2. 空っぽの
2. 空っぽの庭
「あっ!ミュウっ!」
リューイは急いで手を伸ばしましたが、その手は虚しく空を掻くばかりでした。暗闇の中で薄れていくミュウの背中を、リューイは急いで追いかけました。しかし、ミュウは振り返りもしませんでした。
――ミ、ミュウ!
喉が詰まって声が出ません。足も思うように前に出ません。
リューイはそこではっとして飛び起きました。
――ああ、夢か。夢でよかった…なんて気持ちの悪い夢を見たんだろう。
寝ている間に蹴っていたのか、ブランケットが足に絡まっていました。
――ああ、怖かった…
リューイは震える手で顔を覆いました。次の瞬間、なにか滑るものに指が触れて、リューイは慌て顔から手を離しました。なぜか顔中がヌメヌメするもので覆われています。月明りの中で慌てて手を見ると、濡れた指先が光っていました。
リューイは恐る恐る手を伸ばして、もう一度、自分の顔を触ってみました。そこでようやくヌメヌメするものの正体が脂汗であることに気が付きました。気が付けば、体中が汗でびっしょりです。
――脂汗って、本当に脂の汗なんだ。すごくヌルヌルする............
部屋の中は邪悪な気配が濃く立ち込めており、リューイはブルッと体を震わせました。生き物としての本能が頭の中で盛んに警鐘を鳴らしています。部屋の隅に何者かが身を潜めているような気がしてなりません。
どこからか冷たい風が吹いてきて、リューイは再び体を震わせました。
――あ、窓…開いてる。寝る前に閉めたはずなのに。
カーテンの隙間からは、巨大な赤い月が覗いていました。あまりの大きさに、夢とも現とも見当がつきません。
――真っ赤だ...こんな月、見たことない。それに、ものすごく近い…
クレーターさえも見えそうな近さに恐怖を感じて、窓に近寄るのさえ躊躇らわれました。
――今まで、一度だって月を怖いなんて思ったことはなかったのに…
しかし、月を恐れる気持ちよりも、窓を閉めて身を守りたい欲求のほうが勝り、リューイは恐る恐る窓に近づきました。ふと下を見ると、月の光に照らし出された庭がやけにガランとして見えました。
――なんでだろう…
しばらく考えて、リューイはその理由に気が付きました。
――あっ!ミュウがいない!どこに行ったんだろう?
リューイは庭の隅から隅まで視線を走らせましたが、やはり、ミュウの姿はどこにも見当たりませんでした。
――ドクン、ドクン、ドクン
耳の中で自分の鼓動がやけに大きく聞こえます。階段を駆け降りて庭へ飛び出す間も、頭の中で低い声が、しきりに囁き掛けてきました。
――遅い。遅い。もう手遅れだ。
「っ!」
玄関から飛び出したリューイは、庭に漂う強烈な邪気に当てられて、一瞬、身動きが出来なくなりました。庭に立ち込める邪気は、粒子の存在さえ感じさせるほど濃密でした。リューイは死臭など一度も嗅いだことがないにもかかわらず、一瞬、死臭を嗅いだような気がしました。
「リューイ…」
驚いたことに庭には先客がいました。
――ドクン、ドクン、ドクン
得体の知れない恐怖に鼓動は大きくなるばかりです。
繰り返す囁き。
――遅い。遅い。もう手遅れだ。
――ドクン、ドクン、ドクン
「お父さん…」
振り返ったお父さんの手には一本の矢が握られていました。




