第三話 強い人間
入学試験の申し込みがようやく終わったため、俺はエルレイド学院の校門を出て王都を歩く。受付は長かったな……俺の試験番号は四百十五番になった。まあそれはさておき今日の夜に泊まる場所を見つけねばならんな。
――と、その前に、
「おい、そこに隠れている奴。出て来たらどうだ」
俺が立ち止まってそう言った瞬間、後ろの路地から執事服を着、好々爺然とした雰囲気を纏った白髪の男が出て来た。
「お気付きでしたか。やはりお嬢様の仰っていたとおりの実力者のようでございますな」
お嬢様? まあ良い。
「何のために俺を尾行していた?」
そう、入学試験の受付をしてもらっていたときからずっと視線を感じていたのだ。
「貴方、受付の前でギアス伯爵の馬鹿息子に絡まれていたでしょう? その時の貴方の魔法を見て、お嬢様が興味をお示しになったのです」
ふむ、あれを見ていたのか。
「だが、俺が使った魔法は<麻痺>と<沈黙>の二つの弱い魔法だけだ。それだけでは俺が強いか弱いかの判別は出来ないと思うんだがな」
使った魔法だけでは、な。
すると、男は笑った。
「ほっほっほ。確かに魔法自体は弱いですな。ですがあの様に、相手に直接働きかける魔法は、よほど実力差が大きくない限りレジストされてしまって成功しないというのは、貴方もご存知ですよね?」
やはり知っていたか。
「成る程。俺の<麻痺>や<沈黙>が効いたということはあの男が弱いか、俺が強いかの二択という訳か。では何故あいつが弱いという線を、そのお嬢様とやらは考慮しなかったんだ?」
そちらの方が可能性としては高いだろうに。
すると男は意外そうに片眉を上げた。
「――おや、貴方は知らないのですか。まあ貴方にとって彼は只の有象無象と変わらないのでしょうから、一々気にすることも無いとは思いますが」
何だ?その言い方だとあの男が強いという様に聞こえるが。
「何のことだ?」
「彼は一応、巷では『火炎』と呼ばれていますから。多少は有名ですな」
何? あの程度の実力で有名だったとは。――そして二つ名が<火炎>か。<火炎>も決して強くは無い魔法なはずなんだが……確かに便利ではあるが。
俺が驚きと呆れで固まっていると、
「ほっほっほ。その反応、やはり彼とはレベルの違う世界に貴方は居られるようですな。そんな貴方に少し頼みがあるのですが」
そんなことを言ってきた。
「む、何だ?」
「――私と、戦って頂きたいのです」
そう言った目の前の男からは好々爺然とした雰囲気が消し飛び、歴戦の戦士のような威圧感と風格が溢れ出てきた。
――ほう、強いなこの男。修羅場は幾つかくぐってきているだろう。
しかし、
「ふむ、戦っても良いが、戦ってどうするんだ?」
この男、戦いだけが目的というようには見えない。
「それは、私と戦って頂いた後にお話し致します」
「成る程、今は話す気は無いと言うことか」
――そして、殺す気も無い、か。
「ええ、お嬢様に関係のあるお話ですので、軽々しく申し上げる訳にはいかないのです」
「そうか、良いだろう。ではさっさと始めようか」
俺は体に魔力を纏わせ、攻撃力と防御力を共に向上させる。
む、やはり男も魔力を纏ったな。
これは戦いの基本である。オルフォンドはしていなかったが……
世の中には奇襲や速攻と呼ばれる戦法や、暗殺と呼ばれる行為が存在する。これは相手が魔力を纏って防御力を上げていない状態で一撃を喰らわせられるからこそ、存在しているのである。卑怯だと言う者も一定数居るが、有効な戦法なのだから問題は無いと俺は思う。
閑話休題
今回は、少し力を出せるだろうか?
「では、武器を出させて頂きます。<収納>」
そう言うと、男は魔法陣に腕を突っ込み、一振りの刀を取り出した。鞘に入った状態ではあるが、いかにも名刀、といった佇まいの刀だ。
「良い刀でしょう。『秋水』という銘です。私の相棒とも呼ぶべき存在ですよ。貴方も武器を出しては如何ですか?」
「いや、俺は武器は使わないからな。このままで良い」
一応俺も<収納>には槍を一本入れてはいる。だが俺の槍である神槍『雷霆』は神でもないのにリソースを大量に消費するし、力を抑えられないから不用意には出せない。<収納>に入れておけばリソースは消費されないが、滅多に使えないのは困りものだ。その分、いざ使うとなると絶大な威力を発揮するが。
因みに魔法にも<雷霆>というものが存在する。
最強クラスの威力を誇る魔法で、槍の方の『雷霆』と組み合わせて使うと更にとんでもないことになるのだが……まあ使うことは無いだろう。周囲への影響が看過出来んし、そもそも封印を解除せねばとてもとても俺の魔力が足りん。
もしこの状態で<雷霆>を使おうとしたら、魔力切れ――いやそれだけでは無く、無茶な行為に及ぼうとした代償として俺の魂が掻き消えるだろう。
俺は死んだらリストに魂を拾ってもらって再び神界で生きる事になる訳だが――魂が消滅した場合拾い上げる物が何も無くなるからな、流石に使うわけにはいかん。
そんなことを考えていると、男の声が飛んできたので意識を目の前に向ける。
「――左様でしたか。では、参りますぞ! <縮地>!」
そう言うや否や一瞬で魔法陣を展開した男の姿がブレ、直後俺に肉薄し横薙ぎに刀を胴めがけて一閃してきた。それを俺は後ろに跳んで回避する。と、また一瞬で近付いて来て、今度は顔に向かって突きを繰り出してきた。首を傾けて回避したが、後少しでも遅れていたら頭を貫かれて即死していたかも知れない。そう感じさせる鋭い一撃だった。
「ほう。今のをまともに喰らいはせずとも――掠るくらいはするかと思っておりましたが、初見で完全に回避するとは驚きましたな。やはりお強い」
「こちらこそ、まさかいきなり<縮地>を使ってくるとは思わなかった。だが、今ので死んでいたらどうしたんだ? <蘇生>でも使ってくれたのか?」
<縮地>は一時的に移動速度を二倍に上昇させる魔法で、<火球>や<麻痺>等よりも高位の魔法である。で、そんな魔法を使えるということはこの男、剣術だけでは無く魔法の才覚もあるということだな。
――まあ、どれだけ強くとも、魔法の才覚があろうとも、存在しない魔法である<蘇生>を使うことなど出来ない訳だが。
「ほっほっほ。そんな簡単に死ぬような碌な反応速度も持たない弱者――あえて言葉を選ばないのであれば雑魚に用はありませんので。その場合、放っておきましたよ」
殺す気は無いだろうという前言は撤回しよう。どうやら多少はあるようだ。そしてこの男、意外と毒舌であった。
では。
「今度はこちらから行くぞ。<縮地>」
こちらも魔法陣を手早く展開して<縮地>を発動し、近付いたところで右拳を振り抜く。
――が、紙一重で半身になって躱されたので右腕を横に動かしてラリアットに移行する。が、これも姿勢を低くすることで回避された。そのまま斬り上げられるので一旦距離を取り、再度突っ込む。殴ると見せかけて回し蹴りをするが、恐るべき反応速度によって刀で防御され蹴り上げられる。
それを交差させた腕に魔力を多めに纏わせる事で防御し、戻した足で男の空いた胴にすぐさま蹴りを入れる。
男は鈍い音を出して少しだけ吹き飛んだが、直ぐに体勢を立て直され、追撃は出来なかった。やはり強い。今ので決めるつもりだったが、蹴りを入れられる瞬間に後ろに跳んで衝撃を殺していた。
「お前、中々強いな」
「ほっほっほ。これでも昔、王国騎士団の団長を務めていたのです。そう簡単には負けませんよ。<縮地>!」
楽しそうに笑いながらも再び<縮地>を発動して突っ込んで来るので、上体を後ろに倒しつつ腕を伸ばす。そうすることで、後ろに回り込んで来た男の横薙ぎの一撃を回避しつつ足を掴む。
「何っ!?」
男が驚き逃れようとするが時既に遅し。
「吹き飛べ」
俺は上体を戻しつつ体を捻り、その勢いを利用して男を壁に投げ飛ばした。男が激突した壁はその衝撃に耐えきれず轟音を立てて崩れ、男の上に三メートル程の一際巨大な瓦礫が落ちてくる。
「<縮地>」
俺は<縮地>を使い追撃を仕掛けるべく突っ込み、男に向かって魔力を纏わせた拳を突き込む。――と、男の声が聞こえた。
「『裂空』」
――その直後、俺の拳と男の刀が激突した事により発生した衝撃波で、瓦礫が無数の砂粒に変化し吹き飛んだ。