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いつか





 本日17時に船が出ます。

 乗り遅れのないようご注意願います。









 乾電池で動く旧式のCDラジカセからは、僕の聞いたことのない、緩いロック調の曲が流れてる。


「ロンロン 一対一(タイマン) ゴー! チャチャチャー チャチャ チャーチャチャーチャチャーチャ」


 CDをセットしたのは昇。いかにも昇が好きそうな曲だ。実際昇はノリノリで体を動かしてる。


「チャチャチャー チャチャ チャーチャーチャーチャーチャー」


 そういえば、昇は英語が苦手だった。英語に限らず、暗記物との相性が悪い。歴史とか算数とか。

 英語歌詞のこの曲で唯一覚えられたのが、そのサビの出だしだけだったんだろう。後の部分はチャチャチャとごまかしてる。


「昇」

「チャチャ チャチャチャー ゴー!!」

「……昇?」

「チャーチャー……ん? どした?」

「その、サビの出だしだけど。ロンロン 一対一(タイマン) ゴー じゃなくて、long long time ago だと思う」

「は? 何それ?」

「何それって? 歌詞。あ、訳って事? 大昔とか、むかーしむかしとか」

「ふ~ん」

「ふーんって、この前学校で習っただろ?」


 この前と言っても半年ぐらい前の話。今、中学校は休校中。続きは向こうでやるらしい。向こうに中学校を建てているのかは知らないけども。


「覚えてねーや。でも、そう聞こえね?」

「まぁ……確かに聞こえなくも無いけど」

「じゃあ、それでいいじゃん。かっこいいだろ? ロンロン タイマン ゴー」

「……昇がいいって言うなら」


 かっこいいかはともかく。

 昇の、そうゆう適当に手を抜いて、それを満足出来る性格は少しうらやましい。僕には間違った歌詞を堂々と歌える度胸はない。一度気になり出すと、わかるまでもやもや感が消えてくれないから。そんなだから、いくつもの塾に通う羽目になったんだ。


「ロンロン 一対一 ゴー!! チャチャチャー チャチャ」


 僕が物思いにふけっている間に、二番目のサビが始まった。何をしてても時間っていうのは過ぎていくんだろう。




 暑くなってきて窓を開けると、外は意外に騒がしかった。

 この都会にも、こんなにセミとか、スズメとか、カラスとかがいたんだなーって思う。人工物の音が消えると、普段は耳に入ってこない音まで部屋に入ってくる。枝や葉っぱが揺れる音。動物や虫の声。

 車やテレビの音がしない生活には一週間で慣れた。でも、人の声が消えてゆくのにはまだ慣れない。

 昇はどう思っているんだろう。だけど、それを聞く前に、聞いておかなければならないことがある。


「……昇、夕飯はどうするんだ?」

「え? カップラーメンがまだあったと思うけど?」


 夕飯がカップラーメン。と言うことは、今日は外に出ないということ。それは昇が今日、宇宙港には行かないということ。そして、ここに残るということ。

 それと、僕もここに残るということも意味してる。昇が行かないのなら、宇宙なんかに行っても楽しいことなんかなさそうだし。


「彰はどっか出掛けたいか? でも、今日も暑くなるっぽいし。なぁ、ゲームやろうぜゲーム」

「はぁ? ぷっ……あはは」


 いつもと変わらない、何気ない質問に思わず吹き出してしまった。昇はわかっているのだろうか? 今日がどうゆう日か。今日を逃すと、次に宇宙船の席が取れるのは、少なくとも3年先になるっていうのに。

 あー、そうか。昇はここに残るということをとっくに決めていたのか。その時に覚悟を決めてた。だから、いまさら焦ることもなければ、慌てることもないんだ。


「どした? 何か面白いものでもいたか?」

「いや。でも、ゲームは今後控えた方がいいと思う。自家発電の燃料が無くなったら、電気が使えなくなるんだから。電気は家電製品のために使った方がいいんじゃないか?」

「おお! 彰、お前やっぱあったまいいなー。そうだよな、電気は止まっちまうんだもんな。あ、キャンプの準備もしなきゃなんねーな」

「それはいらない。電気がなくなっても、家は無くならないから」

「あ……そか。残念」

「取りあえずは。そうだね、電気がなくても遊べる遊びを考えよう」

「いっちゃんはやっぱ冒険だろ!!」


 昇が、埃のかぶった棚から未使用のノートを引っ張り出して表面のフィルムを剥いだ。そして、躊躇なく、表紙にでかでかと『遊びリスト』と書いた。

 これから先の道しるべが誕生した。昇と考えれば、このノートが何ページ埋まってゆくのだろう。ここに残って生活するのも楽しいかもしれない。そんなことを思った。

 遊びリストの2ページ目がびっしり埋まり、3ページ目に「相撲」と書いた所で、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。僕たちが顔を見合わせていると、ピポピポピポピポーーーンとボタンを連打する音。


「俺、このチャイム知ってる。新聞の勧誘だ」


 僕はこのチャイムを知らないけど、いまさら新聞屋さんではないだろう。

 しばらくすると、ドタドタドタと階段を上ってくる音。これで、新聞屋さんの線は消えた。


「ん? 母ちゃんか?」

「昇のおばさんは、おじさんと一緒にもう宇宙に行ってるだろう?」


 仕事の都合で、昇の父母は僕の家族と共に、一足先に宇宙に旅立った。


「じゃあ誰だ?」

「この足音で気がつこうよ。何年の付き合いだよ」


 少なくとも、新聞の勧誘よりは長い付き合いなはずなのだが。そして、僕よりも。 


 ガチャ。


 勢いよくドアを開け放った訪問者は、僕の顔を見て昇の顔を見て、部屋に一回り視線を投げると「ちょっとー!!」っと声をあげた。


「ちょっとー、全然準備出来てないじゃない。なにやってるのよ!」

「なんだ、早樹か」

「『なんだ、早樹か』じゃないでしょ。どうしていつものままの部屋になってるのよ。支度は?」

「支度? なんの?」

「はぁ!? っもう」


 ひとつ青筋を浮かべた早樹は、昇のタンスを開け始めた。


「持ってくのはどれとどれ?」

「ちょー待てって、まだ早いじゃん。出発は5時だろ? あと……7時間はあるじゃん」

「バカ。ここから宇宙港まで、路面自動車で2時間かかるのよ? 準備時間なんて5時間ないでしょ」

「……5時間もあるじゃん」

「昇、いつもそうやってぎりぎりになるじゃん! それに今日のは普通の準備じゃ無いのよ? それわかってる?」

「あーもう うるせーなー」

「…………う・る・さ・く・て・け・っ・こ・う・よ。で、バッグどこ?」

「バッグ?」

「荷物入れるバッグ。ボストンバッグとか、旅行鞄とか」

「あ、これこれ」


 ポイッ。

 キャッチ。


「何、これ?」

「ランドセル」


 早樹が無言でランドセルから教科書を取り出した。卒業式から入れっぱなしだったらしい。そして、おもむろに投げつけた。


「痛ってーーーー」


 顔ど真ん中。

 教科書は、チリ。実に辛そうだと思った。なんて考えて、ちょっと笑った。


「今から適当におっきいの持ってくるから、私が戻るまでに持ってくもの準備しててよ?」


 言いたいことを言って、出て行こうとする早樹に声を掛けた。


「なぁ、早樹はどうしてここに来たんだ?」

「ん? おばさんに頼まれたのよ。早樹ちゃんだけが頼りだから、昇をちゃんと連れてきてね、頼んだわって言われてたから」

「そう」


 ドタドタドタ。

 おばさんは、僕に言ったセリフをそのまま早樹にも言ったらしい。要するに、どちらも信用されていないって事だろう。大人ってずるいとか今更ながらに思った。

 遊びリストを放り投げてタンスを漁り出す昇にも声を掛ける。


「昇は、行くのか?」

「あえ? 彰は行かねーの?」

「………………いや、行く」


 だてに7年も友達をやっていない。これも、予測の範囲内だ。僕の支度は昨日のうちに終わらせている。

 しかし、『幼なじみ』の肩書きはだてでは無かった。当たり前のように引っ張っていく。


「なぁ、彰。手乗り扇風機って持ってった方がいいかな?」

「……いらないと思う。火星の季節がわからないから。もし冬だったら、邪魔にしかならないと思う」

「そっか」


 むしろ、荷物の邪魔にしかならないだろう。

 



***



 一度帰って、荷物を持って再び昇の家に集まった。


「あれ? 昇は?」


 家の中から昇の荷物を持って出てきた早樹が、玄関に出るなりそう聞いてきた。


「え? 一緒にいたんじゃないの?」


 昇の荷物をまとめていたのだから、てっきり昇と一緒にいたんだと思ったけど。


「いても邪魔にしかならないから、さっき追い出したのよ」

「……へー」


 という話をしていたら、庭の方から昇の笑い声が聞こえてきた。誰か来たのだろうか?早樹と顔を見合わせ、声のする方に向かう。庭に出ると、昇は犬と戯れていた。


「おおー、やめやめ、舐めるなってケンケン」

「……」

「……」


 昇のペットのケンケン。地球の居残り組だ。昇の母は何とかしてケンケンのチケットを取ろうとしたのだが、結局取ることは出来なかった。理由は血統書が無いから。偉い人達は、宇宙船に乗せる物を何とかして減らそうと躍起になっていた。

 ひとしきり転がり回ったあと、昇はケンケンをお座りさせた。


「よーし、ケンケン。いいか、今から大事なことを言う。よく聞くように!」 

「ワンワン」

「いいか?これから何年かすると、地球はめっちゃ暑くなるらしい。こう、『あち~~~~』ってなるんだ」

「ワン」

「さらに、酸素も足りなくなって、こう、『う゛~~~~』ってなるんだってよ。わかるか?」

「ク~~ン」

「そうだ、大変になるんだ。でも、大丈夫!! 人間にはできねーけど、お前達動物は進化が出来るんだからな! 彰も先生もそう言ってた。知ってるか? キリンって最初から首が長かったわけじゃねーんだってよ」

「ワンワン」

「そうだよな、びっくりだよな。何とかして高い所の葉っぱを食べようとして、首が伸びたんだって。すっげーよな。葉っぱ食べようとして首が伸びるんなら、お前だって暑さに耐えられるように進化出来るはずだ。な?」

「ワン」

「よしよし。でも、どうしてもうまく進化出来ないときは、友達んとこ行って教えてもらってこいよ。そうだなー、健太んとこのセーラに会いに行けばいいと思う。セーラは賢いから、ぜってー進化の方法を知ってるはずだ。なんせバク転が出来るぐらいなんだし」

「ワンワン」

「ま、心配はいらねーって。お前も頭いいから、進化なんてあっと言う間にできるから。あ! 進化したら、写メ送ってくれよ? でも、写メの送り方を教えてる暇はねーなー。残念」

「ワンワンワン」


 昇が一方的に話しかけていた。ケンケンも一方的に鳴き声を上げていた。会話出来ているように聞こえるのは幻想だろう。


「よし、ケンケン。お前に教えることはもうない。お前はもう俺の弟子を卒業だ」


 やがて、昇の進化論は終わり、ケンケンから首輪を外してやる。首の感触をいぶかしむように、後ろ足で首を掻いたケンケンは、不思議そうに昇を見上げた後、結局小屋に戻っていった。

 黙ってそれを見ていた昇は、やがて僕たちの方に歩いてきた。その顔は悲しそうなものでは無かった。それを不思議に思い、声を掛ける。


「ケンケンも連れて行ければ良かったのにな」

「え? 何で?」

「何でって……」

「そんなかわいそうなこと出来ねーよ」

「かわいそう?」

「だって、ケンケンの友達みんなこっちに残るっていうんだぜ? ケンケンだけ連れてったって、しょうがねーじゃん。楽しくねーじゃん」

「……そうだね。そうだと思う」


 その感覚はよくわかった。ふと、横を向くと早樹がこちらに背を向けて、肩をふるわせていた。


「ほら」


 ここは幼なじみの出番だろうと、昇の肩を叩いてやる。 


「?」


 伝わらなかったようなので、早樹に指をさしてやる。

 そこで、ようやく早樹の状態に気がついたらしい。慌て始める昇。


「うえ? どーした早樹? 泣いてるのか? なんかあったのか? 彰にいじめられたのか?」

「な、なんでも、ない」

「なんでもないことあるかよ! 思いっきり泣いてんじゃんか」

「ちが、これは、昇が、」

「え? ……俺?」

「えと、まちが、えた。これ、は、まぶしくて。太陽。そ、それだけ、なんだから」

「は? まぶしい? お前、まぶしいと涙が出るのか?」

「……」

「変な女―! あははは」

「――――ッッッッッッッツ!!」


 ゴチン!!


「いっってーーーーーーーー!?」


 さすが幼なじみ。

  







 地球の限界が予想よりも早くきた。火星の移住計画の準備が予想よりも早く終わった。人間以外はこの早さについてこれなかった。それだけの話。


 僕たちは、色々なものを置き去りにして火星に飛んだ。                             




「いつか」  終わり



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