神子の能力とディルオール教
「父上!」
「ん? あぁ、ウィル。ちょうど良かった今なら迎えに行こうと思っていたんだ……って、その子は……」
サレン姫の手を引きながら人気がなくなった会場を見渡すと父上はすぐに見つかった。
僕を探していたらしいみたいなので用事は終わったのだろう。
「あの、父上。実は──」
「ほぅ、その者がお前の息子か? アルバン」
「──相談が……えっ?」
父上に相談しようと話し出した瞬間、その後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「うむ、中々良い面構えをしておる。昔のお前にそっくりだな! はっはっは!」
「ははは、そうでしょう……痛いから肩を叩くのはやめてください」
父上の後ろから現れたのはガゼル王だった。
王は僕の顔をじっくり見ると笑いながら父上の肩を叩き、それを嫌そうな顔で止める父上。
うーん? 随分と仲が良さそうだなー。
「……おぉ、サレンではないか! 探したぞ!」
「あっ……申し訳ありませんお父様。ちょっとお話をしていましてそれで……」
ガゼル王の目がサレン姫をとらえると、大きな声で話し始めた。
広い会場に響く程の声量は間近で聞くと凄まじい迫力だったが、聞きなれているのかサレン姫は特に驚くこともなく受け答えをしていた。
「そうかそうか! もうそこまで仲良くなっていたとは!」
「友達が増えたようで僕も嬉しいよ」
うっ……そんな心配をされているなんて……確かに友達を作るのは苦手だけど……。
ってそうじゃない! 王様も一緒なのは予想外だったけどここまで来たんだから話が始まる前に事情だけでも説明しないと!
「あの父上、サレン姫の事で相談があるのですが……」
「サレン姫の?」
「ウ、ウィル様? その事は後でも大丈夫ですから……」
サレン姫が軽く袖をひいてくるが、恐らくこのタイミング以外で相談出来るタイミングはない。
丁度ガゼル王もいるから話も早いはずだ。
「む、ウィルよ。その相談事とは、サレンが心を読める事についてか?」
「っ!? は、はい。そうです。先程その事で悩んでいるようでして……」
僕が事情を話している間、ガゼル王達は難しそうな顔をしていた。
「……ふむ、これは話が早そうだ」
「そのようです。実は僕もさっきその事でガゼル王から相談を受けてね。交流会の前に言った用事もこの話についてなんだ」
「ここで立ち話も辛いだろう。控室を用意してあるのでそちらへ向かうとしよう……ラウル。案内を頼む」
「畏まりました。皆様こちらへ」
父上達はいつの間にか側に控えていたラウルと言う男性について歩き出した。
サレン姫は服の袖を握ったままだったので行きましょうと声をかけて一緒に父上達の後を追った
──
部屋に入ると父上とガゼル王、対面に僕とサレン姫が席に着いた。
因みにサレン姫は僕の服の袖を握ったままだ。
「さて、ちょっと事情が複雑でね。この事はここにいる人以外には絶対に喋らないようにしてほしい」
どうやら本当に厄介な話のようで、話をする父上も横にいるガゼル王も難しい顔をしている。
「まず姫様の心を読む能力ですが、調べた結果、ガゼル王と同じ考え……"神子"としての能力"感応"と呼ばれる能力であると結論付けました」
「神子と言うと、ミリシオンにいらっしゃる神子の事でしょうか?」
神子? そういえばセナの授業で聞いたことあるような……。
あまりピンと来なかったが、サレン姫は分かったようだ。
あまり分かっていない僕に父上が説明する。
「この大陸には昔から人にはない能力を持つものが何人がいて、その中の一部の人間が作ったのがディルオール教。それをその教えを崇拝している国がミリシオンと言う国なんだ」
あぁ、そうだミリシオン! 思い出したぞ。
説明を聞くとセナの授業を思い出した。
ミリシオンはこの大陸唯一の宗教国家で神子は象徴のようにされている人の事だ。
過去に存在した神子の中には常人の何倍もの力をもった者や動物と話が出来る者など様々な神子がいたと言っていたっけ。
過去の記憶を漁っていると、顔を伏せたサレン姫が父上に問いかける。
「では……一生このままなのですか?」
「その点に関してはご安心ください。過去の記録には体が成熟すれば制御出来るようになるとありましたので、いずれは自分の意思で扱えるようになるでしょう」
「そう……ですか……」
顔は依然として伏せられたままではあったが、制御が出来ると分かったからか服を握っていた手が緩まっていた。
僕も一安心だと思っていると今まで黙っていたガゼル王が口を開いた。
「能力の制御は出来るようになる。ここまでなら問題ないのだが、厄介なのはディルオール教の教えにあるのだ」
──そういえば事前に複雑な事情があると言っていたっけ。
ディルオール教の教え……想像がつかないな。
「『神子を現世の穢れから最も遠い神聖な地で人を導く』と教えがあるのだが、ここで言う神聖な場所とはミリシオンの首都にある大聖堂の事を指す。もしサレンがディルオール教の者に神子だと知られればミリシオンに連れていかれる可能性が高い」
「そんな……わ、私が誰かを導くなどとても出来そうにはありません」
サレン姫は弱々しく首をふりながら言った。
こんなに神子の能力で苦しんでいるのを見ると人を導くためだと割りきるのは難しいだろう。
「当然だ! 神子だなんだと言って勝手にサレンをミリシオンなんぞに渡してたまるものか!」
「お父様……」
そんなサレン姫を見たガゼル王は思わず机をバンッと叩きながら叫ぶ。
この発言だけでどれだけサレン姫を大切に思っているかがよく伝わってくる。
たけど、一つ疑問に思った事を父上に聞いてみた。
「しかし、ミリシオンの国としての大きさは我がクラン王国とあまり差がなかったはずです。姫様を渡さないと言ってそのまま終わるとは思えません」
「ぐっ……!」
その質問にガゼル王が小さく呻き、父上はため息を吐いた。
「……ウィルの言う通りだ。恐らく向こうは神子を奪還すると言う名目を使ってでも姫様を欲するでしょう。それだけは避けなければいけない。はぁ……本当に厄介な話だよ」
「全くだ……。サレン、そしてウィルもこの話は他言無用で頼むぞ」
「はい」
「わかりました」
「よし、これでこの話は終わり。二人ともお疲れ様」
ふぅー、疲れたー……。
こうして長かった秘密の会談がやっと終わった。
──