牛の首
家紋 武範 さん主催、「牛の首企画」参加作品です。
当企画はホラー作品のみとなっています。
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昔、あるところに、身体は大きく力持ちだが、頭が悪く仕事が上手くできない愚鈍な男がいた。
愚鈍な男のことをよく思わない嫌みな男は、いつも愚鈍な男のことを悪しざまに罵っていた。
それを知っていて、見て見ぬふりする村の衆。
今日もまた、嫌みな男の罵声と嘲笑が村に響く。
ある日のこと、愚鈍な男が首を吊っているのが見つかる。
その前日、愚鈍な男を嫌みな男が特に酷く罵倒していて、言ってはいけない類いの言葉を何度も言っていた。
その言葉の中に、「首を括ってしまえ」というものもあり、それを聞いた村人たちは胸騒ぎを覚えていた。
しかし、嫌みな男を注意してしまえば、罵声の矛先が自分に向いてしまいかねない。
だから、愚鈍な男のことを憐れに思いながらも村人たちは知らぬ存ぜぬで通していた。
翌日、いつもの日の高さになっても愚鈍な男は畑に現れず、不安に思った数人の村人たちが愚鈍な男の家を訪ねたところ、梁に太い縄を掛けて首を吊っている愚鈍な男を発見した。
村長以下数名の村人たちは、愚鈍な男のことを憐れに思い、寺から手隙の僧を呼び共に経を唱え手厚く葬った。
しかし、嫌みな男と多くの村人たちは、「せいせいした」と鼻で笑っていた。
それから時は流れ、嫌みな男が飼っている牛のお産が行われていたときのこと。
比較的仲のよい者たちで産気づいた牛を見守り、出産を手伝った際、異変に見舞われる。
産まれた仔牛の首から上は、牛のものではなく、人のものだった。
しかも、その仔牛の首から上は、よくよく見ると以前首を吊って死んだ愚鈍な男のもののように見えた。
仔牛? それとも、死んだはずの愚鈍な男?
混乱する嫌みな男とその仲間たち。
男たちの混乱が落ち着く前に、仔牛? はギョロリと目を開き憎しみのこもった目で嫌みな男とその仲間たちを睨み付け、宣言した。
『今宵、この村に地獄の門が開く。門番たる牛頭鬼が貴様らを一人残らず冥土へ引きずり込むであろう』
宣言を終えた仔牛? は、血泡を吐き息を引き取ってしまう。
不気味な出来事に戸惑うものの、結局は仔牛が死産したという事実のみが残り、牛のお産はただ落胆する結果に終わった。
いつの間にか、死んだ仔牛の首から上は、牛のものになっていた。
その夜。その村に、宣言通り地獄の門が開く。
その門より這い出したるは、首から上が牛の鬼、牛頭鬼。
星灯りもなく寝静まった村内を闊歩し、手にした金棒で戸板を殴り壊して住居に侵入、村人たちを次々と惨殺して回った。
一方、村長以下数名の村人たちは、仔牛? の宣言とは違う言葉を受け取っていた。
『今宵、この村に地獄の門が開く。男を死なせたことを悔い夜が明けるまで経を唱え続けたなら、助かるだろう』
その声は、愚鈍な男のもののように思えた村長たちは、手分けして村中を回り全ての村人たちに一字一句違えずに伝えた。
しかし、
愚鈍な男を苛めていた嫌みな男は死んだ。
嫌みな男と仲のよい者たちも皆死んだ。
愚鈍な男の死を悔いていない者も皆死んだ。
夜明けまで経を唱え続けることができなかった者は……。何人か死んだ。
死んだ者は皆、首から上が叩き潰され、喰いちぎられ、捻りきられ、誰が誰だか分からなくなっていた。
生き残った者は、愚鈍な男を手厚く葬った村長以下数名の村人とその家族。それと子ども。
あとは、嫌みな男を密かに嫌っていた者や、たまに愚鈍な男に声をかけたり食事や野菜などを持っていったことがある者など、愚鈍な男の死を惜しんでいた者ばかり。
それゆえ、この一件は、愚鈍な男の祟りだと恐れられ、地獄の門が開いた日に祈りを捧げる風習が出来上がったが……。
……長い時を経て、それも忘れられていった。
その事実は、今は古ぼけた文献にわずかに書き添えられるのみ。
某月某日、ある廃村にて。
歴史にまつわるオカルトやミステリーを研究している若者が、連れ立った仲間に振り返り、手を広げて語り出す。
「さあ、件の話をしようか」
時を経て、再び惨劇の夜が、始まる……。