第90話 努力と結果
このダンジョンは広大だ。
どれくらい広大かと言うと、たぶん王国とか聖国くらいの広さが有る。
複雑に上下にも入り組んだダンジョン、しかも出る魔物は超級の危険が危ない奴ら。
上手くやれれば確かに一方的に殲滅できるが、少しボタンを掛け違えば途端に死闘になってしまう。
様々な索敵をくぐり抜けるアサシンパイソンだとか、周囲に様々な異常を引き起こすガスを巻き散らかすデスフロッグだとか、延々と仲間を呼び続けるリミテッドコックローチとか……
ただ強いだけじゃなく、対応を誤ればあっという間に死ぬような性格の悪い敵がワラワラ出てくる。
「コウメイがいなかったらマッピングだけで積むぞこれ……」
「クリアさせる気有るのかしら……」
「諦めろ、いつものことだ」
ローザももう何週間もお風呂に入っていなくて機嫌が悪い……
ガウはもう何度もユキムラさんのこんな感じの訓練をこなしてるらしい……
「何度かは死にかけたけどな……」
凄く遠い目をしている。
「あ、わざと死ぬのは止めたほうが良いぞ、クリアできないと地獄が待ってるからね。
出来るはずだったんだけど、私の見込み違いだったね、少しきびしくやろうか!
って言われて……」
目の輝きが失せてガタガタと震えだしたガウを見て、俺達は意地でもこのダンジョンを抜けることを決意した。
「ハァハァ……危なかった……」
「腕が……」
「すみませんマスター、周囲からは遮断を試みたのですが……」
「エルダーリッチに、普通の阻害魔法は看破される……
何だっけかな? 魔力と気力をつかう法力による隠形式を利用する……?
とかなんとか、これ、もう使い終わったやつだけど、札だそうだ」
「ガウ様ありがとうございます」
「……ガウ、はじめに言ってくれれば……」
「俺も忘れてたんだよ、悪かった」
あのガウから目に見えて疲労を感じる。
このダンジョンの中ではトウエンも封じられているから夜寝るのも一苦労だ。
スライムがいるからまだいいが、敵が来れば即座に起きて対応しなければいけない。
まぁ、冒険者としての生き方として当然なんだけど……
「慣れすぎてたな……」
「そうね……」
厳しい環境に自らを置くことで、今までがいかに恵まれていたのかを知った。
自分ができること、出来ないことをきちんと判断できなければ、一瞬で死ぬ。
そう言った緊張感の中に身を置けば、嫌でも状況判断の能力は高まる、高めるしかない。
そうでなければ死ぬからだ。
環境のせいにしてもしょうがない、誰かのせいにしてもしょうがない、自分が生き残るための方法は唯一つ、自分自身を強化していくしかない!!
「のこりはこのエリアだけだ、敵の量、質から考えても重要な場所なのは間違いない……」
「……ようやく第1階層……」
「階段で熟睡できるぞ」
「それだ」
「それね」
「きちんとした風呂も用意できますね」
「やるわよカゲテル、最強の自分を想像しなさい」
「ああ、わかってるよローザ、愛してる」
「俺を置いてくなよ……」
風呂にかけるローザの情熱は天元突破していた。
冴え渡る弓の妙技に俺たちは僅かなフォローに回ることになった。
「あれがボスね……」
「ドラゴン……王級か、初めて見る……」
「なんであろうが、風呂の前に立ち塞がるなら、倒す!」
「ドラゴンは強力な抗魔力に頑強な鱗、最強と呼ばれるだけの実力があるからな!」
「行こうガウ! 俺たちなら大丈夫だ!」
「……ああ!! やってやるぜ!!」
ドラゴンの強烈なブレスで戦闘の火蓋が切って落とされる。
強力な熱線もスライムが受け止めて吸収する。
デバフを多重展開させるが、まったく通らない。
「諦めずにリソース減らせ! ガウ!」
「おうよ!!」
その巨体が回転するだけで武器だ。
巨大な尾がガウに迫るが、俺が巨大な盾で受け止める。
壁を走りながらローザの矢はドラゴンの眼球を狙い続ける。
爬虫類などに見られる透明な瞬膜が目を覆う、本来は薄い膜だが、ドラゴンの強靭な皮は矢を弾く。
それでも嫌がらせのようにうち続けることでドラゴンの集中を削いでいく。
「うおおおおおおちゃああああああああ!!!」
変な掛け声とともにガウの両手持ちの大剣が前足に叩きつけられる。
俺らの中で最も瞬間火力を出せるのはガウだ。
その火力を遺憾なく発揮できるように俺とローザが立ち回るのが俺たちのパーティの基本的な動きになる。
第二火力は俺なので、フォローしつつも攻撃は忘れない。
俺もしっかりと攻撃に加わることで、ガウへの攻撃の集中を防ぐ。
思ったとおりに体が動く。
やりたいと思ったことを、体がきちんとやってくれる。
そんな当たり前のことが、高いレベルでの戦いでは非常に重要だ。
ちょっとのズレが、全てを破綻させていくことなんて珍しくもない。
「悔しいけど、基礎は大事だ!!」
あの地獄のような日々にも確かな意味があった。
「……それがわかっても……戻りたくないっ!!」
バタバタと暴れるしっぽを、槍で地面に留める。
「ガウ!」
「おうさっ!!」
そこにガウが大剣を振り下ろし、しっぽを根本から断ち切る。
「コウメイ!」
「いただきます!」
切断したしっぽをスライムが包み込みあっという間に消化する。
ドラゴンの血肉が、俺とスライムに満ちていく。
「決めるぞ!!」
痛みに悶えるドラゴンの無防備な顎を思いっきり打ち上げる。
ドーンっと鎌首を地面に晒す。
その瞬間を逃さない。
「せりゃああああ!!」
巨大槍で地面に深々と固定する。
「繋ぎ止めろ!! 雨弓縛鎖!!」
呪符のついた無数の矢が更に首を縛り付ける。
「行くぜぇ!! 空裂割山!!」
「合わせます!! 空裂割山!!」
俺とガウの大剣がドラゴンの首を断ち切らんと合わさる。
「おらあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
べきべきべきべきべきぃ、ザンッ!!
鱗が割れ、骨が砕け、肉を断つ。
ビクンビクンと動いているドラゴンをスライムが包み込む。
「はぁはぁ……やりましたね」
「ああ、やったな」
「うう、あんまり役に立てなかった……」
「そんなことありませんよ奥様、ご立派でした」
「ありがとーコウメイちゃん」
「扉は……あれか……」
「お風呂……お風呂……」
「寝るぞ、俺は寝るぞ」
「宝箱は回収しておきますねー」
俺は、扉に手をかけた。