22. ミュウが庭に本格的な巣穴を作り始めました。
22. ミュウが庭に本格的な巣穴を作り始めました。
しばらくすると、ミュウはさかんに羽ばたきをして、飛ぶ練習をするようになりました。ミュウが羽ばたきをする度に、庭の草木がなぎ倒されていきます。しかし、被害はそれだけにとどまりませんでした。リューイとの生活で完全に野生を失っていたミュウですが、長い野外生活によって、ミュウの中の何かが目覚めました。生まれて初めて屋外で過ごすミュウにとって、壁や屋根に囲まれていない空間は、非常に心もとないものでした。ですから、なんとしてでも、安心して過ごせる場所が必要でした。ミュウは本能に突き動かされるがままに、庭に穴を掘り始めました。庭はかなり悲惨な状況になりましたが、誰がミュウを責めることができましょう。誰にもできません…と思いきや、ここに一人、いるようです。ちょっと、覗いてみましょう。
「こらっ、ミュウ!何度、言ったらわかるの!庭に穴を掘ったら駄目でしょ!」
今日も朝からリューイのお説教です。お説教をするほうもけして良い気分ではありませんが、不本意ながら、リューイはこのところ、毎朝、学校へ行く前にミュウにお説教するのが日課となっていました。
「ミュウのせいで、庭がめちゃくちゃじゃないか!」
リューイは腕組みをすると、怖い顔をしてみせました。しかし、ミュウはリューイと視線を合わせようとしません。あらぬ方向を見ています。
「ミュウ、聞いてる?」
リューイがミュウと視線を合わせようとして視線の先に回り込むと、今度は別の方向へと視線を向けます。
「ばかミュウっ!」
リューイは泥だらけになったミュウの頭をペシッと叩きました。
「ク~」
情けない声を出して、上目遣いにリューイを見る様子は、反省しているようにも見えなくもありませんが…
――ふんっ!騙されないぞっ!
ミュウはリューイにバレないように短い脚を少しずつ微妙に動かしながら方向転換すると、リューイにお尻を向けました。これにはリューイも少し笑ってしまいましたが、ここで笑ってしまうと、躾になりません。
「ミュウっ!ちゃんと聞きなさいっ!」
リューイはミュウの大きなお尻をペチンと叩きました。毎朝、どれだけ厳しく叱っても、リューイが学校に行った途端、ミュウはすぐに穴を掘り出すのです。今日だって、目の前からリューイがいなくなった途端、穴を掘り始めるに違いありません。そうでなければ、毎日、穴が大きくなっていくわけがありません。
さらに悪いことに、ミュウが跳ね上げた土はお隣のミズリさんの庭まで飛んでいっていました。幸いなことにミズリさんは動物が大好きで、ミュウのことも気に入ってくれていたため、これまで苦情を言われたことはありませんが、リューイたちはいつ苦情がくるかと内心、ヒヤヒヤしていました。
「ミュウが跳ね飛ばした土だって――」
リューイが尚もお説教を続けようとすると、ミュウが大きな舌でリューイの顔をベロンと舐めました。
「うわっ!」
リューイは思わず尻餅をつきそうになりました。
「リューイ、それくらいにしてやれ。」
お父さんが後ろからリューイに声を掛けました。
「だって、お父さん…」
「まあ、いいから。そろそろ、行かないと学校に遅れるぞ。」
お父さんはそう言うと、リューイの肩を抱いて強引に外に連れ出しました。
駅までの道すがら、お父さんと並んで歩きながら、リューイはミュウがいかに悪い子か、自分の言う事を聞かないか、そして自分がいかに苦労しているかをお父さんに切々(せつせつ)と訴えました。リューイの訴えに黙って耳を傾けていたお父さんは、駅に着くとおもむろに口を開きました。
「リューイの努力はお父さんもわかっているよ。リューイは飼い主として、よくやっているよ。」
「うん。」
そうでしょう、とリューイは頷きました。
「だけどな、リューイ、もしもリューイがミュウの立場だったらどう思うかな?毎日、毎日、ガミガミ叱られたら、すごく嫌な気持ちになると思わないか?自分が悪いとわかっていても、素直に反省できないんじゃないかな?」
お父さんは優しくリューイを諭しました。
――うっ…それはそうかもしれないけど…
「リューイだって毎日、朝から叱られたら、嫌だろう?」
「それは、そうだけど。でも…」
リューイは不服そうに口を尖らせました。
――だって、庭がめちゃくちゃになってるし…悪いのはミュウなのに…
リューイが心の中でお父さんの言葉に反駁していると、お父さんはさらに言葉を続けました。
「リューイが何を言いたいか、わかってるよ。でも、なあ、リューイ、何かを育てるっていうのはそんなに単純なことじゃないんだ。叱ってばかりでは駄目なんだ。それに――」
お父さんは腕時計にちらっと視線をやりました。
「ミュウはいわゆる野生動物ってヤツだ。野生の本能ってのは、理屈ではどうにもならないんだよ。」
お父さんは子供の頃、飼っていた動物たちを思い出しました。
「今のうちはまだ、ミュウもリューイの言うことを聞くかもしれない。だけど大人になったらどうだろう?大人のドラゴンがリューイの言うことを素直に聞くと思うかい?その辺のところも少し考えておいたほうがいいんじゃないかな。」
お父さんはもう一度、腕時計を見ると、リューイの頭をなでてから、改札へと消えていきました。
「いってらっしゃい…」
去っていくお父さんの後ろ姿に、リューイは力なく手を振りました。未消化の言葉が胸の中で蠢いています。
――だって、だって、だって…お父さんのばかあ~!
その頃、庭ではミュウはせっせと穴を掘っていました。気が済むまで穴を堀り広げると、早速、中に入って居心地を確かめます。
――ムフッ、いい感じ♪落ちつくぅ~♪
ミュウは満足そうに鼻から息を吹き出しました。しかし、ミュウの体は毎日、脅威のスピードで大きくなり続けています。この穴だって、すぐに狭くなってしまうでしょう。
――明日も掘らなきゃ…
ミュウは固く心に誓うのでした。
子供にペットの躾を任せると、躾がやけに厳しいことがありますね。
あれって、なぜなんでしょうね。
いつも自分が叱られている立場だからでしょうか(苦笑)。
たぶん、子供は人生経験が少ないため、相手に立場になって(叱られている側の立場になって)物事を考えることができないからだと思います。
それを優しく諭すのも、大人の役目ですよね~。




