3. 後悔
3. 後悔
ミュウが忽然と姿を消してから一週間が経ちました。リューイはただ一人、荒れ果てた庭に佇んでいました。お母さんの花壇もお父さんが手作りした小さな池も、ミュウがすべて壊してしまったので、庭には何も残っていませんでした。ただ、所々(ところどころ)にミュウが掘り返した穴があるだけです。この庭のために、リューイは何度、ミュウを叱ったでしょう。後悔が後から後から波のように押し寄せてきます。
あの日以来、リューイとお父さんは懸命の捜索を続けていました。しかし、お父さんが庭で拾った一本の矢以外はなんの手掛かりも見つけることができませんでした。
リューイは学校が終わると、毎日、日が暮れるまであちこちを探し回りました。学校の友達も一緒に探してくれましたが、目撃情報の一つさえ掴めませんでした。お父さんもできだけ早く帰ってきて、捜索に加わってくれましたが、なんの進展もないまま時間だけが虚しく過ぎていきました。
リューイ達にとって最大の疑問は、誰がどのようにしてあれほどの巨体を何の痕跡も残さずに連れ去ったのかということでした。音もまったくしませんでしたし、ミュウが暴れたり、抵抗した痕跡もありませんでした。考えれば考えるほど、謎は深まるばかりです。
しかし、リューイもお父さんもミュウが家出をしたとは考えていませんでした。あの夜感じた邪悪な気配は忘れたくとも忘れられるものではありません。今思い出すだけでも、背筋が寒くなります。
町中を捜索する一方で、お父さんは知り合いに頼んで庭に落ちていた矢を調べてもらいました。その結果、矢尻には神経を麻痺させる猛毒が塗られていたことがわかりました。また、その毒は植物性のものであり、そのような強い毒を持つ植物はキリキアには存在しないということも分かりました。
――何者かがミュウを連れ去った。
二人はそう確信していました。
――誰が?何のために?
いくら考えても答えは出ませんでした。しかし、ミュウを連れ去った犯人は悪意に満ちた人物であり、邪悪な目的のためにミュウを攫っていったということだけは確信できました。ミュウが今、どんな状況に置かれているのか――それを考えると、リューイはぞっとしました。
――こんなことになるのなら、もっと優しくしてあげれば良かった。
ミュウのことを考えると、リューイの胸は苦い思いでいっぱいになるのでした。
――僕、ミュウのことを叱ってばかりいた...ミュウはちっとも悪くないのに。だた、ミュウがドラゴンだから。体が大きくなり過ぎてしまったから。人間と一緒に暮らすのが大変だったから...悪いのは僕のほうだ。自分の都合ばかり押し付けて、少しもミュウの気持ちを考えてあげなかった…
今更悔やんでもどうにもならないことばかり思い出されます。しかし、楽しかった思い出もないわけではありませんでした。リューイはミュウに出会った時のことを思い出しました。
――まだ、赤ちゃんだったなあ~
ミュウのお蔭で、リューイはペットと一緒に寝るという長年の夢を叶えることができたのです。初めて一緒に寝てくれたペットは、リューイが思い描いていたようなモフモフの犬や猫ではありませんしたが、それでもリューイは満足でした。
一緒にお風呂に入ったことも、今となっては良い思い出です。ミュウを学校へ連れて行って大騒ぎになったり、みんなと一緒に雪合戦をしたり…あんな経験は二度とできないに違いありません。
お母さんがクルミパンを作るときだって、ミュウはいつも大活躍していました。力のいるクルミ割りも、ミュウにかかれば一瞬でした。ときどき、殻を割るよりも食べるほうに夢中になっていましたが、今、考えれば、それもご愛敬です。ミュウがいなくなってしまったら、これからは誰がクルミを割ってくれるのでしょうか。
――それに…
弟のフューイもミュウにはすごく懐いていました。ミュウがいなくなってしまったら、誰がフューイの滑り台代わりになってくれるのでしょう。
優しくて、人懐こくて、甘えん坊で、ちょっぴりドジなドラゴン。結局のところ、なんだかんだ言って、みんなミュウのことが大好きだったのです。
――ごめんね。ミュウ......
後悔に胸が押し潰されそうです。謝りたくても、もうミュウはここにはいないのです。再びミュウに会えるかどうかもわかりません。「ごめんね」の言葉は、あまりにも遅すぎました。
ぽつっ
何かが落ちてきて、足元の地面に小さな黒い染みを作りました。
ぽつっ、ぽつっ
一つ、また一つと、地面の染みは増えていきます。
――雨?
リューイは空を見上げました。茜色に染まる空を、家に帰る鳥の群れが飛んでいきます。なんだか視界がぼやけて良く見えません。なんでだろうと、目を擦ってみて、リューイは初めて自分が泣いていることに気がつきました。泣くまいとして、リューイはぎゅっと拳を握りしめました。
「ミュウ、ごめんね。」
口に出した途端、涙が溢れて止まらなくなりました。ポロポロと大粒の涙が零れ落ちては、地面に新たな染みを作ります。
「ミュウ!」
がらんとした庭に、リューイの声だけが虚しく響きました。
「ミュウ!」
10年間生きてきた中で、リューイはこれほど何かを後悔したことはありませんでした。




