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第75話 魚のとり方

 ただ食事と設備を与えればいいわけではない。

 このままでは、食糧を与えなければ何も食べられない今の状況と変わらない。

 自分自身で食べるための技術なり知識なりを手に入れ、自分たちで衣食住を作り出せる状況を作らなければ、本当の自立にはならない。

 こういった状況に長く追い込まれると、まず自尊心を奪われる。

 自己肯定感が無くなり、自分なんてこの世界に必要がないから、何をしても意味がない。

 そういう思考になって、何もやる気が起きなくなる。

 そして、この思考は、呪いのようにつきまとう。

 今、この瞬間だって、俺は必死にそういう気持ちを抑え込んでいる。

 だって、俺は、一歩を踏み出せたから、今ここにいるんだ。

 それを、教えたい。


「だから、悪魔の力にだって、手を染める」


 精神干渉魔法を使って、スラムの人々のマイナスな思考サイクルを……破壊する。

 そして、何かに打ち込める前向きな思考を植え込む。

 ある程度の成果が出るまでは、きちんとした衣食住を与える。

 ただ、与えられた物にあぐらはかかせない。

 自分自身で歩んで進んで、ようやく自分への自信が湧いてくるんだ。


「おれはスライムに与えられてるのに、偉そうに……な」


 意欲が有れば環境を整えればいい。

 人の姿に擬態し、声も出せるようになったスライム達が、教師となって教育していく。

 各個人の適性を見出して伸ばしていく。

 人がいれば人の数だけできることが増えていく。


「直接記憶にすり込むこともできるんだけど……知識と体の動きが合わない事になったら危ないからね……」


「ほんとに、みんな表情がまるで違うね……」


 ローザの声に、目に見えて前向きな顔に変わったスラムの人々を、良いことだと感じながらも、その力の影響力に恐怖を感じている雰囲気が伺える。


「言いたいことはわかってる。

 俺がもし、この力を悪用するようなら、ローザが止めて欲しい」


 俺のやっていることは、有る意味宗教なんかとは比べ物にならないほど、人道的とは言い難いことをやっている。


「わかった」


「俺もにーちゃん叱るよ!」「ぼくもー」


「頼む」


 


「マスター、お疲れさまでした。

 こちらの整理も終わりました。

 それと、教会が動き始めました」


「おかえりコウメイ、そう言えば出れたのアレ?」


「はい、教会の聖騎士が持ち上げていました」


「結構やるじゃん」


「そうですね。聖騎士達は素材を喜んでいましたけど、司教はそれはもうカンカンで……」


「何してきそう?」


「このままだと、スラムを火の海にするつもりみたいです」


「こうなったの知ってるの?」


「知らないみたいですね」


「まずはそれでビビらせるか、外壁の工事も終わったし、川までのエリアの開拓も終わり。

 驚くだろうね。責任者の人たちにも招待しないとね」


「……マスター、大丈夫ですか?

 少々精神的にお疲れのご様子ですが……

 よろしければこちらで対応できますよ?」


「ありがとうコウメイ、でも、俺が決めないと」


「わかりました。ただ助言はさせてください。

 流石にこんなにすぐに変わった人々を見せるのは、危険だと思います」


「どうすればいい?」


「スラムの人々には家にいて頂き、もともと有能だった人たちに今は対応してもらいましょう。

 そして町並みだけは見てもらうと。

 教会からの刺客は……適当にあの見張りみたいにおちょくっておきます」


「わかった。それでいこう」


 結局、最後まで俺たちの食事に参加しなかった比較的若い一団がその役を担うことになった。


「どうしてここまでやるんだ?」


 その一団を取りまとめていた青年と話をする。

 当然の疑問をぶつけられる。


「偽善だ」


「ぎ、……はっきり言うんだな」


「実はこう見えて貴族でね、持てるものの義務を行使してみた。

 目の届くところで、あまりにも過酷な生活をしているのを見たくなかった」


「だから、助けた、と」


「ああ、その力があるなら、使うだけだ」


「言っちゃ悪いが、馬鹿だな」


「知ってる」


「はっ……だが、誰も救いの手を差し伸べてくれなかった俺達に、こんなにも、正直今も信じられねぇが、実際に救いの手を伸ばしてくれたのはあんただけだ……わかった。協力する」


「ありがとう」


 精神操作のことを黙って、こんなことをやっているんだから、酷い茶番なのかもしれない……

 何にせよ、協力者が出来た。

 ノースルの街から変わり果てたスラム……街の一角に苦労人の公務員の人々を呼ぶ。


「な、なんですか……どこですかここは?」


「元スラム、今は立派な街です」


「立派、って、石挽の道、美しい建物……街を行き交う水路……水の街……美しい」


 そう、せっかく川があるし水路を作って物流の手助けにした。

 景観にも色々と凝った作りにしている。


「貴族街か何かに迷い込んだのかと……

 ここに居た人々は?」


「初めてお目にかかります。

 私がこちらのエリアをまとめさせていただいておりますタミールと申します」


 仕立ての良い服を着こなすイケメン。

 あのボロボロだったスラムの若者は、今は立派な青年に生まれ変わった。


「つきましては我らもこのノースルの民として街の発展に寄与させていただきます!」


「よ、よろしくお願いいたします!!」


 教育にはもう少しかかるかもしれないが、文官の皆様の助けになるような人材は多く取り揃えられるはずだ……


「さて、あとは……教会だな……」


 残る問題は教会、幾度となくこのエリアを偵察しようとした密偵を眠らせてお返しして、腸が煮えくり返ってるみたいだ。

 いい加減、この街へと近づいてくる一団も含めて、お灸を据えてやらなければいけないだろう……


「マスター、海底施設の調査が終了しました」


「お、じゃあ急がないとな!」


 街に近づく一団、聖騎士部隊とこの街の司教一派には、これから神の試練が待ち構えている。


「せいぜい頑張ってくれよ」


 おれはニヤリと夕日に笑うのであった。



 

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[一言] 司祭様は、これからどぎつい「神の試練」が待っていることでしょう・・・
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