魔力と魔法
──あっという間に2年が経ち、4歳になった。
この世界の言葉にも慣れてきたし、今は日本語の方が違和感を覚えるくらい馴染んできた。
言葉を練習していた時間は勉強になり、新しく礼儀作法の練習なんかも増えて忙しくなった。
今の所は前世の経験もあり、なんでもそつなくこなすことができている。
……間違って父上をアルバンと呼び捨てにしてしまった時はセナの顔が思い出したくないぐらい怖かったけど……。
それ以来心の中でもしっかりと敬称をつけるようになった。
まぁ、今回はセナだけで済んだけど、アルノーにも聞かれていたら、説教が2倍になりそうだしね。
……そろそろセナが来る時間のはずだけど今日は遅いな。
この世界にも時計はあって、頂点が12時で右回りする所までは同じだけど針は一本で、時間ではなく太陽の位置を示すものため、何分、何秒などは分からない。
一応セナさんは「1時頃に伺います」と聞いているが、ぴったりに来る日もあれば今日のように遅い日もある。
まぁ、これは前世の日本が時間に厳しいのもあったからだろうなとは思うけど、どうにも落ち着かない気分だ。
……そういえば今日から新しい事を勉強すると言っていたけど、なんの勉強をするんだろう?
そんな事を考えながら椅子の上で手持ち無沙汰にしていると部屋にノックの音が響いた。
きっとセナさんだろう。
そう思ったが僕は一応聞き返してみる
「はい! あっ、セナですか?」
「はい、ウィル様。失礼します」
扉を開けて入ってきたセナの手には木でできた杖のような物と一冊の本を持っていた。
杖? 足が悪くなったのかな?
一瞬頭によぎった考えを心の中で振り払うが、どうにも好奇心が抑えきれなかったので、思いきって聞いてみることにした。
「セナ。その杖はなんですか?」
「これはですね。今日からする勉強に関係するのですが──」
そう言いながら持っていた本を僕に見えるように差し出す。
そこには「初級魔法教本」と書かれていた。
「今日から魔力、それから魔法について勉強していこうと思います少し難しいですが、ウィル様なら大丈夫だと思います」
……魔力、魔法?
心なしか少し楽しそうなセナが説明している中、僕はその単語にしばらく開いた口が塞がらなかった。
──
まさか、本当に魔法があるなんて……。
未だに信じられない気持ちだが、目の前で手のひらから光の球を出されれば信用するしかないだろう。
まだ庭より外に出たことはなかったけど、廊下に電灯のような物があったので、てっきり外国にでも転生したのだと思っていた。
聞いてみると、あれは魔力を使った魔道具の一種で、街にも同じようなものは溢れていると言う。
うぅ……混乱してきた……。
一旦セナから教えてもらった事を整理しよう。
まず魔力について。
魔力は自然にも生まれるが、人間の体内にも魔力を作る器官があると言われていて、常に体に循環しているらしい。
魔力は最初こそ意識しないと操ることが出来ないが、逆に一度操る感覚を得れば、自在に動かせるそうだ。
また、循環する魔力は力を込めた際に使う筋肉に集まり、負担を軽減する効果があるという。
なので、魔力さえあれば、細腕の女性でも大きな斧なんかを振り回すなんてことも出来ると。
そして魔法。
魔力は術者のイメージによって炎や水など変幻自在に変化し、これを手のひらや杖の先端から打ち出すことで魔法として使っているという。
「──と魔力と魔法についての説明は以上ですが、分かりましたか?」
「一応……わかったと思う」
ふぅ、頭の中で整理したおかげでなんとかついてこれたかな?
──まぁ、原理はともかく、魔法については前世のイメージとそんなに変わらないみたいだ。
しかし魔力があれば魔法だけでなく、力が強くなるとは……。
「今でこそ魔法は一般的な人々も使っていますが、一昔前までは貴族しか扱えぬ物とされていました」
「じゃあ、父上も使えるの?」
「はい。アルバン様は氷の魔法を得意とされています」
おぉー! かっこいい!
魔法ってなんだかワクワクする!
「僕も使えるかな!?」
「もちろんです。ただし、今すぐには使えません」
ええっ! まさかここまで上げておいて落とされるなんて……
ちょっと落ち込んだ僕に、珍しく慌てたセナが理由を話してくれた。
「実は魔力を作る器官……【魔力器官】と言うのですが。体が出来上がっていない内はかなり脆くなっていまして、子供の時に使ってしまうと壊れてしまう可能性があるのです」
「そっ……それは……ちょっと怖いかも」
魔力器官は命にも関わるらしく、潰れてしまった子供は衰弱死してしまったと言う。
話を聞いた後はさっきまで上がっていたテンションが一気に下まで下がった。
この世界では幸せになると決めたんだから、そんなリスクは犯せないよね。
「じゃあ、いつ、使えるようになるの?」
「我が国では16歳になった貴族は【アスナード学園】と言う施設で魔法の勉強をする決まりがあります。そこで実践を重ねれば使えるようになりますよ」
「そっか、じゃあ学園に入るまではお預けかぁ……」
「そうなりますね。しかし魔法は一般的にはなりましたが、貴族にとって、強力な魔法を扱えると言う事が家名の評価に繋がります」
そうかぁ……うん? ちょっと待って?
貴族? 僕が?
思わず思考停止してしまった。
聞き間違いかな?
「ねぇ、セナ。僕って貴族なの?」
「え? まさかご自身の家名を忘れてしまったのですか?」
「いや、エレイン家だよね? 忘れてないけど……貴族だったの?」
「はい。エレイン家は公爵家……王族に最も近い大貴族です」
大貴族!
……正直、全く実感が沸かない。
と言うより、自分が貴族っていうのがそもそもしっくりこない。
はぁ、でも家名を背負うって言われると……不安しかないが、頑張るしかない。
「……とにかく、入学前までに勉強しておけば、後で有利です少し難しいですが、頑張りましょう」
そう言いながら「初級魔法教本」を開くと中のページを見せてもらった。
あれ?
「……あの、セナさん。難しい文字ばかりなんですが……」
「ウィル様なら大丈夫です。私がしっかり教えて上げますので」
「いや、そうじゃなくて……なんとか読めるけど、書いてあることが分からないんだ」
「大丈夫です。私がきっちり教えますので」
うん、とてつもなく不安だ。
こうして妙な自信を持ったセナによる、およそ4歳がやるような内容ではない本を片手にしっかり、きっちりと魔法について勉強した。
──後のセナ曰く、説明すればすぐに吸収してくれるので、大変教えがいがあり、ちょっと無理をさせてしまいました。
と語ってくれた。