18. ドラゴン、ドラゴンフルーツを食べるの巻
18. ドラゴン、ドラゴンフルーツを食べるの巻
獣医の先生がリリちゃんのお店で遊んでいた頃、リューイの家では――
夕食を終えた三人が、食後のデザートを食べようとしているところでした。
「今日はね、とっても珍しいデザートがあるのよ。」
お母さんは得意気に胸を反らしました。
「なあに?」
「当ててみて。ドのつく果物よ。」
「ド?」
リューイは首を傾げました。
「そんな果物あったかな?ド?ド?あっ...も、もしかして、ドリアン!?」
お父さんは無意識に腰を浮かしました。好き嫌いがほとんどなく、出された物は何でも食べるお父さんでしたが、ドリアンだけは苦手でした。
「うっふっふっふ~♪さあ、なんでしょうか?」
お父さんの反応がお母さんのいたずら心を刺激したのか、お母さんは悪い笑みを浮かべながらお父さんに迫ります。
「ギャ~、やめてくれ~」
本気で逃げ出そうとするお父さん目の前に、お盆に載ったデザートが突き出されました。
「ジャーン!答えはこれで~すっ!」
と言って、お母さんは色鮮やかな――というよりは、毒々(どくどく)しい赤紫色をした果物をテーブルに置きました。
「なあに、これ?」
「すごい色だな。」
「ドラゴンフルーツって言うんですって。スーパーで偶然、売っているのを見かけたの。ほらっ、ウチには本物のドラゴンもいるでしょ。買わないわけにはいかないわ。」
「ドラゴンフルーツってドラゴンが食べるからドラゴンフルーツっていうの?」
「よくわからないけど、お店ではドラゴンフルーツって書いてあったのよ。」
「どれどれ」
お父さんは早速、パソコンで「ドラゴンフルーツ」を検索してくれました。
「この果物は見た目がドラゴンに似ているから、ドラゴンフルーツって呼ばれているらしいぞ。この皮を見てごらん。ドラゴンの鱗みたいだと思わないか?」
「そうかなぁ?」
リューイは首を傾げました。そう言われれば、そう見えなくもありませんが、ちょっと無理があるようにも思えます。
「結構、高かったのよ。よく味わって食べてね。」
お母さんは二人が見ている前でドラゴンフルーツを四等分にカットすると、スプーンを添えて出してくれました。紫色の果肉には無数の黒い小さな種が含まれていました。
「はい、これはミュウの分。」
今日は特別、と言ってお母さんはミュウの前にもドラゴンフルーツを置いてくれました。ポテトチップを食べて発疹ができて以来、ミュウは人間と同じ物を食べることを禁じられていましたが、今日は特別です。なんといってもドラゴンがドラゴンフルーツを食べるのですから。誰も異を唱える者はいませんでした。
-―フルーツぐらい、いいわよね?野菜と同じようなものだし、ミュウは草食だし。
お母さんは心の中で自分に言い訳しました。ドラゴンがドラゴンフルーツを食べる様子を一番見たかったのは、他ならぬお母さんのようでした。
当の本人はというと
――今日はみんなと一緒だっ♪
ただ、もうみんなと一緒に食卓につけるのが嬉しくてたまらない様子です。椅子の隙間から出ている尻尾がブンブンと振られています。しかし、ミュウは嬉しそうみんなの顔を見回すだけで、なかなか食べようとはしませんでした。初めて見るドラゴンフルーツを食べ物と認識していないようです。
「ミュウ、ドラゴンフルーツだよ。食べてみて。」
リューイに促されて、ミュウは慎重にドラゴンフルーツの匂い嗅ぎました。
「あら、食べないのね。せっかく買って来たのに。」
お母さんはちょっとがっかりしたようです。
「どれどれ。」
一方、お父さんはドラゴンフルーツをスプーンですくうと何の躊躇いもなく口の中に放り込みました。
「どう?」
「おいしい?」
二人に訊かれたお父さんは首を捻りました。
「う~ん...微妙だな...」
「微妙な味って、どういう味?」
お母さんがなぜか恐る恐る訊ねます。
「どれどれ?」
お父さんの真似をしてリューイも一口、食べてみました。
「どう?美味しい?」
お母さんが再び同じ質問をします。
「う~ん...」
お父さんに続いてリューイも首を捻りました。美味しいとは不味いとか言う以前に、あまり味がしないのです。ドラゴンフルーツは見た目の強烈さに反してとても薄味でした。微かな酸味と甘みが感じられるので食べられなくはありませんが、何となく青臭く、積極的に食べたいとは思いませんでした。
二人の様子を見ていたお母さんも、スプーンの先でちょっとだけ果肉をすくって、恐る恐る口に運んでみました。が、すぐにスプーンを置きました。
「なんかがっかりね。高かったのに...」
返答に困ったお父さんは、う~んと唸るしかありませんでした。
「まだ、三個も残っているのよ。」
「う~ん、そうだなぁ...どうしたものかなぁ。生ではなくて、焼いてみるとか――」
お父さんがそう言い掛けたそのときです。
「フガッ!」
テーブルの端からものすごい鼻息が聞こえてきました。三人が振り返ってみると、ミュウがものすごい勢いでドラゴンフルーツにむしゃぶりついてました。
「フガッ!フガッ!」
皮まで食べ尽くさんばかりの勢いです。こんなミュウは初めて見ました。
――フガッ!なに、これっ!フガッ!ものすごく、美味しいんだけど!フガッ!もっと、食べたい!フガッ!もっと、ちょうだいっっ!
三人を見上げたミュウは口の周りについたドラゴンフルーツを長い舌で舐めとりました。ミュウの喉がゴクリと鳴ったのを聞いて、三人は一斉にドラゴンフルーツを差し出しました。
どうやら、ドラゴンフルーツの名前の由来は、その見た目ではなくドラゴンが好んで食べることからきているようですね。
おしまい。
ドラゴンフルーツという呼び方は、中国語の「火龍果」を英語に直訳した商品名だそうです。日本で流通しているドラゴンフルーツは日持ちさせるために未成熟な段階で収穫されたものです。完熟したドラゴンフルーツは日持ちがしないので、日本に入ってくることはないようです。
収穫後のドラゴンフルーツはバナナのように追熟して糖度を増すことがないため、日本では一般に味が薄いと思われていますが、きちんと管理して樹上で完熟させると、糖度が20度近くなるそうです。
ちなみに筆者の夢はいつか南の国で完熟した美味しいドラゴンフルーツを食べることです。今のところ、海外旅行の予定はまったくないので、この夢が実現する可能性は限りなく低いですが。
でもこのまま温暖化が進めば、いつかは日本でもドラゴンフルーツが栽培できるようになり、日本にいながらにして美味しいドラゴンフルーツが食べられるかもしれません。が、それはそれで嬉しくないような…




