苦悩
「だ……誰ですか!?」
再起動したサレン姫はベンチから飛び上がると、警戒心剥き出しで威嚇するように距離をとってきた。
まずい、なんか誤解されている!?
「あっ! え……えーと、ウィル・エレインと申します! よ……よろしくお願いいたします!」
「えぇ!? えっと……よろしくお願いいたします?」
サレン姫は勢いに押され、戸惑いながらも返事を返してくれていた。
しかし、僕は焦りのあまり作法もなっていない自己紹介をした上に礼儀の欠片も感じられないお辞儀をしてしまった事に後悔し始めていた。
あぁ……こんな事セナが知ったら絶対に怒られる……。
セナに説教されている自分の姿を思い浮かべてしまった。
だけど今はそんな事よりどうやってフォローするかが重要だ。
すぐに考えを纏めると頭を上げてサレン姫の様子を見てみる。
彼女は未だに目を白黒していたが、徐々に冷静さを取り戻してきたのか次第に警戒するような顔つきになってしまった。
「あの……私達、交流会でお会い致しましたか? 大変申し訳ないのですが、覚えがないのです」
「い……いえ、会には出席させて頂いておりましたが……その、父上がガゼル王とお話があるようで、挨拶はその時にと……」
しどろもどろになりながらも僕が知っている情報を話す。
とは言っても何について話し合うかや、いつ会うのかなども知らないので端から見れば言い訳をしているように見えて余計に怪しく見えたような気がする。
こんな事なら、もう少し事情を聞いておくべきだった……。
「嘘……ではないようですね」
「信じていただけるのですか?」
意外な事にこんなに怪しい言動をした自分を信じてくれると言う。
「ここに来たのが偶然だという事は読めたので……」
「読めた?」
「あっ! ご、ごめんなさい!」
読めた……ってどういう事だろう?
思わず聞き返すとサレン姫は慌てながら謝ってきた。
あの少ない情報で信用出来る要素があったのかと考えてみたが、思い浮かばなかった。
しかし、一つだけ思い当たった考えがあった。
「もしかして……心が読める……とかでしょうか?」
「えっ!? ど、どうして分かったのですか?」
どうやら予想は当たっていたみたいだ。
まぁ、何かを読んで信用するって言われたら心を読む以外考えつかなかったからね。
「その……申し訳ありません。勝手に心を読んでしまって……」
サレン姫は泣きそうな顔をしながら謝ってきた。
もしかしたら、さっきまで泣いていたのはこの読心能力のせいなのかも。
そう思った僕は思いきって踏み込んでみる。
「交流会で何か言われたのですか?」
「っ! ……そ、それは……」
鎌をかけてみると分かりやすい位に動揺していた。
サレン姫はしばらく沈黙していたが、じっと待っていると諦めたのか事情を話し始めた。
──
「私が6歳になった時の事です。その日はお父様と侍女の皆さんで小さなお祝いをして頂いたのです。その時唐突にお父様の考えている事が頭に浮かぶようになったのです。その事をお父様に報告すると、その場にいた者達に他の誰にも言わないようにと厳命してその日は終わりました。」
「その後3ヶ月後に交流会を開催することが決まり、その準備で忙しくなってしまい、この話は一旦終わってしまいました」
「結局話が進まないまま今日を迎えてしまいました。不安な心を押し殺したまま過ごしていたのですが、交流会の途中に通路を歩いていると通りががった部屋から侍女の声が聞こえてきました。話の内容が全て聞こえたわけではないのですが、心を読まれるのは怖いと言う事が読めてしまったのです……」
──
余程ショックだったのだろう話を終えたサレン姫の目から涙が溢れてだしていた。
「知りたくなかった事まで読めてしまうなんて……! 私には……こんな力いらない……! こんな想いをするぐらいならいらなかったのに……! どうして……」
サレン姫は絞り出したかのような声で嘆くと手で顔を覆って泣きだしてしまった。
くそ……なんて声をかけたらいいんだ?
想像以上に難しい問題でどう慰めるべきか分からなかった。
下手な慰め方では彼女の心には響かないだろうし、逆に傷つけてしまう可能性だってある。
誰しも言いたくない事なんて誰でも抱えている物だから、それを知られたくないと思う気持ちも分かる。
しかしサレン姫も望んでやっている訳ではない。
サレン姫が能力の制御が出来るようになれれば一番いいけど、そんな無責任な事は言えない。
「……ごめんなさい……こんな事言われて困りましたよね? 話を聞いて貰えただけでも気が楽になりました。どうか忘れてくださって構いません」
どう慰めるか悩んでいるとサレン姫は顔をあげてそう言ってくれた。
まだ涙の跡が残る顔で精一杯の笑顔を見せながら。
それを見た瞬間、色々考えていた事が吹き飛んだ。
「姫様、その心を読む力ですが、力を押さえる方法を探しましょう」
「え……と、突然何を?」
気が付けば口が動いていた。
散々無責任な事を言うまいと押さえていたはずなのに、あんな顔を見せられたらそうも言っていられなくなった。
一度口にしたことは飲み込めないな。
「その事を知っているのは、王様と姫様の侍女だけなのですね?」
「は、はい」
「では、まず僕の父上から相談して見ましょう。なにか知っているかも知れません。それでも駄目ならセナに……」
「まっ、待ってください! あなたがそこまでする必要は……!」
確かにサレン姫とは今さっき会ったばかりで話をしてくれた内容以外なにも知らない。
だけど泣いている彼女をそのままにしておけなかったし、もうなんとかすると言ってしまった。
後には引けない。
「なんとかすると僕は口にしました。ですからできる限りの事はします」
「っ……!」
「さぁ、行きましょう。そろそろ父上の用事も終わっているはずです」
呆然としているサレン姫の手を取り父上を探しに城内へと戻った。