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竜の赤ちゃん、拾いました。第一章~第三章  作者: 小川せり
第二章 幻を見る者
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番外編 伝説の竜王ルウと白竜の姫君の話

小さい読者のみなさん、ごめんなさい。今回は大人の人向けのお話です。「婚活」とか、わからない単語がいっぱい出てきます(笑)。わからない言葉があれば、お父さんやお母さんに聞いてくださいね。

伝説(でんせつ)竜王(りゅうおう)ルウと(はく)(りゅう)(ひめ)(ぎみ)の話



グゴー、ガゴー

今日も西の谷の洞窟(どうくつ)に、()()りのようなイビキが(ひび)(わた)ります。


「お師匠(ししょう)さま、お師匠さまったらぁ。起きてくださいよぉ。」

弟子(でし)のレッドは、仰向(あおむ)けで寝ているルウをなんとかして起こそうと、その巨体(きょたい)()り動かしました。

「う~ん、ムニャ、ムニャ…もう、食べられない…」

レッドは(こま)ったように頭を()きました。

――はあ~、この人、寝てばかりなんだよな~。この人に弟子入(でしい)りしたのは間違いだったかな…

「すみませんねぇ、師匠は最近、お(つか)れみたいで…いつもはこんなんじゃないんですよぉ~」

レッドは客人(きゃくじん)のほうを振り返ると、(おのれ)()()じるように言い訳をしました。

仰向けで腹を見せたまま寝ている師匠は、見ようによってはお皿に()せられた七面鳥のように見えます。

――ったく…威厳(いげん)もクソもありゃしない。

心の中の悪態(あくたい)が聞こえたのか、ルウがレッドに背を向けるように寝返りを打ちました。

「う~ん、もう少し寝かせてくれ。最近、眠くてしかたがないんだ…」

「何を言ってるんですか、(じじ)むさい...」

――たしかに、ジジイだけど…そこまで老け込む年じゃないだろ…

ミニチュア・ドラゴンのレッドは(あき)れたように溜息をつきました。それでもなんとか師匠を起こそうと、自分の何倍も大きな体を懸命(けんめい)()さぶります。

「師匠!師匠!起きてくださいよ!お客様ですよ。もうっ!師匠ってばっ!」

やっとのことで起きたルウは、目の前に(たたず)む美女の存在(そんざい)に、(かた)まりました。

――なぜ、こんな辺鄙(へんぴ)な場所にこんな美女がいるのだ…夢でも見ているのか?それとも(まぼろし)か…

ごしごしと目を(こす)りながら、ルウは何度か(またた)きをしました。しかし、目の前の美女は消えてなくなりません。それどころか、ルウに向かって微笑(ほほえ)んでさえみせるのです。薄暗(うすぐら)洞窟(どうくつ)の中で、美女の(まわ)りだけ明るく光って見えます。

――夢ではないようだ…

ルウの後ろからレッドがそっと(ささや)きました。

「お師匠さま、ヨダレが()れています。」

弟子に指摘(してき)されて、ルウは(あわ)てて口元(くちもと)(ぬぐ)いました。美女の目の前で、とんだ醜態(しゅうたい)(さら)してしまいました。ルウは、こっそりと美女の様子を(うか)がいましたが、美女はさほど気にするふうでもありませんでした。

――美人というのは、おっとりとしたものだな…

起きてから一言も口をきいていないにもかかわらず、ルウの頭の中には様々な思いが(いそが)しく()(めぐ)っていました。


「コホンッ」

そんな様子に、ルウの肩口(かたぐち)にとまっていたレッドが、咳払(せきばら)いをしました。

「お師匠様、この方はエラム国の6番目のお姫様ですよ。師匠に一目(ひとめ)会いたいと、わざわざここまで飛んで来てくださったのです。」

奇特(きとく)(かた)もいらっしゃるものですねぇ」という言葉は、口にしないでおきました。

「せっかくいらしてくださったのですから、失礼のないようにちゃんとご挨拶(あいさつ)してくださいね。」

レッドにそう言われて、ルウはむっとしました。

「子供ではないのだから、そんなこと、言われなくてもわかっておる!それよりも、お前は無駄(むだ)なおしゃべりばかりしていないで、お客様にお出しするお茶でも用意してこいっ。」

ルウは短い前腕(ぜんわん)腕組(うでぐ)みすると、おしゃべりな弟子をジロリと(にら)みつけました。

「はい、はい、わかりましたよ。おお、怖い。」

「”はい”は一度でいいっ。」

師匠に対する尊敬(そんけい)(ねん)微塵(みじん)も感じられないその様子に、ルウはフンッ!と鼻から勢いよく息を吐き出しました。

「あ~~れ~~」

ルウの鼻息で、レッドはあっという間に洞窟の奥まで飛んでいきました。


「あ~、コホン!」

うるさい弟子がいなくなったところで、ルウは改めて美しい客人(きゃくじん)に向き直りました。

「こんな辺鄙(へんぴ)な所に、よくぞお()でくださいました。お疲れでしょう。(たい)したおもてなしもできませんが、こんなむさ(くる)しい所でよかったら、ゆっくり休んでいってください。」

「ありがとうございます。」

ルウに声を掛けられて、白竜の姫君ははにかんだ笑顔を見せました。姫君の可憐(かれん)な笑顔にルウは一瞬、(まばた)きを忘れました。顔が赤くなったのが自分でもわかります。

――まあ、なんと可憐(かれん)な…

ルウは咳払(せきばら)いをしると、赤くなった顔を誤魔化(ごまか)しました。

「ところで、こんな遠くまで飛んで来てくださったのには、何か特別なご理由でもおありかな?わしに何かご用でも?」

「あの…」

姫は口ごもりました。

「ルウ様…」

「は、はいっ」

(すず)やかな声で名を呼ばれて、ルウは年甲斐(としがい)もなく声が上擦(うわず)ってしまいました。ミルクように白い肌、愛らしい目元(めもと)、優しい声…亡き母の優しい面影(おもかげ)にもよく似た姫の美しさに、ルウはうっとりと目を細めました。

――う~む…わしがもう少し若ければ…

ルウの思考(しこう)(さえぎ)るように、姫が口を開きました。

「わたくしは小さい頃からあなたのお話を聞いてずっと憧れておりました。エラム国ではあなたはヒーローです。是非(ぜひ)、一度お()いしたいと思い続けていましたが、なかなか、お()にかかることができず、今日、やっと願いが(かな)いました。本物のルウ様にお目にかかれて感激(かんげき)ですっ!」

姫は(うる)んだ瞳でルウを見つめました。

「いや、いや、お嬢さん、人違(ひとちが)いではなかろうか?わしは有名になるようなことをした覚えはないのだが…」

ルウは(あわ)てて顔の前で手を振りました。若い娘に尊敬(そんけい)眼差(まなざ)しで見られるのは悪いものではありませんが、後でがっかりされるのも嫌です。何か勘違(かんちが)いをしているようであれば、(ただ)しておかなければなりません。

ルウには若い娘のまっすぐでキラキラした視線を受け止める自信がありませんでした。

しかし、白竜の姫君はルウの戸惑(とまど)いには気が付かないようで、興奮(こうふん)した面持(おもも)ちで言葉を続けました。

「ルウ様、エラム国では、デストロンの(たたか)いは本にもなっておりますし、映画化もされました。貴方(あなた)(さま)はわたくしにとって、本物のヒーローなのでございます。」

「デストロン…はて、デストロンね…どこかで聞いたことのある名前だな…」

ルウは懸命(けんめい)に記憶の糸を手繰(たぐ)()せました。

なにしろ、5千年も生きているのです。いろいろありすぎて、昔のことはすぐには思い出せません。

「わたくしは貴方(あなた)(さま)と勇者リューイ様のお話が大好きで、子供の頃、寝る前にいつも読み聞かせてもらっていました。」


「リューイ」と聞いて、眠っていた記憶が(よみがえ)りました。5千年前に1年ほど一緒に暮らした人間の子供。すっかり忘れていましたが、ルウは一時期、人間と暮らしたことがありました。今ではリューイの顔の輪郭(りんかく)もよく思い出せませんが、毎日、楽しかったことだけは覚えています。「ミュウ」という可愛らしくも()ずかしい名前を付けてくれたのもあの子供でした。あの頃は良かった…あれはわしが純粋(じゅんすい)だった頃のかけがえのない思い出…今、思えばあの頃が一番、楽しかったのう…

思い出に(ふけ)るルウは、遠い目をしました。


「おや、なんですか、この雰囲気(ふんいき)!なんだか、いい感じじゃないですか。お師匠さまも(すみ)に置けませんね~、この~、この~。」

お茶を()れて戻ってきたレッドは、空気が変わったことを(さっ)して、すかさず茶々(ちゃちゃ)を入れました。

ゴンッ!

レッドの頭にルウの鉄拳(てっけん)が振り下ろされます。

「こらっ!姫に失礼なことを言うな。だいたいな、レッド!おまえは日頃(ひごろ)からいちいち一言、多いのじゃ。少しはこの姫を見習(みなら)うがよい。見ろ、この方はこんなにも礼儀(れいぎ)正しく、(ひか)えめで――」

「痛いなぁ~、もう、お師匠さまは乱暴(らんぼう)なんだからぁ。なにも(なぐ)らなくってもいいのに~。」

レッドは痛む頭を(さす)りながら、ぶつぶつと文句(もんく)を言いました。そんな弟子は(ほう)っておくことにして、ルウは遠くから来た姫のために、伝説(でんせつ)竜王(りゅうおう)らしい話をいくつか披露(ひろう)することにしました。

しかし、その前にお茶を一服(いっぷく)。ルウは香草(こうそう)煮出(にだ)したお茶をズズズッと(すす)りました。鼻と口から香気(こうき)がすっと()けて、頭がすっきりしました。

「お嬢さん、昔の話がお聞きになりたいかな。」

白竜の姫君は大きく(うなず)きました。

「さて、どこから話そうか......」



一時間後。

「ええ、そうなんですか?知らなかった!」

「そうそう、それでな――」

二人は今日、初めて会ったとは思えないほど、()()けていました。姫の言葉遣(ことばづか)いもいつの間にか若い娘のそれに変わっていました。

「――わしはガッコウへ行くことにしたのだ。」

「えっ?ガッコウって、あのガッコウですか?」

姫が聞き返すと、ルウは胸を張って答えました。

「そうだ、あのガッコウだ。そこでわしは人間の子供たちに混ざってジュギョウを受けたのだ。」

グッ

隣で聞いているレッドから、奇妙(きみょう)な音が()れました。見ると、レッドは口を押えたまま、肩を(ふる)わせています。

「なんだか、とっても楽しそう。」

「ああ、とても楽しかった。」

ルウは姫の言葉に(うなず)きました。

「人間の子供といっても、まだ幼くて動物とあまり変わりがないゆえ、山猿(やまざる)のような連中(れんちゅう)だったがのう。」

その山猿のような連中と一緒になって(さわ)いでいたことは内緒(ないしょ)です。美しい姫は、その様子を思い浮かべたのか、クスクスと笑いを()らしました。

「子供たちもみんな、わしのことをミュウ、ミュウと呼んで――」

グフッ

レッドの(のど)の奥から、再び奇妙な音が()れました。

「ミュウ?」

姫が不思議そうな顔をしました。

「ああ、わしの当時の呼び名だ。真名(まな)を人間に教えることはできなかったので、リューイが新しい名前をつけてくれたのだ。」

「ずいぶんと可愛らしいお名前ですね。」

姫は少し首を(かし)げながら、優しく微笑みました。姫と目が合ったレッドは、姫が笑い出したいのを(こら)えているのがわかりました。

「プッ!」

レッドは(たま)らず、吹き出しました。ずっと笑いを(こら)えていたのでしょう。笑い出したら止まりません。空中でお腹を抱えて笑っています。見ると、姫も下を向いて笑っているようです。

「ギャハハハ!もうダメですぅ!可笑(おか)しくって、我慢(がまん)できないぃ~。ヒ~ヒ~」

「さっきから聞いていれば、ガッコウへ行ったとが、ミュウと呼ばれていたとか、師匠に似あわな過ぎですよぉ。ギャハハハ。」

ルウはむっとしました。

――()弟子(でし)ながら、本当に失礼(しつれい)なやつだ。

「ガッコウへ行ってなにが悪い!それにな、ミュウという名だって当時のわしにぴったりの名前だったのだ!」

「ギャハハハ、ヒー、ヒー、笑い過ぎて、お腹が痛いですぅ。これ以上、笑わせないでくださいよぉ。」

「ウフフフ」

とうとう、姫までもが一緒になって笑い出しました。娘らしい明るい笑い声に、暗い洞窟(どうくつ)一気(いっき)(はな)やぎます。

「当時の貴方(あなた)(さま)はとても可愛らしかったと思いますわ。」

へそを曲げたルウに、姫はとりなすように優しい言葉を掛けてくれました。

「ああ、そうだとも。あの頃はわしも可愛らしかったのだ。体の色も今のような(はい)青色(せいしょく)ではなく、薄い水色だったしのう。」

ルウの言葉に姫はニコリと微笑みました。

「それからな、ユキガッセンというものもしたぞ。あれは――」

姫のたった一言(ひとこと)で気分が再上昇したルウは、その後も上機嫌(じょうきげん)で姫を相手にしゃべり続けました。



さらに1時間後。

笑いっぱなしの姫は、目尻(めじり)(たま)まった涙を(ぬぐ)いました。

「ルウ様って本当にお話が上手(じょうず)ですこと!わたくし、笑い過ぎて疲れてしまいましたわ。でも、本当に、今日はお会いできて良かったです。」

ルウは姫に微笑み返しながら、しゃべり疲れた(のど)をお茶で(うるお)しました。

「ルウ様は伝説になられたぐらいのお(かた)ですから、少し近寄(ちかよ)(がた)いところがあるのではないかと思っていましたが、実際にお会いしてみれば、少しも気取(きど)ったところがなく、親しみやすくて、お(やさ)しく、なんて素敵(すてき)(かた)なんでしょう。急に()()けてしまったのに、(いや)な顔もされず、いろいろと楽しいお話を聞かせてくださり、本当にありがとうございます。」

姫はペコリと頭を下げました。

「いや、いや、(れい)にはおよびません。わしも久ぶりに楽しい時間を過ごすことができました。」

その言葉ににっこりと微笑(ほほえ)み返したた姫は、急に真面目(まじめ)な表情になりました。

(じつ)はわたくし、お見合(みあ)いが(いや)で父の所から逃げてきたんです。」

「なんと、お見合いとな!そなたは何歳なのだ?」

「今年で700歳になります。」

姫は恥ずかしそうに答えました。

「700歳とな!若いのう!しかし、700歳では結婚にはちと早すぎんかのう?まだ、結婚したくないから逃げ出してきたのか?」

「いいえ、そういうわけではないんです。結婚に対する(あこが)れは強いほうなので、結婚自体は嫌ではないんです。ただ…お相手の方が土竜(どりゅう)で…」

姫はそこで言葉を(にご)しました。

「なんと、お相手は土竜とな...」

土竜はルウも苦手でしたから、姫の言いたいことが何となくわかりました。土竜は気難(きむずか)しく、(ひね)くれ(もの)が多いことで有名です。

――よりによって土竜がお相手とは。()(どく)と言えば、気の毒じゃ…。明るく振舞(ふるま)ってはいるが、こんな(さい)()ての地にまで飛んでくるくらいじゃ。よほど嫌だったのだろう。しかし、エラム国の姫君ともなれば普通の娘のような恋愛結婚は難しいだろうなあ。困ったものだ…。

「お気持ちはよくわかるが、親御(おやご)さんは心配しておられるだろうな。今では竜の数も随分(ずいぶん)()ってきているがゆえに、異種間婚もやむを()ないのではないか?」

ルウがそう言うと、姫はハッとしたように顔を上げました。

――ルウ様がそんなことを言うなんて…ルウ様ならきっと、わたくしの気持ちをわかってくださると思ったのに…

先程(さきほど)までの会話で、(たが)いに深く分かり合えたと思っていた姫は、(くや)しそう(くちびる)()()めました。

「それは重々(じゅうじゅう)、承知しております。けれども…けれども、わたくし、土竜は(いや)なんです!」

姫は思いつめたようにルウを見詰(みつ)めました。

――そんな目で見ないでくれ。わしは何もしてやれん…

姫の視線の強さにたじたじとなったルウは、目を()らしました。ついでに話も少し()らすことにします。

「そう言えば、そなたは白竜なのに(つばさ)があるのじゃな。(めずら)しのう。」

話題が変わったことで、強張(こわば)っていた姫の表情が少し(やわ)らぎました。

「はい、わたくしたち一族(いちぞく)の中にはときどき、わたくしのように(つばさ)を持った者が生まれます。これは母方(ははかた)隔世(かくせい)遺伝(いでん)なんです。父は、わたくしが翼を持っているものだから、高慢(こうまん)になっているのだと()めるのです。でも、わたくしは翼のない方を見下(みくだ)しているわけではなくて…ただ、一緒に空を飛べる方が好きなだけなのです。地面に(しば)()けられている方の考え方には、どうしても堅苦(かたくる)しいところがございますし。」

――ふむ、ご両親の希望と自分の素直な感情の間で(いた)(ばさ)みになっておられるのだな…優しいご気性(きしょう)ゆえ、ご両親を悲しませるのも(つら)いだろう。姫のような優しい娘さんには、是非(ぜひ)とも幸せになってもらいたいものじゃ。

年配者(ねんぱいしゃ)として若い娘の幸せを願いつつも、一方(いっぽう)で、先程(さきほど)からルウの頭の中をグルグルと()(めぐ)っている思いはただ一つ。

――残念(ざんねん)じゃのう、わしがもう少し若ければ……

ルウは(あわ)てて首を振りました。

――いかん、いかん!わしは何を考えているのだ!いくらなんでも歳の差があり過ぎるぞっ!

ルウは心の中で自分を(いさ)めると、咳払(せきばら)いを一つしました。

「そうか、姫は空を飛べる者が好みなのじゃな。他に何か条件はあるかな?」

ルウは知り合いの若い竜たちの顔を思い浮かべました。

――条件に合う者がおるといいのだが…

「先程も申しましたように、できれば一緒に空を飛べて」

「ふむ」

「気取らなくって」

「ふむ」

「年上で」

「ふむ」

「できれば、白竜の血を引いていて」

「ふむ」

そこまで聞いて、ルウははたと(ひざ)を打ちました。

「なんと!まるでわしではないか!」

ルウの言葉に、姫は顔を赤らめて(うつむ)きました。

「ヒュ~」

それまで(だま)って二人の会話を聞いていたレッドが、()やかすように口笛(くちぶえ)()きました。

「お師匠さまもまだまだ捨てたもんじゃありませんねぇ。こんな若い娘に(こく)られるとは!」

「こ、こらっ、レッド!勘違(かんちが)いするでない!姫は、ただ(たん)に結婚相手の条件を()げられているだけじゃ。わしのことを言っているわけではない。」

レッドに言った言葉は半分、自分に言い聞かせるための言葉でした。

――勘違いをしてはいかん。こんな若くて綺麗(きれい)なお嬢さんがわしのことを好いてくれるわけがない…このぴちぴちのお肌を見ろ!わしのお肌とは雲泥(うんでい)()だ。こんなコがわしのことを()いてくれるだなんて、考えるほうがどうかしている。しかも、成人(せいじん)しているとはいえ、こんなに若い子が相手ではなにやら(うし)ろめたい気分にさせられる…いや、いや、後ろめたいも何も、そんなことがあるわけもなく…わしは、わしは…今日、こうして会えて、楽しく会話ができただけで充分(じゅうぶん)じゃ。

肯定(こうてい)したり、否定(ひてい)したり、気分が上がったり、下がったり、自問自答(じもんじとう)()り返しているうちに、ルウは頭がグルグルしてきました。

――ああ、もうっ、じれったいっ!これだから、師匠はいつまで経っても独身なんだよっ!こんなチャンス、二度とないのに!

()()らない師匠の態度に、レッドはイライラしてきました。


若く見えても3頭の()の父親であるレッドには、これを逃したらルウは一生結婚できないことがよくわかりました。

――まったく…ここは俺が一肌(ひとはだ)()ぐしかないな…

レッドは数秒間、(だま)って師匠の顔を(なが)めると、おもむろに口を開きました。

「そうですか?お師匠様だって、本当はお姫様のことが気に入っているんじゃないんですか?俺にはそんなふうには見えますけどね。それに、ねえ、お(ひい)さん、結婚相手の条件って、そのまんま、師匠のことを指してくるんですよね?」

「こらっ、レッド!何を言うのじゃっ!」

(あわ)ててレッドを(さえぎ)ろうとしたルウの目の(すみ)に、小さく(うなず)く姫の姿が見えました。

――えっ?えっ?!

「ヒュ~ヒュ~」

レッドが再び、二人を()やかしました。

「でも、お姫さま、師匠は5千歳を()えてますよ。こんな半分、化石化(かせきか)したようなジジイでいいんですか?貴女(あなた)ぐらい綺麗(きれい)だったら、相手はより()見取(みど)りでしょうに。」

レッドが念を押すと、()ずかしそうに(うつむ)いていた姫が顔を上げました。

「わたくしにとって、ヒーローはただ一人だけでございます。」

「ヒュ~」

(おどろ)きと称賛(しょうさん)口笛(くちぶえ)がレッドの口から出ました。

――お見事(みごと)!この勝負、お姫さんの一本(いっぽん)()ち!

なかなかどうして、このお姫さん、大人(おとな)しそうに見えて、なかなか大胆(だいたん)だねえ。

それを聞いたルウは(まい)ったというように、(ひたい)に手を当てました。

――ああ、降参(こうさん)じゃ!

「良かったですねぇ~、お師匠さまぁ。やっと、お師匠さまにも春が来ましたねぇ。」

姫につられて赤くなったルウを、レッドは遠慮(えんりょ)なく()やかすのでした。



それから数か月後、ルウが若くて綺麗なお嫁さんをもらったという(うわさ)が西の谷に広がりました。西の山の上をいつも二人でランデブーしているとか、寝てばかりいたルウが急に活動的になったとか、おはようとおやすみのチューは欠かさないらしいとか、etc.。婚活に苦労している若い竜たちがその噂を聞いて、大層(たいそう)(うらや)ましがったのは言うまでもありません。


めでたし、めでたし。







挿絵(By みてみん)

五千年後のミュウの歳の差婚のお話でした。ミュウの一人称が「ボク」から「わし」に変わっていますし、人格(竜格?)も変わり過ぎです(;^_^A)。ちょっとやり過ぎかた感がありますが、人間でも幼少期と老齢期とではこのくらい違ったりしますので、ご容赦くださいませ。


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