第二話 弱い人間
眩い光のトンネルを抜けると、そこは異世界であった。
リスト曰く、ここはリストムにある四大陸、キネア大陸、フィラデルフィア大陸、セピア大陸、クロレア大陸の内のキネア大陸であり、目の前に街があるらしいんだが……影も形も無いな。
………………。
「どこだここはッッ!?」
叫んだ声は一面に広がる草原に空しく消えていった。
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あの後俺は<飛行>を使って街まで飛んできていた。因みに街と最初の場所は十キロ程離れた場所にあった。これだからリストはいまいち信頼できん。
まあ、そのおかげで頭にぶち込まれていたこの世界についての情報を理解する時間が出来たからいいんだが。後、扉をくぐる前は普通だった俺の体なんだが、今は年齢が十五歳になって身長が縮んでいた。<身体測定>で測って見ると百七十二センチだった。何故?
――で、その情報によるとこの世界の子供は十五歳になると殆どが学校に入るようだ。これはリストからの学校に入れという無言のメッセージなのだろうか。まあせっかくだから入ろうとは思うが。
あと、この世界の単位だが、他の多くの世界と同じく、長さはメートル、重さはグラムといった単位が使われているようだ。これならば分からなくなる事は無いだろう。
街から少し離れたところで地面に降り、歩いて街に向かう。ここはキネア大陸で一番大きな王国である、クライネルト王国の王都だ。名を、イングリットという。
半径十五キロメートル程の巨大な円形の都市で、一番外側には平民が暮らす地区やスラム街がありその内側には貴族達の暮らす地区と学校や病院などの公共施設がある。
そして中心には、『第二十二代クライネルト国王』レイド・フォン・クライネルトと王妃アセナ・フォン・クライネルト、二人の娘であるソフィア・フォン・クライネルトが住む王城が聳え立つ。
因みに王太子であるライオネル・フォン・クライネルトは現在隣国のセラント王国に行っているため不在である。
神界には及ばぬまでも、十分過ぎるほど巨大で豪華絢爛な城は見る者に自然と畏敬の念を抱かせ、王国への反骨心や反逆心を薄れさせることだろう。誰が考え出したのかは知らんが、非常に効果的な手段だな。
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王都に入ろうとすると通行料で銅貨二枚が必要だと言われたので、払って中に入る。この世界の通貨はキネア大陸、フィラデルフィア大陸、セピア大陸、クロレア大陸の内、魔王の支配する大陸であるクロレア大陸を除いた三大陸で共通である。
通貨には石貨、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、聖金貨、聖白金貨の八種類があり、後者になるにつれ価値が十倍になる。
つまり石貨十枚で鉄貨一枚分になり、鉄貨十枚で銅貨一枚分となる。そして聖白金貨は一枚で石貨一千万枚分になるということだ。尤も、聖白金貨は個人同士の取引ではほぼ使わず、国や大商会の取引でしか使わないため石貨と比べる意味はあまりないのだが。
――因みに俺の<収納>には聖白金貨を含めた全ての通貨が十枚ずつ入っていた。有難く貰っておこう。
王都に入ると数多くの人がそこら中を歩き回っていた。
――懐かしい。俺の世界もつい千年ほど前はこんな感じだったものだ。魔王が本格的に侵略を開始してギアラ帝国が滅ぼされた頃からは皆家に閉じ籠もっていたが。
少しだけ感傷的になって辺りを見ていると、王国内でも有数の学校である、エルレイド学院の入試要項が張られているのを見つけた。
それによると毎年二千人ほど居る入学希望者は先ず筆記試験をし、上位三百名が次の日に今度は実技試験をして、その上位者二百五十名が入学できるのだそうだ。因みに再試験等は存在しないため、不合格者は他の学院や学園の試験を受けることになる。
――ふむ、倍率は約八倍か。学力テストがどの程度の難易度なのか分からないし、この世界の人間の強さも全く知らないが、まあなんとかなるだろう。
今はこの世界の人間に使われている暦、人歴で言うと6780年11月なのだが入試は来年、人歴6781年3月にあり、入学は4月らしい。
因みに魔族達の間で使用されている暦である魔王歴では、今年は730年になる。
――さて、入学試験の申し込みに行くか。学院に行けばいいようだな。
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学院に着くと、何やら揉めているのが見えた。何やらくすんだ白色の髪を短く切った十五歳程の、恐らく入学希望者であろう男が受付の前で騒いでいるようだった。
「おいテメエ! 俺様はギアス伯爵家が嫡男! オルフォンド・ギアス様だぞ! まどろっこしい入学試験なんざやめて、俺様を合格にしろ!」
怒鳴られている受付の女はおろおろしているな。
しかし、あのオルフォンドとか言う人間――頭がおかしいんじゃあないか? 受付に怒鳴ったところで何の意味も無いだろうに。むしろ逆効果だろう。まああのまま騒がれても迷惑だ。止めに行くか。
オルフォンドの近くに歩いて行き、声を掛ける。
「ああ? なんだテメエ、俺様に――」
「おい、オルフォンドとやら。他人に迷惑だ。少し黙れ」
よし、これでいいだろう。自分の言葉を途中で遮られたオルフォンドは口を阿呆のようにかっぴらいたまま小さく震えているが、これは自分の行いを反省しているに違いない。――さて、静かになったことだし列に並ぶとするか。
「――テ、テ、テメエ! 待ちやがれ! 今のは俺様がギアス伯爵家が嫡男! オルフォンド・ギアス様だと知っての狼藉か!」
何故か突っかかってきた。唾を飛ばして吠えている。
「おいテメエ! さっさと答えやがれ!」
ああ五月蝿い。
「そうだが何か?」
至極どうでもいいので適当に答えると、オルフォンドは一瞬呆けたように口を開けてパクパクと開閉を繰り返した。まるで餌を待つ雛鳥のようだ。まあ雛鳥との決定的な違いとして、可愛さの欠片も無いが。――そして、何故だか周囲がざわついているな。
「な……! あ、あいつ、終わったな」
「ああ。あのオルフォンド・ギアスに喧嘩を売ったんだ。生きては帰れないだろうな。馬鹿な奴だ」
「はあ。ああいうねえ、身分を辨えるという事すらも識らない田舎のゴミ猿がまだまだ沢山、それこそゴミのようにうじゃうじゃといるから困るんだよ。やっぱりもっともっといっぱい粛清して綺麗な世の中にしなくちゃね」
ふむ、馬鹿に道理を教えただけなのにひどい言われようだな。特に最後の奴は何なんだ?
「――テメエ! 死にたいようだなァ! 良いだろう、喰らえ! そして死ね! <火球>!」
俺が動かないでいるのを好機と捉えたのか何なのか、オルフォンドは魔法陣を描いて攻撃魔法を使って来た。
こいつはてめえと最初に言わなければ喋れないのだろうか?
それにしても短気だな。
思わず「はあ」と溜息を吐いてしまう。
――む?<火球>が消えた。
………………。
まさか。いや、そんなことは無いだろう。うむ、わざとだろうな。
「テメエ! 俺様の<火球>に何をしやがった!」
わざとでは無かったか。
俺は驚愕しつつもオルフォンドに答える。
「溜息を吐いたら掻き消えた」
そう。溜息だけで消えたのだ。
「た――溜息を吐いたら掻き消えただとお!? お、俺様を侮辱するのもいい加減にしやがれ! 俺様の<火球>がテメエの溜息なんかで消えるわけが無い!」
「しかしな、本当の事なんだが」
消えるわけが無いと唾を飛ばして騒ぎ立てられても。
「ぐっ、何かのマチガイだ!<火球>!」
再び魔法陣が描かれ火の玉が飛んできた。
今度は意識して息を吹きかけてみる。
「ふっ」
消えた。カケラすらも残らずきれいさっぱりと。
「何の間違いでも無かったようだな」
「テンメエーーー!!! ブッ殺す!!」
オルフォンドは顔を怒りで真っ赤に染めて殴りかかってきた。非常に五月蝿い。そして、殴ろうとするのに拳に魔力を纏わないとは……基本すらなっていないな。五歳児のけんかでもあるまいに。
「<麻痺>」
掌をオルフォンドに向けそこに簡単な魔法陣を描き、魔法を発動することでオルフォンドの動きを止める。
<麻痺>はかなり弱い魔法であり、多くの場合レジストされてしまい効果が無い(若しくは薄い)のだが、予想通りレジストされること無くきちんと発動した。
「な、何だ? か、体が動かねえ! テメエ! 何しやがった!」
「<麻痺>を使ってお前の動きを止めた。少しその状態で頭を冷やす事を勧める。ついでにこれも使っておこう。<沈黙>」
<沈黙>は相手を喋れなくする魔法だ。やはりこれもレジストされず、オルフォンドは押し黙った。目を見開き、何かを伝えようとしてくるが――まあ分かるわけが無いわな。
「お前に掛けた二つの魔法は十分後には解ける。魔法が解けても騒いだりはするなよ」
さて、受付の列に並ぶか。周りの人々はとんでもないものを見たような目でこちらを見ながらヒソヒソと喋っている。何故なのだろうか? あの程度、軽くあしらえねば話にならんだろうに。
まあ気にすることでも無いか。
ありがとうございました。