
ヒロミのその言葉によって、僕は少し救われたような気がした。
「・・・いつもそうなんだ。
自分の中に思っていること、伝えたいこと、分かってほしいことはたくさんあるつもりなんだけれども・・・
いざそれを表現しようとすると、それまであれこれため込んできたものはかくれんぼみたいにササっと消え去ってしまって・・・結局、そうじゃないという上っ面の言葉しか語れないんだ。
そして、結局いつも後悔する。
後悔して、もう一度やろうとするんだけれども、それも結局うまくいかない。」
ヒロミとマミ先生は、僕の言うことを頷きながら黙って聞いている。
僕たちは、講演を出て、車一台分が通れるくらいの狭い裏路地を歩いて行った。
塀では何匹かの猫が気持ちよさそうに眠っていたが、僕たちに気が付くと、慌てて飛び起きて、目の前を走り去っていった。
僕の中では、いつも不自然で取り繕ったようなぎこちない振る舞いや言葉が出てきて、そして、もはやそれがある意味「自然」になっていたかもしれない。
ああ・・・この、沈黙の時間、どうしていいか分からない。
・・・昔からずっとそうだ。
必要な時に、伝えたいことを伝えられない。
嫌なことを嫌と言えない。
できないことをできないといえない。
何も言わずに自分の中で我慢することしかできない。
そうだ・・・そういえば、小学生の時だったけれど、
音楽の時間、一人一人先生の前でリコーダーを吹いてできているかどうかチェックされる時間があったけれども、僕はその待っている間にトイレに行きたくなったのだが、なかなか言い出せない。
おまけに、リコーダーも全然吹けない・・・ほかのみんなは吹けているのに・・・そもそも、どうやって吹いていいかもわからず、「できない」ということが言えなかった。
・・・そんなことを考えているうちに、緊張してきて、さらに尿意は高まってきた。
先生の前で立って並ぶ番になってきて、我慢しきれるかどうか分からなくなってきたが、
それでもトイレのことは言い出せない。
やっとのことで、先生の前で吹く順になってきたときは、もう限界だった。
それでも、吹けないリコーダーを吹こうとする。
先生が、「そうか、君は吹けないんだ」という目でこちらを見ている。
一生懸命何度もやり直しをしているうちに、おもわず、少しだけ出てしまった。
暖かいものが股を伝うのが分かる。
そうしたら、もう歯止めが利かなくなって、我慢の糸がプッツンときれて、
ズボンが濡れ始め、靴下を伝い、床に水たまりをつくってしまった。
先生からは、「なんでもっと早くトイレに行っておかないんだ」と責められ、
それを見ていた同級生たちからは、
「うっわー、コウスケ、ばっかじゃなーい」と大笑いされる始末・・・。
泣きながら保健室まで行った記憶がある。
はあ、ふと思い出すだけで死にたくなる・・・。
・・・こういう話は、絶対にヒロミには知られたくない・・・!
下をうつむきながら、二人と遠く離れて歩く。
ヒロミが、チラチラとこちらを向きながら、何かを探しているようだった。
それに気が付いた僕は、はっと目をあげる。
瞬間、彼女と目が合う。
「ねえ、コウスケ君、何考えてたの?」
「えっ・・えっ・・・いや、特に何も・・・!」
恥ずかしくていえたもんじゃない。
顔が赤くなるのがわかる。
「コウスケ君の世界ってさ・・・まるで外から見たお城みたいね」
「お城・・・?」
「ほら、外からは中がどうなっているか分からない。
けれども、少しのぞいてみるとそこには数えきれないほどの素敵な宇宙が広がっていて、
見えないけれど深いところで、一番大切なことを支えている。
そしてそれは、表現されるのを待ち構えている。
受け止めてくれる誰かを待っている。
まるで、種が植えられるべき土壌にまかれるのを待っているかのように・・・」