17. 初めての動物病院
17. 初めての動物病院
「やだ、やだ、やだっ!学校へ行きたい!」
「わがままを言うんじゃありませんっ!」
「だって、今日、学校でロシくんたちとサッカーをする約束をしているんだもんっ!」
「ミュウがこんなになったのは、リューイのせいでしょ!」
お母さんは腰に手を当てました。
「だって!」
「だって?」
「ミュウが…」
「ミュウが?」
この時点でお母さんにはリューイが何と言うか、大体、察しがついていました。
「ミュウが…食べたいって言ったんだもん…」
リューイは下を向いた見たまま、小さな声で答えました。
お母さんは呆れ(あきれ)顔です。
「ミュウがそんなこと、言うわけないでしょっ!」
予想通りの答えに、お母さんの声が一層、大きくなりました。
――ママさん、顔、怖い...
さっきから二人のやり取りを聞いていたミュウは、心の中でそっと呟きました。それにしても、体中が痒くて仕方がありません。ミュウはママさんの注意をひかないように、そっと後ろ足で首を掻きました。自分が痒がっていると、また、リューイが怒られそうです。
――う~ん、足が届かない。どうしよう、痒い…
ミュウの頭の上では二人の言い争いがまだ続いていました。
「本当だよっ!ミュウの顔に食べたいって書いてあったんだもん!ねっ、そうだよね、ミュウ?」
リューイが急に振り返ったので、ミュウは慌てて後ろ足を下ろしました。リューイの無言の圧力に促されて、ミュウはコクリと頷きました。確かに食べたいとは思いました。しが、リューイがくれなかったら自分からねだることも食べることもなかったでしょう。
ほら、見ろと言わんばかりのリューイの様子にお母さんはカチンときました。
「そんなことないわよね?ミュウ?」
ママさんに訊かれたミュウは少し迷いましたが、結局、お母さんの言葉には頷きませんでした。勝ち誇ったようにお母さんを見上げるリューイに、お母さんの頬がヒクヒクと引き攣りました。
「とにかく、動物には人間と同じ物を食べさせてはいけないのっ!ポテトチップスなんて食べさせるから、ミュウに発疹ができたんでしょう!いいこと、今日は学校を休んで、ミュウをちゃんと動物病院に連れて行くのよ。お母さんは連れて行きませんからね。わかったわね!」
「えっ、やだよ、あんなヤブ医者~」
リューイがあからさまに嫌な顔をすると、またしてもお母さんに叱られました。
「よく知りもしないのに、そんなこと言うんじゃないのっ!」
「うへぇ」
藪医者ならぬ、藪蛇です。
しかし、子供たちの間では二丁目の角の動物病院はずっと前から藪医者で有名でした。今までペットを飼ったことのなかったリューイはその病院には行ったことがありませんでしたが、みんなの話では「薬を間違えた」だとか、「注射を間違えた」だとか、とにかくもう、それは酷いのです。
「嫌だな~、行きたくないなぁ。赤いボツボツだって放っておけば明日には治っているかもしれないのに...」
リューイはまだぶつぶつと文句を言っています。
ミュウはそっと溜息をつきました。昨日、ポテトチップを食べてから体中が痒くて一晩中、眠れなかったのです。今朝になって、やっとお母さんが病院に連れて行くように言ってくれたときには、正直、ほっとしました。
子供は元来、自分勝手で我儘な生き物です。しかも、人生の経験値が低いリューイには、ミュウの痒さや苦しさなどは想像もつかないようでした。
午前中のせいか、それとも藪医者のせいか、町に一軒しかない動物病院はガラ空きでした。待合室にはリューイたち以外にはおばさんと犬が一組、いるだけでした。ドラゴンを初めて見たおばさんは、興奮して盛んにリューイに話し掛けています。
――ねえ、リューイ、首がすごく痒いんだ。ボクの足では届かないから、リューイが掻いてよ!
リューイの足元に座っているミュウは先程からリューイに合図を送っているのですが、リューイはおばさんのマシンガントークに圧倒されて、気が付いてくれませんでした。そうこしているうちに、やっとミュウの番が回ってきました。
リューイとミュウが診察室に入って行くと、先生はカルテに何かを書き込んでいるところでした。
「そこに座って。」
先生は背中を向けたままリューイたちに指示を出しました。リューイは部屋の真ん中にある椅子に座ると、ミュウを足元に座らせました。
「はい、お待たせしました。」
カルテを書き終えた先生は、ぐるっと椅子を回して振り返ると――口笛を吹きました。
「ヒュ~、こりゃ、珍しいっ!」
リューイは眉間に皺を寄せました。
――なに、この人っ!本当に先生なの?
「いや、ごめん、ごめん。あまりにも珍しかったから、つい...」
詰るようなリューイの視線に気付いたのか、先生はボサボサの頭を掻きながら謝りました。端から悪い先入観しか持っていなかった相手です。軽い調子で謝る態度までもが胡散臭く感じられました。
――なんか信用できないなぁ。
そう思いつつ先生の手の動きを目で追っていたリューイは、白衣の肩に信じられない量のフケがたまっていることに気が付きました。
――すごいフケ!明日、学校でみんなに教えてあげよう。
「それで、今日はどうしました?」
余程、頭が痒いのか先生は伸ばしっぱなしの天然パーマの頭に再び指を突っ込みました。新たなフケが舞い落ちます。
「あの、昨日、ミュウにポテトチップを食べさせたら体中に赤いポツポツができて…」
「ミュウ?」
先生はカルテを手に取りました。
「ああ、この子の名前か...」
先生は首に掛けていた聴診器を外すと、ゴロッと椅子を転がしてミュウに近づきました。
「どれどれ、ちょっと、診せてね。俺、ドラゴンは診るの初めだけど。」
――ええっ!ドラゴンは初めてなのっ!
その言葉にリューイは不安を感じました。
「蕁麻疹でしょう。治りかけてはいるようだけど。」
ミュウの胸に聴診器を当ていた先生は、聴診器を耳から外すとリューイに話し掛けてきました。
「その首輪、外してもらえるかな?」
「あっ、はいっ」
リューイが慌てて首輪を外すと、首輪の下は真っ赤に腫れ上がっていました。首輪を外した途端、ミュウはブルッブルッと体を震わせました。
――ううっ~、リューイ、痒いよ~、掻いて!
「あ~、随分、腫れているね。かなり痒かったと思うよ。痒み止めを出してあげるから、一日三回、赤くなっているところに塗ってあげてね。それと、治るまで首輪はしないでね。」
「はい。」
「ポテトチップを食べさせたのは、昨日が初めて?」
「はい。」
「そっか、もう食べさせないほうがいいな。」
「はい。」
――そんなの、言われなくてわかるよっ!お母さんに散々、怒られたし。
「いつもは何を食べさせてるの?」
「イノンドとか…」
「イノンド!イノンドかぁ~。へぇ~、それは知らなかったな~。このコはイノンドを食べるんだぁ。キミは草食竜なんだね。どうりで大人しいわけだ。」
優しく頭を撫でられて、ミュウは嬉しそうに目を細めました。いつもなら初対面の大人の男性は警戒するのに、先生に対してはまるで警戒していないようです。リューイは先生をちょっと見直しました。獣医になるだけあって、動物には好かれるようです。
先生はミュウを撫でながらイノンド、イノンドねぇと口の中で何度も呟いていましたが、ふと何かを思いついて顔を上げました。
「ドランゴンフルーツは、食べたりしないの?」
「えっ、ドラゴンフルーツってなに?」
リューイはドラゴンフルーツという言葉を聞いたことすらありませんでした。
「知らないのか。ってことは、食べないんだな...」
「えっ?」
先生は独り言のように呟きました。
「ドラゴンフルーツはね、南の国で採れる果物だよ。見たことないかな?皮がドラゴンの鱗みたいになっているだ。鱗と言えば...この子は鱗が生えていないんだねえ。」
――生えてるよっ!
とリューイは思いましたが、この先生の前ではなぜか言葉がスラスラと出てきません。
「どれ、どれ?ああ、尻尾の先と脚の先に小さな鱗が生えかけているな…これから徐々(じょじょ)に生え揃うのか…」
先生はミュウの脚を裏返しにし、そして表に返し、また裏返しと、脚を掴んだまましげしげと観察しました。ミュウは前脚を引っ込めるでもなく、先生のなすがままにさせています。
「よ~し、よし、お前は良い子だな。」
先生に頭を撫でてもらって、ミュウは気持ち良さそうに目を細めました。
「大人しいもんだな、ドラゴンってのは。無駄吠えもしないし、案外、ペットに向いているのかもしれない。うん、良い子だね。」
先生は一人で言って、一人で納得しています。
「なあ、ドラゴンってのは、みんなこんなふうなのか?」
先生の問い掛けに、リューイは肩をすくめました。
「知らない...だって、ミュウは特別だもん。」
「特別か…そうだな、確かにドラゴンは特別だな。でも、どの飼主も自分のペットは特別だって言うんだぞ。」
「そうじゃないよっ!本当に特別なんだよっ!」
「ハイハイ、そうですね。なんてったって、ドラゴンだもんな。」
――そういう意味じゃなくってっ!
「ミュウは遠い国の女王様から預かった大切なドラゴンなんだ。」
先生の人を小馬鹿にしたような態度に反発して、リューイはついポロリと秘密を洩らしてしまいました。
「ヒュ~」
またしても、先生は口笛を吹きました。
「すげ~な~、ドラゴンにお姫様か...なんつ~か、ファンタジックだなあ。」
「もうっ!本当なんだからっ!」
「そうかい、そうかい。ドラゴンにお姫様とくれば、当然、騎士も出てくるんだろ?」
――騎士!?
リューイの脳裏に一人の男の顔が浮かびました。
「き、騎士もいるよ…ユストって言うんだ。先生と違って、すごくカッコいいんだからっ!」
端から信じようとしない先生を前にして、リューイは止らなくなりました。
「ユストはミュウと女王様を守って悪者と戦って片目を失なったんだぞっ!すごく強いんだからっ!」
あっと、思ったときはしゃべり過ぎていました。しかし、リューイがムキなればなるほど、先生の反応は冷めていきました。
「あ~はい、はい。すげ~なあ~」
少しも信じていない様子です。
「だからっ、本当だってばっ!ジジツはショウセツよりもキなりって言うだろっ!」
そう言い返すリューイに、先生の眉がひょいと上がりました。
「事実は小説よりも奇なりか…まあ、たしかにそういうこともあるよな。」
先生は顎を擦りました。
「ほ、ほんとうなんだから…」
――ジジツはショウセツよりもキなりって言葉、間違ってなかったかな?
学級委員長のウリルくんがよく使う言葉を真似てはみたものの、自信が持てないリューイは、小さな声で呟きました。
「随分、難しい言葉を知っているんだな。」
――この子はちょっと頭がアレなんだろうか?そんなふうには見えないが…
先生は話を適当に切り上げることにしました。
「え~っと、ああ、そうだった、薬っ!薬を出さないとね。たしか、犬用の蕁麻疹の薬があったな。どこだったかな...それを塗ってしばらく様子をみようね。それでも治らなかったら、また来てよ。まあ、大したことなさそうだから、放っておいても、自然に治ると思うけど。」
――い、犬用!?
リューイは、自分の耳を疑いました。てっきり、ドラゴン用の薬を調合してもらえるものとばかり思っていました。
――乳鉢でいろんな物をゴリゴリってすり潰して、ドラゴン用の薬を特別に調合してくれるんじゃないの?
ちらっと先生の机の上に置かれている乳鉢に視線を走らせると、その中にはタバコの吸い殻がこれでもかと言わんばかりに詰め込まれていました。
「それから、念の為に注射も打っておこうね、犬用の。」
自然治癒力に任せておいてもミュウの蕁麻疹は治ると思われましたが、先生はミュウに注射を打ってみたい気持ちを抑えられませんでした。
――さっきから、犬、犬ってっ!犬とドラゴンじゃ、全然、違うじゃないかっ!先生の目は節穴か!
リューイは何か一言、言たくなりましたが、大人を相手に何と言って良いかわかりませんでした。
ぐちゃぐちゃの棚の中を漁ること約5分。先生はやっとのことで犬用の蕁麻疹の薬を見つけ出しました。注射器の袋を破ると、嬉しそうに針の先からピュッと注射液を飛ばします。
「さ~てと、どこに刺そうなかぁ?どこがいいかな~。針が折れるといけないから、柔らかいところを探さないとな~。」
先生は嬉し笑いを必死に押し殺していましたが、隠しきれていませんでした。なんだかヤバイ匂いがプンプンします。
――マッド・ドクター
そんな言葉がリューイの頭を過ります。
ミュウの体を触りまくった先生は、最終的にお腹に針を刺すことに決めたようでした。先生はミュウをゴロンと仰向けに寝かせると、暴れないように太腿でミュウの体を挟み込みました。人間に痛いことをされたことのないミュウは、されるがままです。
「よ~し、よし、良い子だ。じっとしていろよ。」
――まさか、本当にお腹に注射を打つの?!怖すぎる!
リューイは、ぎゅっと目つぶりました。
「あっ…間違えた…」
暫くすると、先生の小さな声が聞こえてきました。リューイがそっと目を開けると、先生は空になった注射器を見つめていました。いったい、何を間違えたのでしょうか?リューイは不安になりました。
「これ、ビタミン剤だった…」
先生が誰ともなく呟きます。
――先生っ!
「まっ、いいか。栄養になるからな。じゃあ、これはサービスな。」
リューイの険しい表情に気が付いた先生は、バツが悪そうに頭を掻きました。
「そんな顔、すんなよ。ビタミン剤だから、毒にも薬にもならねえよ。安心しとけって。」
――できないよっ!
リューイは拳を握り締めました。
――もうっ!こんな病院、くるんじゃなかったっ!学校まで休んだのにっ!
リューイの表情を読んだ先生は、もう一度、頭を掻きました。
「ちっとは信用しろよ。これでも、一応、キリキア畜産農業獣医大学を首席で卒業してんだぜ。」
「シュセキ?」
「一番ってことさ。」
先生はウインクをしました。
――キリキアなんとか大学って、碌でもない大学なんだな…
子供心に、大学を信用できなくなったリューイでした。
ビタミン剤を打たれて、さらには蕁麻疹の薬も打たれて、やっとのことでリューイたちが診察室を出た頃にはもうお昼になっていました。これだけあれば足りるでしょ、といって渡されたお金を窓口で出すと、雀の涙ほどのお釣りが返ってきました。
――あまったお金でお菓子を買ってもいいって言われてたのに...これじゃあ、何にも買えないや…
リューイは先生を恨めしそうに見つめました。
――くそ~、こんな病院、もう二度とこないぞっ!
そんなリューイの気持ちを知ってか知らずか、先生はニコニコしながらリューイに話し掛けてきました。
「ところで、キミ、キリキア第6小学校の生徒?」
「...はい…」
「実はね、俺も第6小学校だったのよ。懐かしいな~。ユミー先生っていう綺麗な先生、まだいるかな?元気?」
「ユミー先生ですか?元気ですけど…」
――ユミー先生って、綺麗だったかな?
リューイは首を傾げました。
「ああ、そうか...あれから20年以上も経っているもんな~。ユミー先生も今じゃ、すっかりオバサンかぁ~。」
先生はうんうんと一人、頷きました。
「いやあ~、昔はユミー先生も綺麗だったのよ。なんというか新妻の色気があってねぇ…」
先生は遠い目をしました。ユミー先生は初恋の人でした。毎日、夢中で追い掛け回していた記憶があります。
――さすがに授業参観でスカートを捲ったときは、泣いたけどな…それも今となっては良い思い出だぁ~。
――ニイヅマってなんだろう…なんだか、この先生が言うと、すごくエッチに聞こえるな。
リューイは早く帰りたくて仕方がありませんでした。
「あの、僕、もう帰ります…」
「第6小学校は古いからな…校舎もボロボロだろ?校庭の隅にある音楽堂はまだある?」
先生はリューイの気持ちなど気にする様子もなく、話を続けました。
「あ…はい…床が抜けそうですけど…」
「だろうな…」
先生は頷くと、急に受付用の小さな窓から身を乗り出しました。
「なあ、いいこと、教えてやろうか?」
「…」
先生の目がキラキラ輝いています。嫌な予感しかしません。
「音楽堂の奥に開かずの扉があるのは、知っているか?」
――開かずの扉っ!
リューイはコクコクと頷きました。音楽堂の奥には石で出来た重い扉があって、いつも鍵が掛かっていました。その扉の奥には、何があるのかリューイたちはずっと気になっていたのです。
「その扉をあけると、地下に続く階段があるんだ。」
「へ、へぇ~」
リューイはゴクリと唾を飲み込みました。
「でな、その地下室には――」
――その地下室には?!
「木の樽が置いてあって――」
――き、木の樽?!
「木の樽の中には――」
何が入っていると思う?そう訊ねる先生の目は据わっていました。
――どうしよう…死体が入っているとか…もしかして、先生が殺したとか…
話の続きを聞きたくないリューイは、その場から逃げ出そうとしました。
「ぼ、僕、もう、本当に帰らないと…」
くるっと背を向けたリューイの手を、先生が後ろからガシッと掴みました。
「まあ、待てよ。そう、慌てなさんなって。せっかくだから、最後まで話を聞いてけよ。」
リューイの手を掴んだまま、先生はニマ~ッと笑いました。
――ギヨェーッ!怖いよぉ! 離してっ!
「もう、帰ります。本当に帰らないといけないんです。」
リューイは涙目で訴えました。が、先生は手を離してくれません。
――怖いよお!誰か助けてっ!
リューイは本気で泣きそうになりました。手を振り解こうにも、力の差があり過ぎてどうにもなりません。
「その木の樽の中には、人間――」
――ギャー、止めてっ!
リューイは掴まれていないほうの手で耳を塞ぎました。
「その木の樽の中にはな、人間に飼われていたヤギの塩漬け肉が入っているんだ。」
――ヤ、ヤギの塩漬け肉ぅ?!
「ハハハッ、怖かったか?」
リューイを本気で怖がらせた先生はとても満足したようでした。
「な、な~んだ、つ、つまんないの!」
――こ、怖がって損した…
先生にパッと手を離されたリューイはヨロヨロと二、三歩、後ろによろめきました。
「ミ、ミュウ、おいでっ!早くっ!帰るよっ!」
気を取り直したリューイは、怖がっていたことがばれないように足音荒く、出口に向かいました。
先生はクスリと笑いを漏らすと、リューイの後ろ姿にヒラヒラと手を振りました。
「じゃあな、またな。」
――またな、じゃないよ。もう、絶対、こないんだからっ!
リューイはプンプンしながらドアを締めました。とはいえ、音楽堂の謎が明らかになったことは大きな収穫でした。明日は学校中がこの話題で持ちきりになるでしょう。リューイは早くみんなに教えたくてうずうずしました。
リューイを見送った先生はしばらく一人で悦に入っていましたが、やおら立ち上がると入口に掛かっていた「診察中」のプレートをひっくり返しました。それからドサッと椅子に腰を下すと、白衣のポケットから煙草を取り出し、深々(ふかぶか)と煙を吸い込みました。
「はぁ~、働いた後の一服は旨いなあ~。それにしても、あのガギ、本気でビビッてやがった。ハハハ、ざまあみろ。あまりにも態度が悪いから、ビビらせてやったぜ。」
あ~すっきりした、と先生は煙を吐き出しました。
「しっかし、最近のガキは可愛くないな~。この前、来たガキもやけにツンツンしてたしな。もしかして、俺、子供に嫌われてんのかな?悲しいな~。あんまり冷たくすると、俺だって泣くぞ...」
先生は溜息をつくと、タバコを揉み消しました。
「今日はもういっぱい働いたな。本日はこれにてこれにて終了~。」
まだお昼だというのに、先生は早々(そうそう)に店仕舞いを始めました。
「そうだ、今夜は久しぶりにリリちゃんの店に行こうかな。ドラゴンの話をしたらウケそうだもんな~。あっ、しまった!写メを撮るの忘れたっ!写真を撮っておけばよかった!そうだ、今度、来たときに写真を撮らせてもうらおう。ムービーでもいいな――」
そんな調子で先生の独り言は尚も続くのでした。
ミュウちゃんは蕁麻疹をリューイになかなか気が付いてもらえなくて可哀そうでしたね。
具合が悪くても動物は言葉を話せませんから、人間がいち早く気付いてあげたいものですね。




