第74話 偽善活動
外の魔物から中の人を守る町の城壁と違い、ボロボロの木製の柵、中の人間を外に逃げ出さないようにする檻のように見えてしまう。
悪臭が一瞬したが、すぐに心地よい空気が俺たちを包む。
スライム達が魔法でやってくれている。
「スラム全体を浄化してくれるかな?」
スライム達が各場所へと散っていく。
「とりあえず、入ろうか」
「はい」
色々と察したのか、ローザやマシュー達が緊張している。
話を通してあるので門が開かれて、スラムへと入る。
「想像以上だな……」
「酷い……」
二人は声を発さずにローザの服を掴んで身を寄せている。
街からスラムへの道は扉が作られ衛兵によって守られており、基本的にスラムへ入ると外に出るのは許可制だ。
スラムに入ってすぐ、広場のようになっており、壁に向かってめちゃくちゃに建物とも言えない掘っ立て小屋が乱雑している。
広場の中央には噴水があり、このエリアの唯一の水源となっており、ちょろちょろと水が出ているが、溜まっている水は薄汚れている。
「はぁ……役人さん達が手を出せない理由もわかるな。
多少の援助してどうにかなるもんじゃない……」
「そうね……でも、カゲテルなら」
「そう、やりたい放題やらせてもらう!
まずは……全員人間を集めないとな……
じゃあ、始めようか!」
スライム達がテーブルと椅子を吐き出して広場にあっという間に食堂が出来上がる。
「炊き出しだぞー!!
飯があるぞー!!」
テーブルに食器が並び、温かいスープに柔らかいパン、栄養状態の悪い人でも消化に良さそうに調理された料理があっという間に揃えられる。
こちらを訝しげに睨みつけていた人影が、少しづつ近づいてくる。
始めは疑っていた人々も、料理から立ち上がる美味しそうな香りに負けて、奪うようにテーブルから持ち去って食べ始める。
「大丈夫だ、俺はSクラス冒険者、これはただの気まぐれ、偽善行為だ!
お代わりもいくらでもある。
体を壊さない範囲で好きなだけ喰ってくれ!」
「お腹の調子が悪くない人は、こちらもどうぞ」
ローザの目の前には鳥の串焼きが積まれている。
香ばしい香りが、最後の理性を取り去り、人が殺到する。
「好きなだけ食えよ!
病気の奴らも治してくるから、頼むから邪魔してくれるなよ!
ローザ、頼んだ。あと、その女性もSクラス冒険者だから、アホなことを考えるなよ!」
皆食事に貪りついて聞いちゃいないが、まだ様子を伺っている奴らが舌打ちをして、ゆっくりと食事の円に参加していく。
俺はすでに把握している身動きが出来ないほどの状態の人々を見て回る。
栄養失調から感染症、様々な人がいるが、回復魔法やら栄養剤などを駆使して、どんどん治していく。
「は、払う金……ないです」
「いらんいらん、最初に言ったが、ただの気まぐれだ。
事故にでもあったと思えばいい」
「あ、ありがとうございます!」
「動けるようになったら広場へ行けばもっと旨いものが食えるぞ」
精神的な苦痛が、人の感情を殺してしまう。
そんな人もいる。
全てに無反応、垂れ流して、世話する人間が居なければ死んでいく……
「もう、そっとしてあげてください。
変に意識が戻ると死のうと思うので……」
「あんたもこの人も、自分が悪いわけでもないのにその罪を背負う必要はない、辛かったな。
全て、忘れて普通に暮らすといい」
世話をしていた女性はその場で意識を失う。
記憶を視て、いじって、消す。
普通に生まれ、不幸にも両親を亡くし、孤児としてスラムに来た。
そういう記憶にしておく。
記憶を視て、殺したくなったり、死にたくなったりもするが、偽善で独善的な行動を取っている俺への試練だろう。
嫌ならやめろよ
そう言われている気がする。
そして、俺は……
好きでやってんだから、好きにさせろ!
そう答えてやるんだ。
助けられる人は全て広場に集まった。
助けられなかった遺体は、きちんと弔ってやる。
「さて、腹一杯になったな。
では、今からやることにびっくりするかもしれないが、ちょっとだけ我慢してくれよ」
俺は、最後まで様子を見ていた奴らをスライムで拘束して広場に連れ出す。
これで、全ての人間、動物が広場に集まった。
捕まえられた奴らは、騒ぎそうなので眠らせている。
「まずは、こう!」
壁の内側に存在する、全ての家屋が、一瞬でスライムに飲み込まれる。
「なっ!!」
「は!?」
皆、あまりのことに言葉が出ない。
「それが……こう!!」
次の瞬間、広場からまっすぐとメインストリートをレンガで作り、きちんと区画整備した道を敷く。
「さらにこう!!」
そこに、きちんとした木材と石膏によって作られた家が、生えた。
各家庭には川から上水路を作って引き込んだ水を利用でき、下水も完備した。
街の地下を通って海へと流す仕組みだ。
「仕上げに、こうだ!!」
もともとあった噴水は各家庭に魔石の力を送るメインタンク、太陽の光や風の力で常に魔力を供給することで、半永久的にこの街の魔道具を稼働させ続ける。
「世界中みても、こんなに設備が整った街は無いぞ!
おめでとう、今日からここが君たちの住まいだ!」
各家庭には必要最低限の生活道具も揃えてある。
「俺の偽善はまだ終わらない、君たちには、自分たちを支える力を持ってもらう!」
まだまだ、始まったばかりだ。