第54話 狂人
【グアアァァァッ！！】
悪魔が腕を抑えて苦しんでいる。
ようやくまともな一撃を加えられた……
【ゆ、許さんぞ……っ！ 絶対に許さん！！】
異常な魔力の収縮、悪魔の身体がミシミシと軋む音が聞こえるほどだ。
「自爆する気か！？」
【人間ごときに、この姿を晒すとは……真の恐怖を思い知るがよい！！】
肥満体型だった悪魔の身体が、ギュンっとしぼんだ。
周囲に垂れ流し状態だった魔力がその絞られた身体の中に注ぎ込まれている。
身体は小さくなったが……プレッシャーは段違いだ。
切り落とした腕も、いつの間にか元通りになってしまった。
濃縮された魔力によって、周囲の大気が歪んでいるようにさえ見える。
体表には黒い紋様が現れ、目は煌々と真っ赤に輝いている。
【貴様らの世界で我らが真の姿を晒したのは2度めかのぉ……
再び人類の終焉に震えるがいい！！】
【トリーゲン侯、約束が違うぞ】
あのプレッシャーが何の気配もなく入り込んできた。
周囲のスライムレーダーに……反応がない……
【申し訳ないがこのような狼藉を受けて断じねば悪魔の名折れ……
一撃で世界を吹き飛ばすようなことはせん。
だが、この人間だけは、絶対に許さん！】
【……小さきもの、なんとか生きて我もとに来れば、帰ってやろう。
約束を違えたせめてもの償いだ。
悪魔は、約束を守るからな】
【くくく、皮肉を言ってもこのトリーゲン、もう腹の虫が収まりませんぞ】
【……勝手にせい……】
ふっと、プレッシャーが消える。
目の前に恐ろしい存在が居てもなお、別格の力を感じた。
「魔王……？」
【他のことを考えている暇なんてあると思うな】
ぶわっ！ 体全身、本能が危険を察知し、無理矢理に身体を動かす。
ゴロゴロと地面を転がり、立ち上がる。
突然耳元で囁かれる距離まで近づかれて、気がつけなかった。
さっきまで自分が立っていた場所にはトリーゲンと言う名の悪魔が立っている。
「つっ！」
肩を軽く割かれた、鮮血が腕を伝う。
トリーゲンは爪についた血を舌で舐める。
【ふむ、なかなか良い血だな。
悪くない……俺の怒りを覚ますワイン代わりに全てすすってやろう！】
受けていてはまずい！
動かなければ！
「足場、展開！」
足元に魔法陣が出る。
これによって、地面を破壊せずに全力で蹴り出せる。
ある程度以上の力を爆発的に出すと、地面が耐えられない。
逃げるエネルギーを全て利用するために魔法によって足場を強化する。
【ほう、人間にしてはなかなかに疾い】
余裕でついて来るくせに……ムカつく！
こちらの攻撃も全て杖で防がれている。
そして気がついたことが、高速戦闘だと、魔法が使いづらい。
火の玉を飛ばす魔法を使って、それを追い越していく、とか、使い所が難しい。
剣や武器に付与したり、超広範囲の魔法で移動範囲を制限したり、普通の使い方と変わる。
【どうしたどうした、手も足も出ないか？】
完全に舐められているな、それも仕方ない……
俺の攻撃は全て杖で阻まれ、相手の爪で至るところに傷をつけられている。
手を抜いている状態で……
数度トリーゲンに刃が届いたけど、体表を包む魔力の壁で防がれてしまった。
結局それが、今のトリーゲンの強さの裏付けになっているんだと思う。
身体能力、防御力を強化する魔力の使い方。
身体強化よりも遥かに強力な魔力装甲とでも呼ぶべきか……
でも、俺の頼れる相棒は、きっと今、戦ってくれている。
相手を分析するという自分の戦いの場で！
『少々乱暴ですが、いけます！
闘気や仙気も利用した我々固有のスキル【闘争装具】』
身体から炎が吹き出したのかと思った。
燃えるようなエネルギーが体中を走り回って、身を包んでいた。
黄金色に輝く炎の鎧が身を包んでいる。
【な、なんだそれは！？】
「その身体を包んでいる物の、モノマネだよ」
武器に力を込めようとしたら、融解した。
今耐えられる武器はない……なら、素手で戦うしか無い。
気がつけば、ケイジやジンガン、そしてローザの攻撃にも同じようなオーラに包まれている。
もちろんスライムもだ……
そして、俺は今、初めて魔力が消費されていることを身を持って感じている。
回復量を消費量が上回っている。
全軍のこのバトルオーラモードでの行動は、限界がある。
早く終えないと。
【小癪な、ぐはぁっ！！】
焦って攻撃してきたので軽く払ってカウンターを腹に打ち込んだ。
敵の身体を包む魔力を、簡単に食い破り、深々と拳がめり込んだ。
力も、速さも、溢れ出る体力も、段違いに強化されている。
「行くぞ！」
【調子に、乗るなぁ！！】
杖がうなりを上げて襲ってくる。
杖は魔法を使う触媒と思われがちだが、非常に優れた武具だ。
杖術として武技として確立している。
それをとんでもない身体能力の化け物が振るってくれば、それはもう危険が危ない。
「見える」
しかし、今は刃が無いことがありがたい。
迫る杖に手を添えて、その勢いを完全に停止させる。
【なっ？ は？】
引こうが、押そうが、まるで空間に停止したかのように動かない。
これを突然やられると、混乱するんだ。
俺がよく知っている。
そして、その隙は見逃さない。
【ゴベアァァァァ……】
渾身の後ろ回し蹴りが、水月にめり込んだ。
反撃の狼煙だ。
