24. 泡沫の夢
24. 泡沫の夢
「なんだろう…眩しい…」
カーテンを通して差し込んでくる光が眩しくて、リューイはいつもより早く目を覚ましました。時計を見ると 5時をちょっと回ったくらいでした。
――もしかして、この白さは…
リューイは飛び起きると、勢い良くカーテンを開けました。
「うわ~!雪だぁっ!」
リューイは歓声をあげました。夜の間に降り積もった雪で、辺り一面(いちめn)、銀世界でした。
キリキアでは雪が降ることは滅多にありませんでしたから、子供たちはほとんど雪遊びをしたことがありませんでした。リューイも生まれてから数えるほどしか雪遊びをしたことがありません。しかし、大陸から流れ込んできた寒波の影響で今日は記録的な大雪のようです。これなら雪合戦もできそうですし、雪だるまも作れるかもしれません。
興奮ですっかり目が覚めてしまったリューイは、いそいそと学校へ行く準備を始めました。学校が始まるまでにはまだ2時間近くありましたが、二度寝などできそうにありません。
――今日は早目に学校に行って、みんなで雪合戦をしよう!
きっと、みんなも雪合戦がしたくて、早く来ているはずです。
――雪合戦の後は、大きな雪だるまを作ろう!みんなで作れば、すごく大きな雪だるまができるはず!
今日は楽しい事が目白押しで、考えただけでワクワクします。
だけど、さっきから何か肝心な事を忘れているような気がします。リューイは手を止めました。
――なんだろう…
カチッ
何かが頭の中でカチッと鳴っています。
――思い出せ。
カチッ
――なんだっけ?
カチッ
大切な何か…絶対に忘れてはいけない何か…
カチッ
――そうだよ、アレ、アレっ!
カチッ
――?!
「あ“ーっ!ミュウっ!」
リューイは思わず大きな声を出しました。
「忘れてた!ミュウっ!ミュウはどこっ?!」
リューイは再び窓辺に駆け寄ると、身を乗り出して外の様子を確認しました。庭の真ん中には白い小山が出来ています。
――しまったっ!
「まさか…」
顔からサーッと血の気が引いていくのが、自分でもわかりました。
「どうしよう…」
リューイはパジャマのまま外に飛び出しました。
朝の庭は光を反射して眩しいほどでした。ミュウに汚された庭も今は雪化粧をされ、清浄な雰囲気に包まれていました。しかし、いつもとは違う静けさが、不吉な事の前兆のように感じられました。そして、何よりも不吉だったのは、庭の真ん中にある白い小山が、リューイの目には墳墓のように映ったことでした。
リューイは小山の端のほう――ミュウの顔が埋もれていると思われる辺り――の雪を手で掘り返しました。しかし、雪の下からは生き物の気配が全く感じられませんでした。リューイが雪を掘り返している振動は、雪の下のミュウにも伝わっているはずなのに…
――ミュウっ!ミュウっ!生きていてっ!
もしかしたら、まだ間に合うかもしれません。
――だけど、もしも手遅れだったら…
リューイはブルっと体を震わせました。
――どうして、ミュウにもっと優しくしてあげなかったんだろう。どうして、もっと一緒に居てあげなかったんだろう。どうして、もっと大好きって伝えてあげなかったんだろう。どうしてもっと褒めてあげなかったんだろう。どうして…どうして…
リューイは嗚咽を漏らしながら、雪を掘り返していました。後悔の念ばかりが、込み上げてきます。リューイには謝らなければならないことが、沢山ありました。
――ごめんね。ごめんね。ミュウはちっとも悪い子じゃなかったのに、僕…ミュウのこと、怒ってばかりで…
雪を掘り返しながら、リューイは心の中で何度もミュウに謝りました。考えてみれば、ミュウとは暮らし始めてから、まだ一年ぐらいしか経っていません。ミュウとの暮らしがこんなにも早く終わってしまうなんて…今となってみれば、短い夢を見ているようでした。
そのときです。リューイの指先に何かが触れました。雪の下に黒っぽいものが見えます。
――あっ!
リューイは残った雪を急いで払い除けました。雪の下から現れたのは、いつもよりも黒っぽく見えるュウの顔でした。瞳は固く閉じられたままです。
「ミュウ!」
リューイは叫びました。
ミュウは夢を見ていました。人間の子供と一緒に暮らす夢です。二人で遊んだり、学校へ行ったり、時にはいたずらをして叱られて、一緒に家出をしたりもしました。それらの風景が、走馬灯のように次から次へと浮かび上がっては消えていきます。
――楽しかったけど、あっという間だった..
ミュウは自分の人生を、他人事のように思い返していました。長いドラゴンの人生では、人間の子供と暮らした時間はほんの一瞬で、まるで泡沫の夢を見ているようでした。あれは本当にあった出来事だったのでしょうか。
半分、冬眠状態に入っているミュウは、意識も薄れ、脈拍も極端に下がっていました。
「ミュウ!」
遠くから誰かの声が聞こえます。
――この声、知ってる…
「ミュウ!」
――この声…夢の中に出てきた子の声だ!
ミュウの目がパチッと開きました。
グルルルー
大きく息を吸った途端、ミュウの心臓が勢いよく動き始め、血が再び巡り始めました。
「ミュウっ!よかった!生きてるっ!生きてるっ!」
リューイはパジャマが濡れるのも構わずミュウの首に抱きつきました。
「ミュウっ!ミュウっ!」
リューイに抱きつかれたミュウは不思議そうに首を傾げました。リューイに抱きつかれたまま、体を震わせて積もった雪を振り落とします。
「ミュウっ!ミュウっ!よかった…」
冷え切った体にはリューイの涙が、とても熱く感じられました。ミュウはリューイの熱烈な愛情表現に戸惑いつつも、リューイの顔を優しく舐めてあげました。
「ミュウ、今日は一緒に学校へ行こう。」
リューイの提案に、ミュウは嬉しそうに喉を鳴らしました。
このお話を書いているうちに、先代の猫を思い出しました。その子はとても優しい子でしたが、当時、私は本当に忙しくて、あまりかまってあげられませんでした。優しい言葉や誉め言葉も、あまりかけてあげなかったように思います。
これから先もずっと一緒にいられると思っていたので、「休みが取れたら、遊んであげよう」「時間が取れたら、思う存分、甘やかせてあげよう」と思っているうちに、急に様子がおかしくなり、気が付いたときにはぐったりしていました。病院へ連れていっても原因はわかりませんでしたが、それから24時間も経たないうちに亡くなってしまいました。
あの時ほど自分を責めたことはありません。泣いて謝って、遺体を抱き締めて、キスをして、なんとか奇跡が起こって、息を吹き返してくれないかと一晩中、待ちましたが、奇跡は起こりませんでした。
先代の子が亡くなってから、遺体に向かってたくさん謝って、「優しい笑顔が大好きだったこと」、「可愛い鳴き声にいつも癒されていたこと」、「穏やかな性格が大好きだったこと」などを何度も伝えましたが、あまりにも遅すぎました。あの子は自分がどれだけ私に愛されているか知らないままに逝ってしまったのです。天国で聞いていたら、「ええっ、私ってそんなに愛されていたの!?」とびっくりしたことでしょう。
天国で再開したら、今度こそ、言葉を惜しまず、たくさん愛を伝えるつもりです。
皆さんも愛する人や家族には先延ばしをせずに、今、愛を伝えてくださいね。目の前にいる人は永遠の存在ではないのです。




