第40話 異常
朝、目が覚めても外は雷雨で雨脚が弱まることはなかった。
「……作物に悪い影響がないといいが……」
山から見下ろす平野部分は雨に覆われている。
かなり広大な範囲に雨が降っていることが予想される。
これから向かう南も、俺達が来た北側も、東西を隔てる山脈も、雨雲に覆われている。
「どうにも落ち着かんな……早いとこビーチェに向かったほうが良いと儂は思う」
「そうだね、俺も、なんだか嫌な予感がする」
とりあえず、スライム達をこれから向かう南の港町ビーチェへと先行させる。
家の片付けも一瞬だ。スライム達がやってくれる。
作業中スライムが薄い膜のように包み込んで、雨から守ってくれる。
そしてそのまま下山していく。
平野部も一晩降り続いた雨でひどい状態になっているが、スライム馬車はそんな事は関係ない。
近くで見られたらまるで滑るように移動する恐怖の馬車にうつるだろうが、今の足場状態ではコレが一番だ。
ピシャァ!
雷が近くに落ちる。
意外とマシュー、ネイサンはその光と音を恐れること無くキャッキャと騒いでいる。
なんともいえない嫌な雰囲気の中、二人の明るさがありがたい。
「明らかに、おかしいな……」
「雷鳴が2日も続くとは考えにくい、異常気象……凶兆でなければよいが……」
「なっ! 皆、敵だ!! こ、こんなところでアンデッドが?」
すぐに外に飛び出す。
馬車を囲うように地面が盛り上がり、動く死体が現れた。
スライムの警戒の内に入られていた。
流石に地面の中までは警戒していなかったけど……
「なぜコレほどの死霊が?」
「とにかく倒すのじゃ、眠りにつかせてやろう!」
戦闘自体は苦戦らしい苦戦はない。
ダンジョンで培ったパーティとしての経験が、俺たちを強くしている。
戦闘後光魔法で浄化して置かないと、また新たな死霊が生まれるかもしれないので、きちんと……
「なんか、変じゃないか?」
「ああ、瘴気が濃すぎる。こんな場所でそれほどの瘴気が生まれるはずは……」
「街が……襲われている!!」
偵察に出していたスライムが、敵の軍勢に襲われている街の姿を捉える。
「急ぐぞ、なんだってんだ俺が行く街は襲われるのか!?」
すぐに馬車に飛び乗り、最大速度で街へと向かう。
「また死霊!!」
その道程で明らかに異常なほど死霊系魔物に遭遇する。
そして、街へ近づくほどに瘴気が強くなる。
瘴気は汚れた空気のことで、あまり濃いと吸い込んだ人間も体調を壊す。
沢山の人が死んだ場所、アンデッドがいる場所などから生まれやすい。
「悪魔でも……生まれたか?」
「かもしれんな、カゲテル、街を襲っているのは死霊か?」
「ああ、ゾンビや動物の死霊だね……」
もう少しまとめて先行させておけばよかった……
どうにも不穏な空気に馬車の守りに多くのスライムを割いてしまった。
「空になにか居ないか?」
「空……? うん? なんだあのでかいコウモリ……」
「当たりかもしれんな……」
「何年ぶりかの、カゲテル、気合を入れるんじゃ。
最悪、悪魔狩りをすることになる」
「悪魔……強いんだよね?」
「ああ、強い。
強大な魔法に魔界より自らの軍勢を率いる。
コウモリに死霊……ヴァンパイアの眷属か……?」
「街へ入り込まれたら、大惨事が起こる」
「……この気象がそいつの影響だとすると……とんでもない大物の可能性もあるな……」
「ローザ、マシューとネイサンを連れてスライムと避難しろ」
「嫌です」
「なっ、聞いてなかったのか?」
「聞いてましたけど、嫌です。
そもそもみなさんが負けるような悪魔がいたら、王国は終わりです。
どんなところへ逃げろっていうんですか?」
「ぐっ……」
「ならば、私は弟のためにも自分の力をふるいます」
「フハハハハ、ローザも言うのぉ」
「諦めろカゲテル、ローザは決めている。
男はこうなった女性は変えられんよ」
「わかったよ! 負けてたまるか……!」
今できるのは、とにかく馬車を急がせること……
襲われているビーチェが俺たちの視野に入ってきた。
「なんとか、耐えてるな」
「ローザ、砲台を使う! 狙いは頼む!」
「任せて」
「出力全開、狙いはあの死霊の集団! 発射!!」
ごそっと俺の魔力を持っていかれた。
でも、数秒で元通りだ。
ごん太の光が死霊の集団を撃ち抜いた。
撃ち抜かれた場所は綺麗に穴が開いて、大量の敵を屠った。
「撃ちながら近づくぞ! 後方狙え、人に当てるなよ」
「任せといて!」
次から次へと光の束が死霊を撃ち抜いていく。
俺は完全にエネルギータンク役だ。
「よし!! スライムナイツ、出陣だ!!」
ダンジョンを終えて、軍備が拡充された全軍が展開する。
クイーンの部隊が魔法の一斉射撃を行う。
死霊系には魔法が有効だ、戦士たちの武器にも神聖魔法によるバフがかけられていく。
魔法の威力も厚みもクイーンの誕生で別レベルになっている。
敵死霊兵は街の防壁に取り掛かっていたが、横合いから俺たちの突撃を受けたことになる。
しかし、敵に混乱はない。
正確には、もともと混乱しているようなものなので、変化がない。
街を攻めるもの、こちらに向かうもの、てんでバラバラで進んでいる。
ただ、その圧は馬鹿にできるものではない。
防壁から抵抗している兵士たちが俺たちの存在に気がついたが、喜ぶ暇もないほど敵の勢いが止まらない。
「壁沿いを行きたいが……街からの攻撃もある」
「このまま半包囲で進むしかあるまい!」
魔法と聖なる矢による遠距離攻撃を主体に、死霊兵たちを包み込むように布陣していく。
周囲からまばらに生み出されて近寄ってくる死霊兵を近接兵たちが打倒していく。
「もう飲まれている兵もいるな……天に返してやろう」
死霊兵の中には比較的新しい装備をつけたものもいる。
たぶん、戦いに敗れ、アンデッドへと変えられたものだろう……
序盤、俺達は完全にペースを掴んでいた。
「なんだ!?」
死霊兵の中央に突然真っ黒い球体が現れ、死霊兵を飲み込んだ……