第七話 筆記試験
「アルフ、貴方こんな所で何してるの? この子は誰?」
戻って来たリディアは銀髪銀瞳の美少女を見るなり俺に問い掛けてきた。
「ん? ああ、紹介しよう。俺の妹のシルヴィだ」
リディアは目を丸くして驚きの声を出す。
「貴方、妹が居たの!? しかもこんな美少女の!」
「む、言っていなかったか?」
「言ってないわよ! へぇ~この子がアルフの……めちゃめちゃ可愛い~。けど、アルフとは全然似てないわね」
リディアがシルヴィの周りをぐるぐると回りながらしげしげと見る。
回りながら「へぇ~」だとか「ふぅ~ん」だとか「可愛い~」などといった声が漏れているのだが、本人は果たしてそれに気付いているのだろうか?
――この分だと気付いていなさそうだな。
まあ確かにシルヴィの容姿は客観的に見て非常に優れていると言えるだろう。腰まで伸びるしなやかでサラサラの銀髪は日の光を受けて銀糸の様に輝き、白色のワンピースから覗くこれまた白い肌はシミというものを知らない。整った顔立ちと、線の細く小さい儚げな姿が相まって、まるで精巧な人形の様だ。
だが、そのシルヴィを可愛い可愛いと言いながら周りを回っているリディアも全く見劣りしない美貌なんだがな。
――いや、神々は人間より容姿が優れていることが多い(シルヴィやリスト程では無いが)から、それに比肩しうるリディアはもはや異次元と言って良いレベルだろう。
因みに神が子供を作る場合はその方法が人間同士の場合とは全く異なるため(同じ方法でも出来るが面倒くさいのであまり好まれない)、親や兄弟姉妹の容姿はあまり似ていないことが多い。
現に俺とシルヴィも髪の色や瞳の色、そして顔立ちもあまり似ていないし、両親との共通点も然程無い。まあ、全く以て共通点が存在しないという訳でも無いが、レイラとリディア等の人間に見られるようなそっくりさでは無い。
「あ、あの……?」
「ん? ああごめんね? 可愛かったからつい」
シルヴィが困惑している事に気付いたリディアが立ち止まって謝り、自己紹介をする。
「私の名前はリディア・アストレアよ。よろしくね」
「シルヴィです。よろしくお願いします」
シルヴィがペコリと頭を下げる。
ふむ、流石に三人もの容姿端麗な少女(内一人は公爵家のご令嬢)が居ると周囲の視線を集めるものだな。
ん? 三人?
改めて見てみると、リディアの隣にもう一人少女が立っていた。僅かにウェーブした金色の長い髪と、透き通った綺麗なオッドアイを持ち、顔立ちはどこかリディアと似ている。身長はリディアとほぼ同じで、二人が並んでいるとまるで対になっている様に見えるな。
「なあリディア。隣にいるのは誰だ?」
「え?――ああ紹介がまだだったわね。私の従姉のソフィアよ。なんとねえ? この国の王女様なの!」
ふむ、王女様?
「クライネルト王国王女、ソフィア・フォン・クライネルトです。よろしくお願いしますね。アルフさん、シルヴィさん」
ペコリと頭を下げたソフィアはふわりと優しげに微笑む。そして左眼を瞑って右の蒼い眼で俺をじいっと見てきた。
何だ?
左眼を開いたソフィアが驚いた様子で言う。
「まさかこんなに――貴方の魔力量は途轍もないですね。底が見えない方は初めてです。話には聞いていましたが……」
「魔力量? まさか、見えるのか?」
「そうよ! ソフィアはね、右眼で相手を見るとその人の保有する魔力が見えるの。凄いでしょ!」
俺の質問にリディアが得意げに答える。
普通、魔力は自分の物を除き、纏ったり魔法を使ったり自然に放出されたりして外に出ていなければ見る事が出来ない(よっぽど濃く無い限り放出される魔力が可視化する事は無いが)。だがソフィアはそれを見る事が出来るという事だろう。
それは確かに凄いな、俺には出来ん。出来るのは表面に出ている魔力から推測することだけだ。
「では、話には聞いていたとはどういう事だ?」
今度はシルヴィを片目で見ていたソフィアに質問する。
するとソフィアはこちらに向き直って答えた。
「それはですね、手紙に書いてあったからです」
「手紙?」
「ええ。私とリディアは毎週手紙を送りあっているのですが、四ヶ月前からリディアの手紙に必ずアルフさんの事が長々と書いてあったのです。一緒に生活している以上、貴方の事が手紙に入ってくるのは当然と言えますが――明らかにリディアのご両親についての文章の量よりも貴方についての文章の量の方が多く、時にはほぼ全文が貴方の事で埋め尽くされている時もありました。ですのでどんな方なのか気になっていたのです。そしたら私の想像を遙かに超えていて、びっくりしました」
ソフィアの言葉に目を剥いたのはリディアだ。ぱちくりと瞬きをした直後、顔を髪色に匹敵するほど真っ赤に染め、
「なっ……!? そ、それは言わないでってさっき言ったでしょっ!?」
そう言った。そして瞬時にこちらを向き
「アルフ! 貴方、今のソフィアの言葉は忘れて! 絶っ対に覚えてちゃ駄目っ! 完全に記憶から消去して!」
と、半分涙目になりながら言った。
「忘れてと言われてもな。むしろそう言われてしまってはなおさら記憶に残る」
俺の言葉にリディアは「うう~」とうなりながらしゃがみこんでしまった。
――と、そこへ。
「兄さん。少し良いですか」
俺達のやりとりを傍観していたシルヴィが声を掛けて来た。
「ん?何だ?」
「見てください。<時刻表示>」
シルヴィは魔法陣を描いて<時刻表示>を発動し、表示された時刻をその細い指で指し示す。
「時間、来てしまいます」
辺りを見回してみると、沢山居た筈の人々がいつの間にか殆ど居なくなっていた。皆試験会場に行った様だな。
俺達の様子を見て近付いて来たソフィアがシルヴィの<時刻表示>を覗き込む。
「あら、もうそんな時間でしたか――時間が過ぎるのは早いですね、全く気付きませんでした。ありがとうございますシルヴィさん。では、試験会場へ急ぎましょうか」
「そうだな。行くとしよう」
俺達はエルレイド学院の校舎へと歩みを進める。
――む、リディアがしゃがみこんだままだな。
「リディア、行くぞ。しゃがみこんでないで立ってくれ」
声を掛けてもリディアは「うう~」とうなったまま動かない。
――ふむ……仕方がない、俺が運ぶとするか。悪く思うなよ。
リディアに両手を伸ばす。
気付いていないようなのでそのまま膝裏と背中に手を回して持ち上げ、寄り掛からせる様に横抱きにする。やはり軽いな。
「――ふぇ?」
リディアが目を瞬かせる。何が起こったのか全く分かっていなさそうな顔だ。
この四ヶ月間アストレア家で生活して分かった事の一つに、リディアは突発的な事象に少々弱い時があるというのがあるが――今回もそのパターンだな。
「よし、行くか」
「へ? え? あ、アルフ?」
リディアを抱えたまま歩き出すと、腕の中で狼狽えた様な声が聞こえた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
筆記試験の会場である大講堂に近づいてきたため、俺は廊下でリディアを降ろそうと声を掛ける。
「そろそろ降ろすぞ。良いか?」
聞いてみてもリディアは俺の服の襟をちょこんと摘まんだまま、赤い顔と潤んだ瞳でこちらをぼーっと見てくるだけで応えが返ってこない。
「む、大丈夫か、風邪でも引いたか?」
「リディア~着きましたよ~」
ソフィアがリディアの顔の前で右手を振ると、リディアはハッと夢から覚めたような顔をして慌てて俺の腕の中から降りた。
ふむ、やたらと挙動不審だな。前にも一度したことがあるから、横抱きにして運んだ事が原因というのは考えにくいのだが――いや、あのときのは違うのか? どうなんだ?
「――アルフさん? どうされたのですか?」
「兄さん?」
考えているとソフィアとシルヴィが小首をかしげた。
「――いや、何でもない。では行くとするか」
いざ決戦。どんな問題が出るのか、楽しみだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大講堂に入り、自分の試験番号の札が付いている席に座る。隣の席にはシルヴィが座った。因みにリディアは二百七十七番、ソフィアは百三十五番なので少しだけ席は離れている。
改めて見てみると、シルヴィはやはり他人に比べて背がやや低い。転生したのだったら身長を少しは伸ばしても良かったろうに。何か譲れないものでもあったのだろうか?
――そんなことを考えていると、試験監督が大講堂に入って来て、問題が配付された。教科は魔法学、国語、数学、地理、歴史の五つで、制限時間は百五十分だ。全ての教科が同時に配られるから時間配分や解く順番は受験生の自由だが、まあ時間は三十分ずつに分けてやった方が良いだろうな。
試験監督の「始め!」という声と同時に皆一斉に問題を解きはじめ、鉛筆のカリカリという音がする。
――さて、俺も解くか。まずは魔法学。
問題用紙をペラリとめくり、一問目の問題文を読む。
『問一.魔法は生活魔法を除き、十個のランクに分けられていますが、ランクの名前を全て答えなさい』
ふむ、流石に一問目なだけあって非常に簡単だな。
ランク分けは下から順に最下級、下級、中級、上級、最上級、超級、覇王級、伝説級、幻想級、神話級だ。
尤も、この世界では覇王級以上の高位の魔法を使える者は稀な様だ。まあ学院には居るということだが、それでも少ないらしい。そもそも生活魔法以外の魔法、つまり最下級魔法を使える者の割合も世界人口の五分の一程度なんだとか。
俺の世界では最下級魔法は子供を除き全員が使えたのだが……
閑話休題
『問二.<収納>、<麻痺>、<火球>、<電光石火>、<極大轟炎球>、<転移>はそれぞれどのランクに位置するか答えなさい』
これは順に中級、下級、最下級、最上級、超級、上級だ。
まあ、簡単だな。次の問題はどうだろうか。
『問三.かつてキネア大陸を治めていた数多くの国々は人歴5940年、今から八百四十一年前に起こった四体の殃禍種の出現、俗に言う――』
などと、問題は続いていく。それを俺は元から持っていた知識とこの世界で新たに手に入れた知識を駆使して解いていった。