第60話 聖国ケイロン
町の入口と違う出口から出ただけで、もう国が違う。
見える景色はさほど変わらない。
「ここが、聖国ケイロン……」
「なんもかわんねーじゃん」
「いっしょー」
「まぁ、そうなんだけど、国なんてそんなもんだよ」
「でも、大聖堂がある街は随分と様子が違うらしいですよ」
「料理とかも違うぞー」
「うまいもんあるかな?」
「作り方しりたーい!」
作り方が最初に来る辺り、ネイサンの女子力は高い。男の子だけど。
姉であるローザがあの美貌とスタイルだからなんだろうけど……
マシューもネイサンも髪の毛さらっさらだし、肌ツルッツルだし……
何ていうか、美少年になってきた。
気がする。
成長なんだろうけど……子供の成長は早いな……
時々笑顔でドキッとしたりするけど、ローザに似てるからだよな……
に、似てるしな……!
「ふむ、特に魔物が多いとか少ないとかそんな感じではないんだな」
「道はカゲテルが整備したんで王国のほうが良いですね」
「馬車は揺れないけどな」
天気もいいし、風も気持ちいい。
マシュー、ネイサンは荷台で寝息を立てている。
俺もさっきからあくびが止まらない。
「マスター、変わりましょうか?」
「いや、こういうのも、良いもんだよ」
正直王国での日々が忙しすぎた。
たまには、こうやって暇を持て余すぐらいで丁度いい。
「あ、ローザ」
「なに? カゲテル」
「あの木の上」
「あっ! 待ってね」
静かに矢をつがえ、放つ。
遠くの木の上に止まっていた一羽の鳥に見事に命中する。
「今日の夜ご飯は決まりだな」
「すぐ仕込んじゃいましょう!」
ジヨウ鳥。
それなりに見かけるけど、警戒心が強く、非常に高速で飛行可能で狩猟が難しい。
その代わり、とっても美味しい。
煮込むとホロッホロと柔らかくなるし、焼くとぎゅむっぎゅむの歯ごたえがたまらない。
一粒で二度美味しい鳥だ。
あっさりと撃ち落とすローザのおかげで今日の夜は豪華になった。
「食べますかー!?」
俺は背後の草むらに声をかける。
聖国に入ってから監視されていることには気がついているけど、まぁ、当然だから放置している。
かなりの腕前の人なんだろうけど、スライムのレーダーを欺くのは難しい。
毎日大変そうだから美味しいものでも食べてもらおうかなって思ったんだけど、微動だにしない。
大変な仕事だ……
『マスター、悪魔スライムの精神操作やりますか?』
「駄目だって言ってるじゃないか……」
人間の精神に干渉する禁忌魔法も使えるようになってしまったが、禁止している。
依存症の治療とか、狂信者の洗脳を取ったり、有益な使い方はあると思うんだけど……
この世界での精神干渉は非常に評判が悪い。
帝国とかでは奴隷契約とかに使われている。
あんまり使えることを表立って言わないほうが良いのは確かだ。
「うん、いい香りがしてきた……」
俺はマシューとネイサンを起こしてキャンプの準備をしていく。
石で窯を組んだり、木々を集めてみたり、そう言った過程も楽しむ。
薄暗くなってきたら照明とかは使うんだけど、まあ、いいとこ取りって感じで。
「流石に今日は飲んでいいよね?」
「もー、しょうがないなぁ……」
天然のジヨウ鳥は一番美味しさがわかる塩焼きだ。
「うんまーい!」
「おいしい!」
それに合わせるのは、やはり赤、酒スライムが研究に研究を重ね作り出したこの朱色の液体だ。
光に当てるとまるでルビーのような輝き。
「またにーちゃんブツブツ話してる」
「しっ、好きなんだから放っておきなさい」
少し空気に当ててあげるだけで、素晴らしい香りが花開く。
ひと口含む……おお、華やかな果実の香りに包まれるようだ。
そしてジヨウ鳥をひと口……
なんという旨味、絶妙な塩加減がより味わいを引き出している。
この歯ごたえ、そしてワインの残り香が僅かに残った鳥の臭みを完全に消している。
透き通るようなどこまでも旨味しか無い世界を作り出している……
完璧だ、このマリアージュは凪。
一切の余計なものがない美味しさに身を浮かべ、静寂に包まれた完璧な世界を作り出している。
「ねーちゃんお代わりないの?」
「ごめんねーそんなにたくさん取れないの」
「ま、たまに食べるから旨いんだよ、ほら、俺の一個あげる」
美しい兄弟愛だ……
「にーちゃんいつまでその気取った話し方してんだよー」
「ああ、ごめんごめん」
「星もきれいだねー」
すーっと照明が落ちていく。
ムード作りもスライムの仕事だ。
頭上には満天の星空、明かりを落とすとその星の明るさに驚く。
「違う国でも、見える星は変わらないのね」
「すんごく遠くに行かないと変わらないかもね」
「すんごく遠くまで、行くことになるんでしょね」
「まあね、俺の目的だからね」
「一緒に楽しめるといいなぁ」
「楽しめるよ!」
夜空を見上げて、そっとローザの手をにぎると、静かに握り返してくれる。
このぬくもりを、これからも守っていきたい。
「ネイサン、もう風呂入って寝るぞ!」
「えー、遊びたいよー」
「ばか、空気を読むんだよこういう時は!」
「はーい、じゃーおやすみー」
「もう……あの子達は変なことばっかり覚えて!」
「……たまには飲む?」
「……ちょっとだけもらおうかな?」
夜空をつまみに美味しい酒を楽しむ。
そんな贅沢な時間を二人で味わった。
監視の人には少しだけお眠りいただいて、ロマンチックな夜を楽しませてもらうのだった。




