5. 困ったときは、おばあちゃんに相談してみよう!
5. 困ったときは、おばあちゃんに相談してみよう!
このお話を読んでいる良い子の皆さん、紹介が遅れてすみません。わたくしは物語の進行役 兼 作家の小川せりと申します。ときどき、このようにしてお話の途中で顔を出しますので、以後、お見知りおきを。
そしてこのヘンテコな生き物を拾った男の子ですが、名前をリューイと言います。10歳になったばかりです。
リューイのパパとママ、弟のフューイは町の中で暮らしています。おばあちゃんは森の中の一軒家に一人で住んでいます。リューイはお母さんに頼まれて、このようにしてときどきおばあちゃんの家にお遣いにいきますよ。優しい子ですね。
お話は森の中で奇妙な生き物を拾ったリューイがおばあちゃんの家を訪れるところから始まります。
では、お話の続きをどうぞ。
野生の白ヤマブキが自然のアーチを造る細い道を抜けると、赤い三角屋根の小さな家が見えてきました。あれがおばあちゃんの家です。
おばあちゃんが住む小さな家には、サンザシの生垣に囲まれた小さな庭がありました。白い小さな木の門を押して庭に入ると、ラベンダーやスミレなどの色とりどりの花が咲く花壇が見えます。花壇の間には玄関へと続く小道が造られており、茶色のウッドチップの間にところどころ飛び石が置かれていました。
玄関の周りにはおばあちゃんの好みを反映して、原種のバラが、小さな八重の花を咲かせていました。おばあちゃんは大輪の花よりも小さな花を愛する人でしたから、この家に咲く花はどれも可憐だけれども控え目な花ばかりでした。しかし、それらの花もおばあちゃんの手にかかれば、とても華やかに見えるのですから不思議です。この辺りではおばあちゃんのように園芸の才能がある人のことを「緑の指を持つ人」と言います。
おばあちゃんご自慢の小さな庭は目を楽しませると同時に心を落ち着かせる不思議な空間になっていました。リューイはお天気の良い日にこの庭で、おばあちゃん手作りのお菓子を食べるのが大好きでした。
白い窓枠に嵌ったガラス窓は曇り一つなく全てピカピカに磨きあげられ、家の中からは洗い立てのリネンの香りと、なにやら甘い匂いが漂ってきます。
リューイはワクワクしながら家の中を覗き込みました。が、家の奥にでもいるのかおばあちゃんの姿は見えませんでした。
「おばあちゃん、開けて!」
リューイは大きな声で叫びました。
灰色の生き物が入ったカゴを抱えていたので、自分でドアを開けることができなかったのです。
「おやまあ、リューイ!大きな声だこと。今、開けるからちょっと待ってね。」
ややあって、ドアの向こうから、おばあちゃんの嬉しそうな声が聞こえてきした。
「早く、早く!」
リューイはおばあちゃんの驚く顔が一刻も早く見たくて堪りませんでした。やがて、こちらへ歩いてくる足音とドアノブを回す音がして、丸顔の小柄な女の人が顔を出しました。
「おばあちゃん、これ見て!」
ドアが開くやいなや、リューイはそう叫んでおばあちゃんの顔の前に勢いよくカゴを突き出しました。
「あら、あら、まあ!」
おばあちゃんの目がまんまるになりました。
リューイはおばあちゃんの反応に大満足でした。
「森の中で拾ったんだよ!」
「森の中で?!」
おばあちゃんは、しげしげとカゴの中をのぞきこみました。
「この子は、生きているのかしら?」
おばあちゃんにそう言われて、リューイがカゴの中を見ると、灰色の生き物はくたっとしたまま動きませんでした。
リューイはちょっと不安になりましたが、不安を打ち消すように大きな声で言いました。
「うん、生きてるよ!だって、さっきまでミュウミュウって鳴いてたもん。きっとお腹が空いているんだよ!」
そう言ったとたん、リューイのお腹がグーと鳴りました。
「ほほほほ、お腹が空いているのはこの子だけじゃなさそうね。さあさあ、中にお入り。たった今、クッキーが焼けたばかりなのよ。なんだか今日はリューイが来るような気がしてね。朝からクッキーを焼いて待っていたの。」
おばあちゃんは、リューイの頭をなでると家の中へと招き入れました。
リューイは暖炉の前の大きなテーブルに灰色の生き物が入ったカゴをドスンと置きました。なんだか今日はすごくたくさん働いたような気がします。
灰色の生き物はテーブルの上に乱暴に置かれた勢いで、首をガクガクと揺らしました。しかし、リューイはそのことに気が付きません。
「リューイ、そんなに乱暴にしてだめよ。可哀想に、首がもげそうになっているわよ。
」
おばあちゃんは優しくリューイをたしなめましたが、リューイの頭の中は既にクッキーのことで一杯でした。
くんくんとリューイは鼻を鳴らしました。
「おばあちゃん、すごく美味しそうな匂いだね!」
おばあちゃんちの匂いは、いつだってリューイを幸せな気分にしてくれます。おばあちゃんが作るお菓子はその辺のお菓子屋さんに負けないくらい美味しいのです。
リューイは大きな椅子を力いっぱい引きました。ギギーと重たい音がします。木こりだったおじいちゃんが造った椅子は、おじいちゃんの体に合わせて大きくて頑丈に出来ていました。そのせいで、子供のリューイにはちょっと重たいのです。
暖炉の前には、猟師のゼッペさんが倒した巨大な青色オオカミの毛皮が敷かれていました。
リューイがまだ小さい時分は、よくそこに寝かされたものでした。
今でも暖炉の前はリューイの特等席で、お風呂上りにはパンツ一丁でゴロゴロするのが好きでした。
リューイは右手にクッキーを掴んだまま、片手で灰色の生き物の入ったカゴを引き寄せました。
そして中をのぞきこむと、おばあちゃんに質問しました。
「この子は、あかひゃんなの?」
口の中にクッキーがいっぱい入っているので、上手くしゃべることができません。
「リューイ、口の中に食べ物が入っているときは、しゃべってはいけないとあれほど言っているでしょう。」
「ふぁーい」
リューイはミルクの入ったカップを引き寄せると、一気に飲み干しました。
「ふう~」
コップをテーブルに戻すと、口の周りについたミルクを手で拭います。
改めてカゴの中を覗き込むと、灰色の生き物はなんだか眠たそうでした。
「この子は赤ちゃんだから、眠ってばかりいるの?」
リューイは弟のフューイを思い出しました。フューイはまだ、赤ちゃんなので眠ってばかりいるのです。
「たぶん、そうね。それに少し弱っているのかもしれないわね。」
おばあちゃんはそう答えました。
美味しいおやつを食べてご機嫌になったリューイは、鼻歌を歌いながら、テーブルの上に身を乗り出しました。
「クッキー、食べるかな?」
リューイは試しに食べかけのクッキーを、灰色の生き物の口に押し付けてみました。灰色の生き物は頭をもたげて匂いの元を探していましたが、口は開きませんでした。
「固くて食べられないのかな?」
リューイはクッキーをミルクに浸してからあげてみました。しかし、それでも灰色の生き物は口を開こうとはしませんでした。
「クッキーは好きじゃないのかな?こんなに美味しいのに。」
リューイは残念そうに呟きました。
「おばあちゃん。この子は何を食べるのかな?なんていう動物なの?どこから来たの?」
リューイは矢継ぎ早におばあちゃんに質問しました。
おばあちゃんは首から下げていた眼鏡を掛けると、しげしげと灰色の生き物を覗き込みました。
おばあちゃんは暫し頬に手を当てて考え込んでいましたが、やがて口を開くとこう言いました。
「もしかしたら、この子は竜の赤ちゃんじゃないかしら…」
「ええっ!竜の赤ちゃん?!」
リューイは食べかけていたクッキーを喉に詰まらせて、思わず咳込みました。
「ええ、よくわからないけど、なんとなく、そんな気がするわ。」
「竜…」
リューイが呆気にとられておばあちゃんを見上げました。
「間違いないわ…きっと、そうよ。」
おばあちゃんは一人で呟いて、一人で頷いています。
「それにしても…いったいどこから来たのかしら。」