第58話 家族
メディアス王国が新王リョウザの元で落ち着くのは半年ほどかかった。
俺もローザも17になった。
スライムに頼らず、人の手で国家が回り始めれば、俺の旅立ちの時も近い。
「各都市を結ぶ街道整備は終わったよ。
これでかなり都市間輸送が改善するし、他国への対応も早くなるでしょ」
「本当に助かった。
各町からも感謝の声が絶えない。
辺境で暮らしていた者たちも街道沿いに住み始め宿場町も増えた」
「未発見のダンジョンを含め、その地までの道整備まで……
おかげで冒険者も増えて兵の確保も目処が立ちそうじゃ」
「まぁ、皆大変そうだからね……」
「それでな、今日呼んだのは礼もあるのだが……」
「何かあるの?」
「……マイオン=サンダという人物を知っているな?」
心臓が……跳ね上がった……
息が乱れる。
「な、なんで今その名前が……?」
「救国のスライムマスターの父親として村への支援を訴えて……」
「ケイジは何もしないで!!」
「カゲテル……」
「失礼しましたリョウザ陛下……大変申し訳無いのですが、これをその村に渡して、二度とそのような行動を取らないように『命令』してください」
俺は震える手で金貨で満たされた袋をケイジに、リョウザに渡した。
これだけあれば、一年くらいの村の活動が賄えるだろう。
これは、手切れ金だ。
「命令、でいいんだな」
「そうしてください。お願いします。
できれば、私への干渉も禁じていただけると……」
喉の奥が酸っぱい、目が回っているような気がする……
「カゲテル、大丈夫!?」
ローザが俺を支えてくれる。
ああ、駄目だ……俺は、全然成長なんてしていない……
「カゲテル!? カゲテル!?」
冷たくて、気持ちがいい。
頭が冷えて、こわばった思考が紐解かれていくようだ……
「……ここは……?」
身体を起こすと、よく冷やされたタオルが額から落ちる。
「おはようカゲテル。気分はどう?」
「ローザ……」
周りを見ると、たぶん王城の客間、ベッドに寝かされていた。
「ごめん、迷惑をかけたね」
「迷惑じゃないよ……カゲテル」
ローザが、俺の身体を抱きしめてくれた。
温かい体温と、柔らかいローザの身体、それに、いい香りがする。
「大丈夫だよカゲテル。私が、それにマシューにネイサンは貴方の味方。
貴方のことを家族だと思ってる。
大丈夫だよ……」
「ろ、ローザ……お、俺は……」
気がつけば、ボロボロと涙が溢れていた。
そんな俺の情けない姿に、ローザは何も言わず抱きしめ、優しく頭を撫でてくれた。
ひとしきり涙を流し、俺はまた眠りについてしまったようだった。
「マスターお目覚めですか」
「ああ、コウメイ。おはよう……」
「隣の部屋に皆様いらっしゃいます。
もしよろしかったらそちらをお使いください」
ぴょんっと俺の脇から降りてぴょんぴょんと跳ねながら隣の部屋に移動するコウメイの姿が、なんだか可愛らしくて笑ってしまった。
よく冷えたタオルで顔を拭いて、ベッドから立ち上がる。
なんだか、いつぶりかわからないぐらいぐっすりと眠った気がする。
頭がスッキリしている。
扉を開けると、ローザ、マシュー、ネイサン、それにジンゲンがいた。
「ごめん、心配かけた」
「おはようカゲテル」
「カゲテルにーちゃん。よく眠れたか?」
「カゲテルにーちゃん、大丈夫?」
「……ふたりとも……」
「しかたねーから俺が弟になってやるよ!」
「僕もー」
「……ありがとう、ありがとう。かわいい弟が出来て嬉しいよ」
「ただ、ねーチャンは姉貴じゃ嫌だと思うぞ」
「奥さんじゃないと」
「マシュー! ネイサン!! 何言ってるの!!」
「なんだよ、顔真っ赤じゃんねーチャン!」
「真っ赤真っ赤!」
「ちょ、ま、待ちなさい!!」
「ローザ」
「ひゃ、ひゃい!」
「ありがとう」
「……うん。やっぱり、カゲテルも笑顔のほうが素敵だよ」
「あ、あ、うん、あ、ありがと」
「おお、ローザ殿もやりますな」
「もージンゲンさん茶化さないでくださいよ!」
「はっはっっは! ……カゲテル。
リョウザ国王の代理、総指揮官ジンゲンがお伝えする。
カゲテル=サンダ、ローザをメディアス国再興の立役者として子爵位を与えるものとする。
どうするカゲテル、ローザ=サンダにするか?」
「名は変えられるの?」
「うむ、家を建てるようなものだ。
変更も承る」
「ならば、カゲテル=ミタ、ローザ=ミタ。
我ら両名メディアス王国の繁栄に協力させていただきます」
「相わかった。
まぁ、縛りはない。
自由に今まで通り旅するが良い。
これで貴族となった二人に、平民が簡単には関われない。
リョウザも悩んでいた。
旅立つ前には挨拶しておいてやってくれ」
「わかった。色々とありがとう」
「それは儂らのセリフじゃな、ありがとうカゲテル。
お主と出会って、儂は新しい生を受けた。
本当に、ありがとう」
ジンゲンの手から、温かいものをもらったような気がする。
「えーっとその、カゲテル……いまのって……」
「おーーーっと、儂らは大事な用事があったな、さ、マシュー、ネイサン行こうじゃないか!」
「しっかりやれよカゲテル。ネーチャンもへたれんなよ!」
「また明日ー」
「もう皆して!!」
慌ただしく扉が閉められ、部屋には俺とローザだけになった。
「あ、あの……」
ローザに家族でいると言ってもらえて、本当に嬉しかった。
そして、俺の中で当たり前のように、ローザと旅する人生を考えていた。
俺の中で、ローザはかけがえのない人になっていた。
とっくの昔に……
「ローザ、こんな俺でも良ければ、これからも一緒に旅を……
人生の時間を共に過ごして欲しい」
「……はい。喜んで……」
「指輪とか有ればよかったんだけど……って、あれ?」
気がつけば、手に美しい箱が握らされていた。
振り返ると、コウメイがスルッと扉から出ていった。
開けてみると、美しい指輪が2つ納められていた。
俺はその一つを台座から外し、改めてローザを見つめた。
「愛してるよローザ、結婚しよう」
「はい、カゲテル、私も愛してるわ」
ローザの薬指にその指輪はピッタリとハマった。