8. 猫のベニー
8. 猫のベニー
その日の朝、いつもはなかなか起きないリューイが自分から起きてきたので、お母さんはびっくりしました。
お父さんは読んでいた新聞から目を上げると、「今日は雪が降るかもしれないな」と言って笑いました。お父さんはリューイが良い子にしていると、決まって「雪が降る」と言うのです。リューイはいつも「雪が降る」とはどういう意味かと質問するのですが、お父さんは笑うばかりで答えてくれた例がありません。
質問に答えてくれないお父さんは無視して、リューイは朝ご飯を食べながら、お母さんに今日も森へ行ってもいいかと訊ねました。
お母さんはおばあちゃんにミルクと小麦粉とバターを届けてくれるなら行っても良いと言ってくれました。森の中にはお店が一件もないので、リューイはときどき、おばちゃんに必要な物を届けているのです。
お母さんは「今日は必ず明るいうちに帰ってくるのよ」と付け加えました。言いつけを守らなかったら、今度こそ晩御飯抜きにされてしまいそうです。
朝ごはんを食べ終わると、リューイは早速、森へ行く準備を始めました。お菓子をリュックに詰め、虫カゴを首から下げ、虫取り網を右手に持ち、左手にはお母さんから渡されたバスケットを持っています。
「なんだかすごい格好ね」
フューイを抱っこしたお母さんが、笑いながら言いました。
お母さんは「おばあちゃんによろしくね」と言いました。それから、急に思い出したように、昨日のバスケットをちゃんと持ち帰るようにと言いました。
お母さんにそう言われるまで、リューイはバスケットを森に置いてきたことなどすっかり忘れていました。
――あちゃ~。忘れてた!
昨日はそれどころではありませんでした。どこで失くしたのか、まったく覚えていません。
リューイは、内心、これはヤバイことになったぞと思いましたが、なにくわぬ風を装いました。
「うん、わかったよ。」
「必ず持って帰ってきてね。あれがないと困るのよ。」
リューイのことならなんでもお見通しのお母さんは、吹き出しそうになるのを堪えながら真面目な面持ちで言いました。大方、森で道草を食っているうちに失くしたのでしょう。
「うん…」
リューイの声が小さくなります。バスケットを見つける自信がありません。
「じゃあ、行ってくるね。」
リューイは不安を打ち消すように明るく手を振りました。
お母さんは抱っこしたフューイの手を振りながら、「お兄ちゃん、いってらっしゃい」と言いました。フューイもウ~ウ~と言っています。「いってらっしゃい」と言っているつもりなのかもしれません。
「いい子にしてるんだぞ。大きくなったらお兄ちゃんが森に連れて行ってあげるからね。」
そう言って頭を撫でて上げると、フューイは嬉しそうに「ア~」と返事をしました。お兄ちゃんが大好きなのです。
家を出ると、お隣の塀の上に猫のベニーが寝そべっているのが見えました。リューイが近寄ると、ベニーはお腹を撫でてもらおうとして仰向けになりました。リューイは背伸びをして塀の上のベニーを撫でてあげました。指の先にベニーの6つのおっぱいが触れます。ベニーはつい最近まで子猫を育てていたので、おっぱいが少し膨らんでいるのです。しかし、ベニーの3匹の赤ちゃんは、全部、他所に引き取られてしまったので、可哀想なベニーにはおっぱいを飲ませる赤ちゃんがいませんでした。
「そうだ!」
リューイは閃きました。ベニーのおっぱいを赤ちゃん竜に飲ませたら良いのではないでしょうか?
「ベニー、おいで。一緒に森に行こう。」
リューイはベニーに話し掛けました。ベニーは「にゃーん」と返事をしましたが、リューイの後をついてこようとはしませんでした。
「ベーーニィー」
リューイはとっておきの優しい声で呼んでみました。いわゆる猫撫で声というやつです。ベニーは、今度は尻尾をフサァと2、3度振ってくれましたが、やはり降りてくる様子はありません。
「どうしたらいいかな。」
リューイは考えました。そしてちょっと迷ったすえ、ベニーをリュックに入れて森に連れて行くことにしました。リューイは塀の側にある大きな石の上に乗ると、動こうとしないベニーを塀から抱え降ろしました。リューイに抱っこされたベニーは遊んでもらえると思ったのか、期待に満ちた目でリューイを見詰めています。
このベニーというメス猫はとても大人しくて、人懐こい猫でしたので、リューイがベニーをリックに入れてもにゃんとも言いませんでした。リューイはリュックの口を緩くして、ベニーがリュックから顔を出せるようにしました。
リューイはベニーが嫌がらないので、ベニーも森に行きたいのだろうと自分に都合の良いように考えました。
「これでよし!」
ずっしりと重たくなったリュックを背負うと、リューイは沢山の荷物を持ってヨロヨロと森へと向かいました。