婚約
交流会の翌日。
窓から差し込んできた朝日で目を覚ました。
ベッドから体を起こし、寝ぼけ眼で周りを見渡すと見覚えのない部屋にいた。
家に帰った覚えはないからお城にいるはずだ。
えーと、たしか昨日は姫様の能力についての話が終わってから……駄目だ全然思い出せない。
ベッドの上で一人うんうんと唸りながら記憶を探っていると、突然扉からコンコンとノック音がした。
「ウィル様。お目覚めになられていますか?」
「はい! 起きています」
「もうじき朝食の準備が整います。ウィル様も身支度が終わりましたらお声がけください」
「あっ、すぐに着替えます!」
考えても仕方ないな。
ベッドから降りて着替えようと思ったが、ここが自分の部屋じゃないことを思い出す。
しまった。服はどうすれば? 昨日着ていた服も見当たらないし……。
「あの、服はどうすれば良いですか?」
「お召し物はクローゼットの中に準備してありますのでそちらをお使いください。就寝時に着ていたお召し物はベッドの上にでも置いていただければ」
「ありがとうございます」
指示通りクローゼットから服を取り出しサッと着替える。
脱いだ服をベッドの上に……しっかり畳んでおこう。
一通り支度が終わったので扉を開ける。
すると先ほど声をかけてくれていた侍女の人が立ったまま待ってくれていた。
「お待たせしました」
「では食堂へご案内致します」
──
「おぉ、起きてきたかウィルよ」
「おはようウィル。よく眠れたかい?」
食堂につくと何人も座れそうな長いテーブルの隅に父上とガゼル王が座っていた。
「おはようごさいます父上。おはようごさいます国王様」
「うん? 思っていたより距離を感じるな。私の事はガゼルで良いぞウィル」
輝くような笑顔でそう言われたがガゼル王を呼び捨てになんて僕には絶対に出来ないよ。
「ありがとうございます国王様」
「……ふぅむ、なかなか頑固な奴だ。昔のアルバンに良く似ておる」
「いらないことを言わないように」
「いやぁ、昔のこやつは全然融通のきかん男でなぁ──」
「む……そういう君だって昔は──」
二人の軽口は段々と言い合いになっていった。
既に僕の事は眼中になさそうな勢いで話が盛り上がっている。
それにしても父上が頑固?……今じゃ全然想像つかないな。
そうして二人が言い合いを横で観察していると、食堂の扉が開いた。
「お父様申し訳ありません! 遅くなりまし……た?」
「おぉ、サレンも起きてきたか。よし、そろそろ朝食にしようか」
扉の先に見えたのはネグリジェ姿のサレン姫だった。
僕と父上の姿を見て固まっているサレン姫を見ながらガゼル王は気にせず話を続けている。
え? 物凄く気まずいんだけど……どうしよう?
謝るべきか? いや、それとも寝間着だと気が付かないふりをしたほうが……?
頭をフル回転させているとポンッと肩に手が置かれる。
「ウィル」
「ち、父上……」
父上は自分に任せろと言わんばかりの顔で頷いた。
た、頼もしい……!
「潔く頭を下げるんだウィル。こういう時は早めの対処が肝心だから、覚えておくといいよ」
……うん。なんだかそんな気はしていたよ……。
こうして僕と父上は迅速に頭を下げたお陰で事なきを得た。
因みに最後まで分かっていなかったガゼル王はサレン姫の『お父様嫌い』の一言で撃沈された。
──
「ふぅ……おいしかったです」
「お気に召して頂いてなによりです」
心の中でごちそうさまと言っておく。
やっぱり元日本人として心の中だけであっても言っておきたいからね。
「あー……サレン。私が悪かったから機嫌を直してくれないか?」
「……」
ガゼル王は食事中もサレン姫の機嫌をとろうと頑張っていたがサレン姫は話しかけられるたびに顔を背けていたために、最後まで拗ねられたままだった。
危ない危ない……早めに謝っておいてよかった……。
このやり取りを見る限り父上の判断は正しかったんだな。
「はぁ……仕方ない。サレン、ウィル。二人に話しておきたい事がある。今後の事だからサレンも話の内容だけは必ず聞いておきなさい」
「……! 分かりました」
ガゼル王は一度深いため息を吐くと、真剣な顔をしながらそう話を切り出した。
その顔を見たサレン姫も真剣な顔でしっかりとガゼル王と目を合わせる。
父上をちらりと見るとやはり真剣な表情。
どんなことを言うつもりなんだろう?
そう思いながら僕も真剣に耳を澄ます。
「ウィル・エレイン。アルバン・エレインとの話し合いの結果、貴公には我が娘サレン・ハウードとの婚約を結んで貰う事が決まった!」
「えっ……!?」
な……な、なんだって? 婚約? 誰が? 誰と?
ガゼル王の言葉が頭の中で飛び回っている。
「ど……どう言うことですか父上!?」
「ど……どう言うことですかお父様!?」
予想外の事に僕もサレン姫も驚きながら立ち上がり、同時に言葉も重なる。
「言った通りだ。お前はアルバン・エレインの息子……そこにいるウィル・エレインと将来結婚を予定していると言うことだ」
「昨日の内にガゼル……国王様と話し合ってね。前から姫様の婚約に関する話はしていたんだけど、まさかこんなにタイミングよく二人が知り合うとは思ってなかったよ」
淡々と説明するガゼル王と父上に口をパクパクさせているサレン姫。
恐らく僕も同じような顔をしているだろう。
「良いではないか。今の動きを見るに相性も良さそうだし、ウィルは恐らく誠実な男だぞ? 何て言ったってあのアルバンの息子だからな」
「そ、そう言うことではなく……!」
「なにか不満なのかい? ウィル?」
「そんな訳ないでしょう!?」
なんて事を言うんだこの人は!?
「いずれ決めなければいけないことなのだ。まさかサレンが初対面の男に悩んでいた能力の事を話すとは思わなかったが、アルバンの息子なら安心して任せられる」
「こう言うことは早めに決めておかないと色んな貴族達が群がって大変だからね。二人のためでもあるんだ」
「……」
うっ……そう言われるとなんにも言えない……。
父上達の言い分に僕達は押し黙るしかなかった。
特にサレン姫は王族だからそう言う話は早めに対策するのが一番いいのだろう。
恐らく僕も公爵家という事はいつかはお見合いとかもしないといけないだろうなとは考えてもいたし、ここは面倒なことが減ってよかったと思うべきかな?
「まぁ、言った通り"婚約"で確定した訳じゃない。なにかあれば解消するし、予定だという事を忘れないでほしい。なにより君達にはそんな事に縛られてほしくはないからね」
深く悩む僕達を見兼ねた父上が真剣な顔を崩しながらそう言ってくれたおかげで、幾分か楽になった。
確かにまだまだ先の話でどうなるか分からないんだ。
今はまだ知り合ったばかりだし、これから色々知っていけばいいんだ。
そう考えると悪くない気もしてきた。
「……それにサレンもウィルの事を気に入っているのだろう? 昨日、侍女から寝るまで奴の……」
「なっ……ど、どうしてそれを!?」
ガゼル王とサレン姫がボソボソと話をしているが、会話の中で僕の名前が聞こえたような気がした。
「僕がどうかしましたか?」
「わー! わー! なんでもありません! なんにもないですから!」
「ぐぉっ……!?」
「あはは。君は変わらないなぁガゼル。そうやってよくリースに叩かれていたのを思い出すよ」
うわぁ、ガゼル王がサレン姫に思いっきりビンタされちゃったよ……。
なんの話をしていたか気になるけど、深くは触れないで置こう。
今日父上から新しく教わったことだからね。