第78話 テティス
無機質な金属の通路を進んでいく。
天井の全体が柔らかく光っているようで、まるで地上の日の下を歩いているかのようで、今自分が海底にいることが信じられない。
「こちらです」
途中にもいくつか扉があったが、真っ直ぐに広場の奥にある大きな扉に進んでいく。
巨大な扉が滑るように左右に開くと、驚くほど巨大な空間が広がっている。
壁面の小さな照明だけがついているが、街がすっぽりと入るのではないか? と思うくらい広い。
「そして、今回の発見は……こちらです!!」
コウメイの言葉と同時に、天井の照明が光る。
巨大な空間に、大きな建造物が……
「船?」
「そうです!!」
もうひとりのカゲテルの知識か、その物を見た感想は、かけ離れた船。というものだった。
「これは、海底をすすめる巨大な船なんです。
名前を潜水艇テティス!」
細長い球体のようなフォルム、表面はくすんだ金属によって包まれている。
無機質なそのフォルムが、何故か心を躍らせる。
「でっけーーーー!!」「すごーーい!」
「これが、水の中を進むの? 沈まないの?」
「みたいだね……」
「それではこちらへ」
コウメイについていくと、床ががくんと上昇する。
「うおっ! すごいすごい!」「高くてちょっと怖い……」
そのままテティスの上部へと移動していく。
「ここから、艦内へ入れます」
上部にはコブのように盛り上がった場所があり、コウメイが触れると、完全に一枚の金属板に見えた表面がスーッと光り、扉がガコンと開く。
なぜだろう。心が、沸き立つ。
艦内は施設に似た無機質な金属の廊下、天井の中央がライン上に照明の働きを務めている。
「ここが操舵室になります」
「ぐっ……」
「だ、大丈夫カゲテル?」
鼻血が出そうだ。
正面には周囲の映像が映し出され、艦長席である一段高い席。
それからクルーが座る席が配置されており、様々な計器が光を放っている。
「すげーすげー!!」「かっこいい!!」
「ヤバいなこれ……」
「本当にこれ水に入っても大丈夫なの?」
「まだ実証はしておりませんが、動力等異常は見当たりません。
すでに運行マニュアルも手に入れ、許可さえ有れば、実証テストに移行できます」
「危険は?」
「武装なども備えており、魔物との戦闘も問題ありません。
同じように巨大海上船上で生活している、移動海洋国家ポリオネールという存在もありますし、この船も航行は可能だと考えています」
「とんでもないものがあったんだね……」
巨大な古代の船の上で、一つの国を形成しているポリオネール。
この国の遥か南東の海上に存在する。
動力の関係で移動はできないらしいが、古代の技術を利用した独立国として今も存在している。
空の国だってあるこの世界。海の中の国が出来てもおかしくないか……
「とにかく、安全に配慮して実証テストをして……
どう利用していくか考えよう。
基本的には秘匿事項とする。
3人もいいね」
「ひとく?」
「ああ、えーっと4人だけの秘密だから他の人に話しちゃ駄目だよ」
「おう! 男と男の約束だ!」「やくそくだ!」
それから、テティスの艦内を案内してもらう。
長軸全長400メートル、幅300メートル、高さは100メートル。
とんでもない大きさだ。
艦内には食料製造プラント、浄水設備、大気供給装置をはじめ、居住空間も多数存在する。
数千人規模の人の生活を海底で支えられると聞いて、心臓がはち切れそうだ。
「ロマンが、ロマンがここにある……」
「広すぎて迷子になりそう」
「各エリアへの移動は移動式ポットで高速に移動できます。
格納エリアには上陸用小型艇、戦闘艇、それと海上に出ているときしか発進できませんが、飛行機も収納してありました。全て使用可能です」
「ああ、ロマンに潰されてしまう。
またとんでもないものを手に入れてしまった……」
スライムに引き続き、俺は、国家規模の遺跡を発見してしまった……
「ま、いいか。今更だな」
スライムだけでも、もう自重できないレベルだしな。
「そういえば、テティスって名前は由来が有るの?」
「古い世界の言葉で海の女神の名前だそうです。
かなりしっかりとした古代文明の資料も多く残存していて、本当に大当たりですよ!!」
本当にコウメイは好きだなぁ。
一日では回りきれないほどなので、せっかくだからテティスの生活施設を使わせてもらった。
その中でも圧巻だったのは……
「すっっごーーーーいい!!」
「ひろーーい!」
なぜか巨大なお風呂があった。
ボタン一つで混浴にも男女別にもできる親切設計で、とにかく広い。
トウエンの大浴場の4倍位は広い。
マシューとネイサンがはしゃいで泳ぎ回っているが、うん。広い。
「こういう事もできます」
ふっと照明が消えると、天井に夜空が広がった……
「素敵……」
次の瞬間には美しい山々と森林の風景。
高所からの絶景。
さまざまな風景が部屋全体に映し出され、その背景で巨大な風呂にゆったりとつかれるという素晴らしい設備だった。
「もしかしたら、長い海中生活のストレスを癒す目的だったのかもね」
「そうね……」
「古代人に感謝だね」
たぶん艦長とか偉い人が過ごすであろう部屋も、超高級宿屋のようだ。
本当に建物の、いや、海の中であることを忘れて過ごせる。
多くの他の船室も、十二分に上等な作りになっており。
これらの設備の維持管理は、様々なゴーレムが甲斐甲斐しく行っている。
「マスターが主に設定しておりますので、今のところはセキュリティに関してはいじっておりませんが、もちろん防衛ゴーレムもいます。
かなり強力で、今のところ、このテティス所属の戦力と我らが戦うと、勝利する可能性は2割といったところです」
「……まじか……」
「カゲテルと一緒にいると、常識がなくなるわね」
「古代人は何と戦っていたんだか……」
「人同士、それが最大の戦いだったようです」
その言葉に、俺は、今までお気楽だった気分に冷水を浴びたような気持ちになった。
「そうか、これ、兵器なんだな」
当たり前のことに、今更気が付かされた。