20. ミュウが家を追い出されました。
20. ミュウが家を追い出されました。
ミュウがリューイの家に来てから約半年。ミュウは順調に成長し、今では翼を広げると優に3メートルを超すようになりました。ミュウは大型の青龍と中型の白竜のミックスのですから、最終的には頭から尻尾の先まで、20メートルを超えるかもしれません。(* 20メートルは、バス2台分です。)しかし、リューイたちにそんなことがわかる筈もなく、ミュウがどのくらい大きくなるのかわからないまま、リューイたちはミュウのためにいろいろと頭を捻っていました。
数週間前からミュウは翼が引っ掛かって、子供部屋に入れなくなっていました。仕方がないので、ミュウをリビングの床の上に寝かせてみたのですが、寂しがって一晩中、大きな声で鳴いていました。うるさくてかないません。そこで数日前からリューイも一緒にリビングで寝るようになりました。
最初は子供部屋のベッドでゆっくり眠りたいと思っていたリューイですが、慣れるとリビング生活も悪いものではありませんでした。夜になり、お父さんとお母さんがリビングから出ていくと、リューイたちはいそいそとリビングのソファとテーブルを壁際に寄せ、部屋の真ん中にマットレスと寝袋を敷きます。マットレスはミュウのため、そして寝袋はリューイのためです。それからアウトドア派のお父さんから借りたランタンを枕元に置き、眠りに落ちるまでの一時、ランタンの灯りの下で本を読みます。最近、リューイとミュウがはまっているお話は、騎士とドラゴンの冒険譚でした。
「…火竜が氷の巨人に向かって炎を吹きかける、巨人は顔を押さえて地面を転げ回りました。すかさず、火竜は鋭い鉤爪で…」
そこまで読んで、リューイはちらっとミュウを見ました。目をつぶっています。寝ているのでしょうか。しかし、リューイが朗読を止めると、ミュウは続きを促すように首をもたげました。ちゃんと聞いていたようです。
「…巨人の背中を切り裂きました。巨人の咆哮が大地を揺るがし、周囲の氷河が一斉に崩れ始めました…」
最初は冗談半分で読み聞かせていたのですが、意外にもミュウは真面目に話を聞いているようでした。物語はあくまでもフィクションです。実際のミュウの生活はこれらの冒険譚とはかけ離れたものですが、いつか役に立つ日がくるかもしれません。
リューイがミュウのために選んだ本は、どれもミュウがキリキアの外で生きていくのに役に立ちそうなものばかりでした。例えば、「どのようにして敵を倒すか」、「餌を取るにはどうしたらいいか」、「悪い人間を見分ける方法」など、完全に野生を失ったミュウには一見、必要なさそうなものばかりですが、知っておいて損はないはずです。おばあちゃんも「お金と知恵はいくらあっても邪魔にならない」と、常々(つねづね)、言っています。この点については、リューイもまったく同意見です。10歳のリューイにはお金のことはよくわかりませんでしたが、少なくとも知恵はいくらあっても困らないことだけは知っていました。
しかし、そうなると新たな悩みが出てきました。学校の図書館にはミュウの役に立ちそうな本がほとんどなかったのです。困ったリューイがクラスで一番物知りのウリルくんに相談すると、ウリルくんはリューイを町の大きな図書館に連れて行ってくれました。初めて訪れた町の図書館で、リューイはウリルくんと図書館のお姉さんの助けを借りて、ミュウのためになりそうな本を何冊か見つけることができました。
帰り道、リューイはもう一つ、新たな発見をしました。ウリルくんが良いヤツということは知っていましたが、リューイはなんとなく、本ばかり読んでいるウリルくんとは気が合わないと思っていました。しかし、じっくりしゃべってみると、ウリルくんはとても面白い子でした。二人は夕食の時間がくるまで、時が経つのを忘れて話し込んでいました。人というのは、よく付き合ってみないとわからないものです。
* * * * * *
リビングの床で寝るようになってから、更に一ヵ月後、ミュウはとうとう玄関も通れなくなってしまいました。半年を過ぎた辺りから、ミュウの成長スピードが急激に早くなりました。
家の中に入れなくなったミュウに残された道は、野外生活しかありませんでした。昼間はそれほど寂しさを感じずにすみましたが、夜はさすがに寂しさが募ります。食器の触れ合う音、美味しそうな匂い、楽しそうな笑い声。暗い庭から家の中を眺めていると無性に悲しくなりました。つい最近までは、ミュウもその輪の中にいたのです。
――サビシイ…
ミュウは大きな背中を丸めると、体にクルリと巻き付けた尻尾に顔を埋めました。
一方、リューイもミュウのことが気になって仕方がありませんでした。何度も外に出て、ミュウの様子を確認していました。このところ、気温がぐっと下がっているので、夜は特に心配です。
「ミュウ…」
リューイがそっと声を掛けるとミュウの背中がピクリと動きました。
「大丈夫?」
リューイは再び声を掛けてみましたが、ミュウは尻尾に顔を埋めたまま、何も答えませんでした。リューイはそのまましばらく様子を見ていましたが、ミュウが何も答えそうにないことを悟ると、罪悪感を感じつつも暖かな家の中に戻っていきました。
バタン
玄関のドアが閉まる音を背中越しに聞いたミュウは、知らないうちに涙を零していました。
ウチの猫、恐怖や寂しさを感じたときは、自分のモフモフの尻尾に顔を埋めて、自分を慰めるんです。
みなさんのお宅の猫ちゃんはどうですか?




