7. 夢を見る人
7. 夢を見る人
リューイとおばあちゃんは赤ちゃん竜のために、いろいろと手を尽くしましたが、赤ちゃん竜は何を食べさせようとしても、口を開きませんでした。
今では全く鳴かなくなってしまいましたし、体もどんどん冷たくなってきているような気がします。
けれども、二人とも竜など飼ったことがないので、いったいどうすればいいのかわかりません。ただ、見守るしかありませんでした。
おばあちゃんは、弱っていく赤ちゃん竜を見ているうちに、子供の頃のことを思い出しました。昔、近所の人が森で奇妙な動物の死骸を拾ってきたことがありました。その死骸は、ちょうどこの赤ちゃん竜ぐらいの大きさで、翼のようなものと尻尾のようなものが付いていました。死骸はカラカラに干からびていましたが、大きな目と嘴のように尖った口先が付いているのがわかりました。
村の人は、誰もそれが何という動物なのかわかりませんでした。今考えると、あれは赤ちゃん竜だったのかもしれません。もしそうだとしたら、その竜もこの赤ちゃんのようにどこかに放置されて、弱って死んでしまったのかしれません。この子もその死骸と同じ運命と辿るとしたら…
可哀想に、とおばあちゃんは呟きました。
リューイは夕方までずっと赤ちゃん竜を見守っていました。しかし、日も暮れて、辺りが暗くなってきたので、慌てて帰り支度を始めました。本当はおばあちゃんの家に泊まりたかったのですが、明日は学校があるので家に帰らなければなりません。おばあちゃんと相談して、赤ちゃん竜は、おばあちゃんの家において帰ることにしました。赤ちゃん竜は弱っているので今は動かさないほうがいい、とおばあちゃんが言ったからです。それにお母さんにちゃんと話して、許可をもらわないといけません。
おばあちゃんの家を出ると、太陽は一番高い木の上まで沈みかけていました。急いで帰らないと、森はすぐに真っ暗になってしまいます。
おばあちゃんはいつも口癖のように、「お日様が沈んだ後は、何ひとつ良いことは起こらない。」と言いますが、こうして薄暗い森の中を歩いていると、おばあちゃんの言っていることは正しいと思わずにはいられませんでした。
気のせいかもしれませんが、暗い木々(きぎ)の間から何かがこちらをじっと見ているような気がします。
「早く帰らなくちゃ」
そう呟くと、リューイは森の中を一目散に走り出しました。
リューイは休まずに走り続けましたが、森を出た頃には辺りは真っ暗になっていました。
心配したお母さんが森の出口まで迎えにきていましたが、リューイの顔を見るなり頭にゴチンとげんこつをくれました。
リューイは「暗くなるまでに帰る」という約束を破ったので、夕食のデザートは抜きになりました。その日のデザートは、リューイの大好きなアップルパイのアイスクリーム添えだったのでリューイはすごく残念に思いました。しかし、リューイには食事の間も考えなくてはならないことがいっぱいありましたので、デザートのことはすぐに忘れてしまいました。
――お父さんやお母さんに、なんて話そう。
リューイは赤ちゃん竜が元気になったら、連れて帰って自分の部屋で飼いたいと思っていました。きっと、お母さんは反対するでしょう。でも、お父さんはひょっとしたら賛成してくれるかもしれません。ここは、慎重に作戦を練らなければなりません。
その夜、リューイが窓辺に肘をついてあれやこれやと考えていると、森のほうからフクロウが飛んで来ました。お手紙鳥さんです。フクロウは窓の桟にとまると、くわえていた手紙をポトリと落としました。
「あんたがリューイさんかな?」
リューイは常日頃から働く動物さんには礼儀正しくしなさいと言われていたので
「はい、そうです。ぼくがリューイです。」とお行儀良く答えました。
「おばあさんから手紙じゃ。」
フクロウは腰をぽんぽんと叩くと、年をとると腰が痛くてのう、と独り言のように呟き、またどこかへ飛び去っていきました。お手紙鳥の飛び去った方向からは、しばらくの間、ホーホーという声が聞こえていましたが、
「なんだろう」
もしかしたら、赤ちゃん竜に何かあったのでしょうか?リューイが最後に見たときは、赤ちゃん竜は鳴きもせず、くたりと横たわっていました。
リューイはドキドキしながら手紙を開けました。そこには大きな字でこう書かれていました。
-明日、寄り道せずにおばあちゃんの家に来ること-
しかし、その手紙を読んだ瞬間、赤ちゃん竜はまだ生きていると確信しました。死んでいたら、こんなふうには書かない筈です。
リューイは手紙を掴むとベッドの横に跪いて、神様に祈りました。
「神様、どうか赤ちゃん竜を助けてください。良い子になりますから、赤ちゃん竜を助けてください。お母さんのお手伝いもします。宿題もちゃんとやります。フューイの面倒もみます。だから、赤ちゃん竜を助けてください。」
リューイは一生懸命に祈りました。ギュッと目を瞑って、すごく、すごく一生懸命、祈りました。祈り終わって目を開けたときには、急に目の前が明るくなったように感じて、なんだか神様が祈りを聞き入れてくれたような気がしました。
リューイは満足してベッドにもぐりこむと、明日のことをいろいろと考えました。明日は、赤ちゃん竜のために、ポテトチップスとチョコレートを持っていこう。それはどちらかというと、赤ちゃん竜のためではなく、自分のためでした。
それから、それから、もしかしたら虫を食べるかもしれないから、途中でバッタやコウロギも捕まえよう。それから、キノコや木いちごも集めておこう。それから、それから…
いろいろ考えているうちに、リューイはいつしか眠りに落ちていました。
夢の中で、リューイは髪の長い女の人が泣いているのを見ました。顔は見えませんでしたが、リューイはその人がとても綺麗な顔をしていることがわかりました。女の人の手にはどこかで見たことのある白い布が握り締められています。
女の人があまりにも悲しそうに泣くので、リューイはどうにかして慰めてあげたいと思うのですが、なんと言って声を掛けたらよいのかわかりません。
リューイが悩んでいると、啜り泣く声に交じって、言葉らしきものが途切れ途切れに聞こえてきました。
「…王が…奪われてしまった…命の…」
おうさま?うばわれた?命?何のことだろう?
リューイは女の人の言っていることを理解しようとして、一生懸命、耳を澄ましました。何のことかわかれば、助けてあげられるかもしれません。
しかし、女の人の姿は次第に薄くなり、やがて見えなくなりました。リューイは薄くなる女の人に何度も声を掛けようとしましたが、声が出ません。
翌朝、リューイはいつもよりも早く目が覚めましたが、夢のことは何ひとつ覚えていませんでした。