25. ミュウ、初めての雪合戦をするの巻
25. ミュウ、初めての雪合戦をするの巻
朝ごはんを食べ終えたリューイは、勢いよく外に飛び出すと、走りながらミュウに声を掛けました。
「ミュウ、おいで。学校に行くよ。」
グルル~♪
ミュウは機嫌良く応えると、翼を広げてリューイの後を追いかけました。
「お~い、みんな~。おはよう!」
「あっ、リューイ、おはよう。雪合戦、始まっているよ!早くこいよ!」
「うん、入れて!入れて!」
リューイが雪合戦をしている子供たちに手を振りながら駆け寄ると、子供たちの頭上の大きな影が差し、ミュウが悠々(ゆうゆう)と校庭に舞い降りました。劇的な登場に、子供たちから歓声が上がります。
「わぁ、ミュウだっ!」
「すご~いっ!飛べるようになったんだね!」
「久し振り!」
「大きくなったねえ。」
「いいコにしてた?」
皆はミュウに駆け寄ると、頭や背中をなでてくれました。
――なでなでされるのすっき~♪もっとイイコ、イイコして~♪
ミュウは差し出されるすべての手に頭をこすりつけました。
その様子に、リューイまでもが嬉しくなります。よく考えてみれば、教室に入れなくてもみんなと一緒に遊ぶ方法はいくらでもあったのです。こんなに喜んでくれるのであれば、もっと頻繁に学校に連れてくるべきでした。
ミュウの挨拶がすむと、リューイとミュウは早速、雪合戦に参加することにしました。しかし、誰もが自分たちのチームにミュウを入れさせようとしたので、子供たちの間でちょっとした諍いが始まってしまいました。結局、じゃんけんで勝ったチームがミュウを取り、リューイは負けたチームに入ることになりました。
ミュウにとっては、初めての雪合戦です。雪合戦が何なのかよくわかりませんが、何かとても楽しい事のようです。子供たちの興奮が伝染して、ミュウもワクワクしてきました。
「よ~し、じゃあ始めるよぉ。」
子供たちはじゃんけんが終わるなり、いきなり雪の玉を投げ始めました。
――ちょっと、ちょっと、待ってよ!何、コレ!?なんかいっぱい飛んできているんですけどぉ!
誰もミュウに雪合戦のルールを説明してくれなかったため、ミュウはただ突っ立っているだけでした。
「ミュウ、一番前に立っていて!僕たちはミュウの後ろから雪を投げるから!」
どうやら、ミュウを生きた盾にするつもりのようです。雪の玉が全部、ミュウに集中します。
――やめてよ~!なんて野蛮な遊び!ボク、これ嫌い!
ミュウは驚いて後ずさりを始めました。ミュウの大きなお尻に押されて、ミュウの後ろでちょっとしたパニックが起こりました。
「ちょっと、ミュウ!下がってこないで!」
「おいっ!押すなよっ!」
「だって、ミュウが――」
わあ、わあ、きゃあ、きゃあ、大騒ぎです。転んだり、倒れたり、長靴が脱げて靴下のまま逃げ出す子もいました。何人かがミュウのお尻の下敷きになりましたが、雪がクッションの役目を果たしてくれたため、幸いにも怪我はしませんでした。
ミュウを獲得できなかったチームの子たちは、「ミュウがいるほうが、勝ちにきまってるじゃん」とか、「ずる~い」などとブウブウ文句を言っていましたが、ミュウのへたれぶりを目にすると、俄然、勢いづきました。
「見ろよっ、ミュウがビビっているぜっ!」
「体は大きくても、弱いなあ。」
「いいぞ!やっちまえ!」
逃げ惑うミュウチームに向かって、雪の玉がビュン、ビュン飛んできます。容赦がありません。
「ちょっと待って!待って!」
「タイムっ!タイムだってばっ!」
ミュウチームの子たちは口々(くちぐち)にタイムを要求しますが、相手チームは全く聞き入れてくれません。
見かねたリューイは一旦、戦線を離脱すると、ミュウに駆け寄りました。
「ミュウ、後ずさりしちゃダメだよ!後ろにいる子たちが潰されてしまうよ!前に出て!」
リューイの言葉で、ミュウはようやく後ずさりを止めました。それを見て、逃げ出した子供たちも次々(つぎつぎ)に戻ってきました。この時点で、子供たちの靴の中はびしょびしょです。
そこから、体制を立て直したミュウチームの猛反撃が始まりました――と、言いたいところですが、残念ながらそうはなりませんでした。ミュウは子供たちに押されながら、嫌々(いやいや)、前へ進み始めました。
しかし、敵チームは警戒して、じりじりと後退していきました。
「こっちに来たぞ!」
「気を付けろっ!」
ミュウがどんなポテンシャルを秘めているか、測りかねているようです。
しかし、後退しながらも、五月雨式に雪玉を投げることは忘れません。
「ミュウ!がんばって!」
「もっと前へ出て!」
――子供たち、やめろぉ~。
ミュウは何度も後ろを振り返りましたが、子供たちは押すのを止めません。どうしていいかわからなくなったミュウは、尻尾をブンブン振り回しました。すると、偶然にもミュウの尻尾が飛んでくる雪玉を叩き落としました。
「やったっ!」
「いいぞっ、ミュウ!」
ミュウはよくわからないまま、尻尾を振り回しています。さらに何発かの雪玉が、ミュウの尻尾で撃ち落とされました。
「フッ、フフッ」
「フハハハ」
すごいんだか、へなちょこなんだかよくわからないミュウの技に、皆から笑いが漏れました。
「ハハハッ、ミュウ、すごいぞ~!」
「えらい、えらい!」
「火を吹いて、あいつらやっつけちゃえ!」
「違うよ、水だよ、水!ミュウ、水を吐いて!」
ミュウの脱力感満載の技に戦意を喪失した子供たちは、雪玉を作る手を休めて、口々(くちぐち)に勝手なことを言い出しました。「楽しい」、「可笑しい」、「面白い」。様々(さまざま)な感情が渦となってミュウの中に流れ込んできました。
――エヘヘ、ボクってすごい!?
ミュウはフルフルと翼を震わせました。ここへきて、やっとミュウにも雪合戦の楽しさがわかってきたようです。
ワンッ、ワンッ
どこから校庭に入ってきたのか、野良犬も現れて、わあ、わあ、きゃあ、きゃあ騒ぐ子供たちの周りを飛び跳ねるように走り回りました。
「楽しそうだなあ、子供たち…」
職員室の窓から雪合戦の様子を見ていたアベロ先生は、知らず識らずのうちにそんな言葉を呟いていました。
――いいなぁ~、俺も雪合戦がしたいな~
「お~い、アベちゃ~ん!」
そんなアベロ先生の心の声が聞こえたのか、子供たちはアベロ先生に向かって手を振りました。
「せいせ~い、一緒に雪合戦しようよ!」
「こっちのチームに入って!」
アベロ先生は窓から身を乗り出しました。
「えっ!先生も仲間に入れてくれるのかいっ!?」
「うん!」
「ってか、仲間に入ってくれないと困る。」
「そうだよ!先生、あっちはドラゴンがいるんだよ。助けてよ。」
「よしっ!先生に任せとけっ!」
自尊心をくすぐる子供達の言葉に、アベロ先生は一も二もなく職員室を飛び出しました。
「先生、早く、早く!」
「こっち、こっち!」
敵チームが盛んにアベロ先生を手招きしています。
「ほら、見てよ!あっちにはミュウがいるんだよ!ずるいでしょ?」
「ドラゴンを味方につけるなんて卑怯だよね?」
じゃんけんで決めたにも関わらず、敵チームはまだミュウたちを卑怯者扱いしています。
「よ~し、わかった。待ってろよぉ、先生がへなちょこドラゴンをやっつけてやるからな!」
アベロ先生は雪をたっぷり掬い取ると、あっという間に大きな雪玉を作りました。
「うわぁ、先生、何それ!」
「大きいっ!」
サッカーボールほどの雪玉に、どっと笑いが起きました。
「すごい!すごい!」
「先生、やっちゃえ!」
子供たちにおだてられて、アベロ先生はますます調子に乗りました。
「俺のボールを受けてみろっ!」
先生はミュウ目掛けて、大きな雪玉を投げました。大人なだけあって、アベロ先生の投げる雪玉は飛距離も長く、狙いも正確でした。
ギャオォォォ
急所である眉間に雪玉が当たり、ミュウが思わず咆えました。怪獣映画さながらの迫力に、子供たちの動きが止まりました。
「すげえ、咆えてる…」
「本物のドラゴンみたい…」
「うん…」
大迫力の咆哮に度肝を抜かれた子供たちの口から、呟きが漏れました。しかし、アベロ先生はミュウの咆哮にますます闘争心を駆り立てられたようで、雪玉を投げる手がどんどん加速していきます。
「うぉぉぉ~」
目にも留まらぬ速さで雪玉を投げだしたアベロ先生は、腕が3本も4本もあるように見えました。
――やばい…もしかしたら、ボク、退治されかけている…?
ミュウの脳裏に、以前、リューイが読んでくれたドラゴン退治の物語が蘇りました。
アベロ先生の加勢によって、敵チームは再び勢いを取り戻しました。子供たちが雪玉を1つ投げる間に、アベロ先生は3つも4つも投げてきます。敵チームの子供達はせっせと雪玉を作っては、アベロ先生に雪玉を渡しています。
「やべぇ、アベちゃん…」
「先生、ずるい!本気で投げてるっ!」
「大人のくせに、手加減しないのかよっ!」
「ずるい、ずるい!」
ミュウチームからブーイングの嵐が起こりました。
――大人気ない…
とミュウが思ったかどうかはわかりませんが、ミュウは翼を広げて子供たちを守りながら、カカカカッとアベロ先生を威嚇しました。ミュウが生まれて初めてクラッキングをした瞬間でした。ドラゴンをクラッキングさせるなんて、アベロ先生はある意味、最強です。
キンコーン、カンコーン、キンコーン、カンコーン
始業10分前のチャイムを合図に、子供たちにとっては数年ぶり、そしてミュウとっては初めての雪合戦が終了しました。皆が気持ちの良い疲労感を感じていました。
「みんな、昇降口でちゃんと雪を払い落としてから教室に入るんだぞ。じゃないと、教室がびしょびしょになるからな。」
「は~い」
チャイムと同時に、子供たちは学校に来た本来の目的を思い出し、アベロ先生も「大きいお兄さん」から「先生」に戻りました。
「あ~、今日も充実した一日だったなぁ~。」
残業時間、アベロ先生は職員室でお茶を飲みながら呟いていました。その日は快晴だったので、午後には雪も完全に溶けてしまい、子供たちは授業が終わるとすぐに帰ってしまいました。
「もっと雪合戦したかったな~。また、雪が降らないかな~」
今日は突然のお誘いだったため、アベロ先生はスラックスのまま雪合戦に参加してしまいました。
――今度、雪が降ったら、ジャージに着替えておこう。
今からやる気満々(まんまん)のアベロ先生でした。
その頃、リューイも家で食後の牛乳を飲みながら呟いていました。
「あ~、今日も楽しい一日だったなぁ~。」
お昼休みには、泥混じりではありますが雪だるまも作れました。
盛り沢山な一日を終え、リューイは大満足でした。ミュウも楽しんでくれたようで、なによりです。
リューイと目が合うと、庭で寝ていたミュウは口の中が見えるくらいの大きな欠伸をし、それからうにゅ~と伸びをして、再び目を閉じました。心なしか口元が笑っているように見えます。
――ミュウ、また雪が降ったら、一緒に学校に行こうね。
リューイは心の中でミュウにそう話し掛けました。




