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竜の赤ちゃん、拾いました。第一章~第三章  作者: 小川せり
第二章 幻を見る者
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17. 初めての動物病院

17. (はじ)めての動物(どうぶつ)病院(びょういん)



「やだ、やだ、やだっ!学校(がっこう)へ行きたい!」

「わがままを言うんじゃありませんっ!」

「だって、今日、学校でロシくんたちとサッカーをする約束をしているんだもんっ!」

「ミュウがこんなになったのは、リューイのせいでしょ!」

お母さんは(こし)に手を当てました。

「だって!」

「だって?」

「ミュウが…」

「ミュウが?」

この時点でお母さんにはリューイが何と言うか、大体(だいたい)(さっ)しがついていました。

「ミュウが…食べたいって言ったんだもん…」

リューイは下を向いた見たまま、小さな声で答えました。

お母さんは呆れ(あきれ)顔です。

「ミュウがそんなこと、言うわけないでしょっ!」

予想(よそう)(とお)りの答えに、お母さんの声が一層(いっそう)、大きくなりました。

――ママさん、顔、(こわ)い...

さっきから二人のやり取りを聞いていたミュウは、心の中でそっと(つぶや)きました。それにしても、体中(からだじゅう)(かゆ)くて仕方(しかた)がありません。ミュウはママさんの注意(ちゅうい)をひかないように、そっと(うし)ろ足で(くび)()きました。自分が(かゆ)がっていると、また、リューイが怒られそうです。

――う~ん、足が(とど)かない。どうしよう、(かゆ)い…

ミュウの頭の上では二人の()(あらそ)いがまだ(つづ)いていました。

「本当だよっ!ミュウの顔に食べたいって書いてあったんだもん!ねっ、そうだよね、ミュウ?」

リューイが急に()(かえ)ったので、ミュウは慌てて(うし)ろ足を()ろしました。リューイの無言(むごん)圧力(あつりょく)(うなが)されて、ミュウはコクリと(うなず)きました。確かに食べたいとは思いました。しが、リューイがくれなかったら自分からねだることも食べることもなかったでしょう。

ほら、見ろと言わんばかりのリューイの様子(ようす)にお母さんはカチンときました。

「そんなことないわよね?ミュウ?」

ママさんに()かれたミュウは(すこ)(まよ)いましたが、結局(けっきょく)、お母さんの言葉(ことば)には(うなず)きませんでした。()(ほこ)ったようにお母さんを見上(みあ)げるリューイに、お母さんの(ほほ)がヒクヒクと()()りました。

「とにかく、動物(どうぶつ)には人間と同じ物を食べさせてはいけないのっ!ポテトチップスなんて食べさせるから、ミュウに発疹(ほっしん)ができたんでしょう!いいこと、今日は学校を休んで、ミュウをちゃんと動物(どうぶつ)病院(びょういん)()れて行くのよ。お母さんは()れて()きませんからね。わかったわね!」

「えっ、やだよ、あんなヤブ医者(いしゃ)~」

リューイがあからさまに(いや)な顔をすると、またしてもお母さんに(しか)られました。

「よく知りもしないのに、そんなこと言うんじゃないのっ!」

「うへぇ」

(やぶ)医者(いしゃ)ならぬ、(やぶ)(へび)です。


しかし、子供たちの間では()丁目(ちょうめ)の角の動物病院はずっと前から(やぶ)医者(いしゃ)有名(ゆうめい)でした。今までペットを()ったことのなかったリューイはその病院には行ったことがありませんでしたが、みんなの話では「(くすり)間違(まちが)えた」だとか、「注射(ちゅうしゃ)間違(まちが)えた」だとか、とにかくもう、それは(ひど)いのです。

(いや)だな~、行きたくないなぁ。赤いボツボツだって放っておけば明日には治っているかもしれないのに...」

リューイはまだぶつぶつと文句を言っています。

ミュウはそっと溜息(ためいき)をつきました。昨日、ポテトチップを食べてから体中(からだじゅう)(かゆ)くて一晩(ひとばん)(じゅう)(ねむ)れなかったのです。今朝になって、やっとお母さんが病院(びょういん)に連れて行くように言ってくれたときには、正直(しょうじき)、ほっとしました。

子供は元来(がんらい)自分勝手(じぶんかって)我儘(わがまま)な生き物です。しかも、人生(じんせい)経験値(けいけんち)が低いリューイには、ミュウの(かゆ)さや(くる)しさなどは想像(そうぞう)もつかないようでした。



午前中(ごぜんちゅう)のせいか、それとも(やぶ)医者(いしゃ)のせいか、町に一軒(いっけん)しかない動物(どうぶつ)病院(びょういん)はガラ()きでした。待合室(まちあいしつ)にはリューイたち以外にはおばさんと犬が一組、いるだけでした。ドラゴンを(はじ)めて見たおばさんは、興奮して(さか)んにリューイに(はな)()けています。

――ねえ、リューイ、(くび)がすごく(かゆ)いんだ。ボクの足では届かないから、リューイが()いてよ!

リューイの足元(あしもと)(すわ)っているミュウは先程(さきほど)からリューイに合図(あいず)(おく)っているのですが、リューイはおばさんのマシンガントークに圧倒(あっとう)されて、()()いてくれませんでした。そうこしているうちに、やっとミュウの(ばん)(まわ)ってきました。


リューイとミュウが診察室(しんさつしつ)に入って行くと、先生はカルテに何かを書き込んでいるところでした。

「そこに(すわ)って。」

先生は背中(せなか)()けたままリューイたちに指示を出しました。リューイは部屋の真ん中にある椅子(いす)(すわ)ると、ミュウを足元(あしもと)(すわ)らせました。

「はい、お()たせしました。」

カルテを書き()えた先生(せんせい)は、ぐるっと椅子(いす)(まわ)して()(かえ)ると――口笛(くちぶえ)()きました。

「ヒュ~、こりゃ、(めずら)しいっ!」

リューイは眉間(ロシん)(しわ)()せました。

――なに、この人っ!本当に先生なの?

「いや、ごめん、ごめん。あまりにも(めずら)しかったから、つい...」

(なじ)るようなリューイの視線(しせん)気付(きづ)いたのか、先生はボサボサの(あたま)()きながら(あやま)りました。(はな)から(わる)先入観(せんにゅうかん)しか()っていなかった相手(あいて)です。軽い調子で(あや)態度(たいど)までもが胡散(うさん)(くさ)(かん)じられました。

――なんか信用(しんよう)できないなぁ。

そう思いつつ先生の手の動きを目で()っていたリューイは、白衣(はくい)(かた)(しん)じられない(りょう)のフケがたまっていることに気が付きました。

――すごいフケ!明日、学校でみんなに教えてあげよう。

「それで、今日はどうしました?」

余程(よほど)、頭が(かゆ)いのか先生は()ばしっぱなしの天然(てんねん)パーマの(あたま)に再び指を突っ込みました。新たなフケが()()ちます。

「あの、昨日、ミュウにポテトチップを食べさせたら体中に赤いポツポツができて…」

「ミュウ?」

先生はカルテを手に取りました。

「ああ、この子の名前か...」

先生は首に()けていた聴診器(ちょうしんき)(はず)すと、ゴロッと椅子(いす)(ころ)がしてミュウに近づきました。

「どれどれ、ちょっと、()せてね。(おれ)、ドラゴンは()るの(はじ)めだけど。」

――ええっ!ドラゴンは(はじ)めてなのっ!

その言葉にリューイは不安(ふあん)を感じました。


蕁麻疹(じんましん)でしょう。(なお)りかけてはいるようだけど。」

ミュウの(むね)聴診器(ちょうしんき)()ていた先生(せんせい)は、聴診器(ちょうしんき)(みみ)から(はず)すとリューイに話し掛けてきました。

「その首輪(くびわ)(はず)してもらえるかな?」

「あっ、はいっ」

リューイが(あわ)てて首輪(くびわ)(はず)すと、首輪(くびわ)の下は()()()()がっていました。首輪(くびわ)(はず)した途端(とたん)、ミュウはブルッブルッと体を(ラウル)わせました。

――ううっ~、リューイ、(かゆ)いよ~、()いて!

「あ~、随分(ずいぶん)()れているね。かなり(かゆ)かったと(おも)うよ。(かゆ)()めを出してあげるから、一日三回、赤くなっているところに()ってあげてね。それと、(なお)るまで首輪(くびわ)はしないでね。」

「はい。」

「ポテトチップを食べさせたのは、昨日が初めて?」

「はい。」

「そっか、もう食べさせないほうがいいな。」

「はい。」

――そんなの、言われなくてわかるよっ!お母さんに散々、怒られたし。

「いつもは何を食べさせてるの?」

「イノンドとか…」

「イノンド!イノンドかぁ~。へぇ~、それは知らなかったな~。このコはイノンドを食べるんだぁ。キミは草食(そうしょく)(りゅう)なんだね。どうりで大人(おとな)しいわけだ。」

(やさ)しく(あたま)()でられて、ミュウは(うれ)しそうに目を細めました。いつもなら初対面(しょたいめん)の大人の男性は警戒(けいかい)するのに、先生(せんせい)(たい)してはまるで警戒(けいかい)していないようです。リューイは先生をちょっと見直(みなお)しました。獣医(じゅうい)になるだけあって、動物(どうぶつ)には()かれるようです。

先生はミュウを()でながらイノンド、イノンドねぇと口の中で何度も(つぶや)いていましたが、ふと何かを思いついて顔を上げました。

「ドランゴンフルーツは、()べたりしないの?」

「えっ、ドラゴンフルーツってなに?」

リューイはドラゴンフルーツという言葉を聞いたことすらありませんでした。

「知らないのか。ってことは、食べないんだな...」

「えっ?」

先生は(ひと)(ごと)のように(つぶや)きました。

「ドラゴンフルーツはね、南の国で()れる果物(くだもの)だよ。見たことないかな?皮がドラゴンの(うろこ)みたいになっているだ。(うろこ)と言えば...この子は(うろこ)()えていないんだねえ。」

――()えてるよっ!

とリューイは思いましたが、この先生の前ではなぜか言葉がスラスラと出てきません。

「どれ、どれ?ああ、尻尾の先と(あし)の先に小さな(うろこ)()えかけているな…これから徐々(じょじょ)に()(そろ)うのか…」

先生(せんせい)はミュウの(あし)裏返(うらがえ)しにし、そして(おもて)(かえ)し、また裏返(うらがえ)しと、(あし)(つか)んだまましげしげと観察(かんさつ)しました。ミュウは前脚(まえあし)()()めるでもなく、先生(せんせい)のなすがままにさせています。

「よ~し、よし、お(まえ)は良い子だな。」

先生に頭を()でてもらって、ミュウは気持(きも)()さそうに目を(ほそ)めました。

大人(おとな)しいもんだな、ドラゴンってのは。無駄(むだ)()えもしないし、案外(あんがい)、ペットに()いているのかもしれない。うん、良い子だね。」

先生は一人で言って、一人で(なっ)(とく)しています。

「なあ、ドラゴンってのは、みんなこんなふうなのか?」

先生の()()けに、リューイは(かた)をすくめました。

「知らない...だって、ミュウは特別(とくべつ)だもん。」

特別(とくべつ)か…そうだな、(たし)かにドラゴンは特別(とくべつ)だな。でも、どの飼主(かいぬし)も自分のペットは特別(とくべつ)だって()うんだぞ。」

「そうじゃないよっ!本当(ほんとう)特別(とくべつ)なんだよっ!」

「ハイハイ、そうですね。なんてったって、ドラゴンだもんな。」

――そういう意味(いみ)じゃなくってっ!

「ミュウは(とお)(くに)女王(じょうおう)(さま)から(あず)かった大切(たいせつ)なドラゴンなんだ。」

先生の人を小馬鹿(こばか)にしたような態度(たいど)反発(はんぱつ)して、リューイはついポロリと秘密(ひみつ)()らしてしまいました。

「ヒュ~」

またしても、先生は口笛(くちぶえ)()きました。

「すげ~な~、ドラゴンにお(ひめ)(さま)か...なんつ~か、ファンタジックだなあ。」

「もうっ!本当なんだからっ!」

「そうかい、そうかい。ドラゴンにお(ひめ)(さま)とくれば、当然(とうぜん)騎士(きし)も出てくるんだろ?」

――騎士(きし)!?

リューイの脳裏(のうり)に一人の男の顔が()かびました。

「き、騎士(きし)もいるよ…ユストって言うんだ。先生と(ちが)って、すごくカッコいいんだからっ!」

(はな)から(しん)じようとしない先生を前にして、リューイは止らなくなりました。

「ユストはミュウと女王(じょうおう)(さま)(まも)って悪者(わるもの)(たたか)って片目(かため)(うし)なったんだぞっ!すごく(つよ)いんだからっ!」

あっと、思ったときはしゃべり()ぎていました。しかし、リューイがムキなればなるほど、先生の反応(はんのう)()めていきました。

「あ~はい、はい。すげ~なあ~」

少しも(しん)じていない様子(ようす)です。

「だからっ、本当だってばっ!ジジツはショウセツよりもキなりって言うだろっ!」

そう言い返すリューイに、先生の(まゆ)がひょいと上がりました。

事実(じじつ)小説(しょうせつ)よりも()なりか…まあ、たしかにそういうこともあるよな。」

先生は(あご)(さす)りました。

「ほ、ほんとうなんだから…」

――ジジツはショウセツよりもキなりって言葉、間違(まちが)ってなかったかな?

学級(がっきゅう)委員長(いいんちょう)のウリルくんがよく使(つか)言葉(ことば)真似(まね)てはみたものの、自信(じしん)()てないリューイは、小さな声で(つぶ)きました。

随分(ずいぶん)(むずか)しい言葉(ことば)を知っているんだな。」

――この子はちょっと(あたま)がアレなんだろうか?そんなふうには見えないが…

先生は話を適当(てきとう)に切り上げることにしました。

「え~っと、ああ、そうだった、薬っ!薬を出さないとね。たしか、犬用の蕁麻疹(じんましん)の薬があったな。どこだったかな...それを()ってしばらく様子(ようす)をみようね。それでも(なお)らなかったら、また来てよ。まあ、(たい)したことなさそうだから、(ほう)っておいても、自然(しぜん)(なお)ると思うけど。」

――い、犬用!?

リューイは、自分の耳を(うた)いました。てっきり、ドラゴン用の薬を調合(ちょうごう)してもらえるものとばかり思っていました。

――乳鉢(にゅうばち)でいろんな物をゴリゴリってすり(つぶ)して、ドラゴン用の薬を特別(とくべつ)に調合してくれるんじゃないの?

ちらっと先生の机の上に()かれている乳鉢(にゅうばち)視線(しせん)(はし)らせると、その中にはタバコの()(がら)がこれでもかと言わんばかりに()()まれていました。

「それから、(ねん)(ため)注射(ちゅうしゃ)()っておこうね、犬用の。」

自然(しぜん)治癒力(ちゆりょく)(まか)せておいてもミュウの蕁麻疹(じんましん)(なお)ると思われましたが、先生はミュウに注射(ちゅうしゃ)()ってみたい気持ちを(おさ)えられませんでした。

――さっきから、犬、犬ってっ!犬とドラゴンじゃ、全然(ぜんぜん)(ちが)うじゃないかっ!先生の目は節穴(ふしあな)か!

リューイは何か一言(ひとこと)、言たくなりましたが、大人を相手に何と言って良いかわかりませんでした。


ぐちゃぐちゃの(たな)の中を(あさ)ること(やく)5(ふん)。先生はやっとのことで犬用の蕁麻疹(じんましん)の薬を見つけ出しました。注射器(ちゅうしゃき)(ふくろ)(やぶ)ると、(うれ)しそうに(はり)の先からピュッと注射(ちゅうしゃ)(えき)()ばします。

「さ~てと、どこに()そうなかぁ?どこがいいかな~。(はり)()れるといけないから、(やわ)らかいところを(さが)さないとな~。」

先生は(うれ)(わら)いを必死(ひっし)()(ころ)していましたが、(かく)しきれていませんでした。なんだかヤバイ(にお)いがプンプンします。

――マッド・ドクター

そんな言葉がリューイの頭を(よぎ)ります。

ミュウの体を(さわ)りまくった先生は、最終的(さいしゅうてき)にお腹に(はり)()すことに決めたようでした。先生はミュウをゴロンと仰向(あおむ)けに()かせると、(あば)れないように(ふと)(もも)でミュウの体を(はさ)()みました。人間に(いた)いことをされたことのないミュウは、されるがままです。

「よ~し、よし、良い子だ。じっとしていろよ。」

――まさか、本当にお腹に注射(ちゅうしゃ)()つの?!(こわ)すぎる!

リューイは、ぎゅっと目つぶりました。

「あっ…間違(まちが)えた…」

(しばら)くすると、先生の小さな声が聞こえてきました。リューイがそっと目を()けると、先生は(から)になった注射器(ちゅうしゃき)を見つめていました。いったい、何を間違(まちが)えたのでしょうか?リューイは不安(ふあん)になりました。

「これ、ビタミン(ざい)だった…」

先生が(だれ)ともなく(つぶや)きます。

――先生っ!

「まっ、いいか。栄養(えいよう)になるからな。じゃあ、これはサービスな。」

リューイの(けわ)しい表情(ひょうじょう)()()いた先生(せんせい)は、バツが(わる)そうに頭を()きました。

「そんな顔、すんなよ。ビタミン(ざい)だから、(どく)にも薬にもならねえよ。安心(あんしん)しとけって。」

――できないよっ!

リューイは(こぶし)(にぎ)(しめ)めました。

――もうっ!こんな病院、くるんじゃなかったっ!学校まで休んだのにっ!

リューイの表情(ひょうじょう)を読んだ先生は、もう一度、頭を()きました。

「ちっとは信用(しんよう)しろよ。これでも、一応(いちおう)、キリキア畜産(ちくさん)農業(のうぎょう)獣医(じゅうい)大学(だいがく)首席(しゅせき)卒業(そつぎょう)してんだぜ。」

「シュセキ?」

「一番ってことさ。」

先生はウインクをしました。

――キリキアなんとか大学(だいがく)って、(ろく)でもない大学なんだな…

子供(こども)(ごころ)に、大学(だいがく)信用(しんよう)できなくなったリューイでした。


ビタミン(ざい)()たれて、さらには蕁麻疹(じんましん)の薬も打たれて、やっとのことでリューイたちが診察(しんさつ)(しつ)を出た(ころ)にはもうお昼になっていました。これだけあれば()りるでしょ、といって(わた)されたお金を窓口(まどぐち)で出すと、(すずめ)(なみだ)ほどのお()りが(かえ)ってきました。

――あまったお金でお菓子を買ってもいいって言われてたのに...これじゃあ、何にも買えないや…

リューイは先生を(うら)めしそうに見つめました。

――くそ~、こんな病院、もう二度とこないぞっ!

そんなリューイの気持ちを知ってか知らずか、先生はニコニコしながらリューイに話し掛けてきました。

「ところで、キミ、キリキア第6小学校の生徒?」

「...はい…」

「実はね、(おれ)も第6小学校だったのよ。(なつ)かしいな~。ユミー先生っていう綺麗(きれい)な先生、まだいるかな?元気?」

「ユミー先生ですか?元気ですけど…」

――ユミー先生(せんせい)って、綺麗(きれい)だったかな?

リューイは首を(かし)げました。

「ああ、そうか...あれから20(ねん)以上(いじょう)()っているもんな~。ユミー先生も今じゃ、すっかりオバサンかぁ~。」

先生はうんうんと一人、(うなず)きました。

「いやあ~、(むかし)はユミー先生も綺麗(きれい)だったのよ。なんというか新妻(にいつま)色気(いろけ)があってねぇ…」

先生は(とお)い目をしました。ユミー先生は初恋(はつこい)(ひと)でした。毎日、夢中(むちゅう)()()(まわ)していた記憶(きおく)があります。

――さすがに授業(じゅぎょう)参観(さんかん)でスカートを(めく)ったときは、()いたけどな…それも今となっては良い(おも)()だぁ~。

――ニイヅマってなんだろう…なんだか、この先生が言うと、すごくエッチに聞こえるな。

リューイは早く帰りたくて仕方(しかた)がありませんでした。

「あの、僕、もう帰ります…」

「第6小学校は古いからな…校舎(こうしゃ)もボロボロだろ?校庭(こうてい)(すみ)にある音楽堂(おんがくどう)はまだある?」

先生はリューイの気持ちなど気にする様子もなく、話を(つづ)けました。

「あ…はい…(ゆか)()けそうですけど…」

「だろうな…」

先生は(うなず)くと、急に受付(うけつけ)用の小さな(まど)から()()()しました。

「なあ、いいこと、(おし)えてやろうか?」

「…」

先生の目がキラキラ(かがや)いています。(いや)予感(よかん)しかしません。

音楽堂(おんがくどう)(おく)()かずの(とびら)があるのは、()っているか?」

――()かずの(とびら)っ!

リューイはコクコクと(うなず)きました。音楽堂(おんがくどう)(おく)には石で出来(でき)(おも)(とびら)があって、いつも(かぎ)()かっていました。その(とびら)の奥には、何があるのかリューイたちはずっと気になっていたのです。

「その(とびら)をあけると、地下(ちか)(つづ)階段(かいだん)があるんだ。」

「へ、へぇ~」

リューイはゴクリと(つば)()()みました。

「でな、その地下室(ちかしつ)には――」

――その地下室(ちかしつ)には?!

()(たる)()いてあって――」

――き、()(たる)?!

()(たる)の中には――」

何が入っていると思う?そう(たず)ねる先生の目は()わっていました。

――どうしよう…死体(したい)が入っているとか…もしかして、先生が殺したとか…

話の続きを聞きたくないリューイは、その()から()げ出そうとしました。

「ぼ、僕、もう、本当に帰らないと…」

くるっと()()けたリューイの手を、先生が(うし)ろからガシッと(つか)みました。

「まあ、()てよ。そう、(あわ)てなさんなって。せっかくだから、最後(さいご)まで話を聞いてけよ。」

リューイの手を(つか)んだまま、先生はニマ~ッと笑いました。

――ギヨェーッ!(こわ)いよぉ! (はな)してっ!

「もう、帰ります。本当に帰らないといけないんです。」

リューイは涙目(なみだめ)(うった)えました。が、先生は手を(はな)してくれません。

――怖いよお!誰か助けてっ!

リューイは本気(ほんき)()きそうになりました。手を()(ほど)こうにも、力の差があり過ぎてどうにもなりません。

「その()(たる)(なか)には、人間――」

――ギャー、()めてっ!

リューイは(つか)まれていないほうの手で耳を(ふさ)ぎました。

「その()(たる)(なか)にはな、人間に()われていたヤギの塩漬(しおづ)(にく)が入っているんだ。」

――ヤ、ヤギの塩漬(しおづ)(にく)ぅ?!

「ハハハッ、(こわ)かったか?」

リューイを本気(ほんき)(こわ)がらせた先生(せんせい)はとても満足(まんぞく)したようでした。

「な、な~んだ、つ、つまんないの!」

――こ、(こわ)がって(そん)した…

先生にパッと手を離されたリューイはヨロヨロと二、三歩()(うし)ろによろめきました。

「ミ、ミュウ、おいでっ!早くっ!帰るよっ!」

気を取り直したリューイは、(こわ)がっていたことがばれないように足音(あしおと)(あら)く、出口に()かいました。

先生はクスリと笑いを()らすと、リューイの(うし)姿(すがた)にヒラヒラと手を()りました。

「じゃあな、またな。」

――またな、じゃないよ。もう、絶対(ぜったい)、こないんだからっ!

リューイはプンプンしながらドアを()めました。とはいえ、音楽堂(おんがくどう)(なぞ)(あき)らかになったことは大きな収穫(しゅうかく)でした。明日は学校中がこの話題(わだい)()ちきりになるでしょう。リューイは早くみんなに教えたくてうずうずしました。



リューイを見送(みおく)った先生はしばらく一人で(えつ)()っていましたが、やおら立ち上がると入口(いりぐち)()かっていた「診察中(しんさつちゅう)」のプレートをひっくり(かえ)しました。それからドサッと椅子(いす)(こし)(おろ)すと、白衣(はくい)のポケットから煙草(たばこ)()()し、深々(ふかぶか)と(けむり)()()みました。

「はぁ~、(はたら)いた(あと)一服(いっぷく)(うま)いなあ~。それにしても、あのガギ、本気(ほんき)でビビッてやがった。ハハハ、ざまあみろ。あまりにも態度(たいど)(わる)いから、ビビらせてやったぜ。」

あ~すっきりした、と先生は(けむり)()()しました。

「しっかし、最近(さいきん)のガキは可愛(かわい)くないな~。この前、来たガキもやけにツンツンしてたしな。もしかして、(おれ)、子供に(きら)われてんのかな?(かな)しいな~。あんまり(つめ)たくすると、俺だって()くぞ...」

先生は溜息(ためいき)をつくと、タバコを()()しました。

「今日はもういっぱい(はたら)いたな。本日はこれにてこれにて終了(しゅうりょう)~。」

まだお昼だというのに、先生は早々(そうそう)に店仕舞(みせじま)いを(はじ)めました。

「そうだ、今夜(こんや)(ひさ)しぶりにリリちゃんの店に行こうかな。ドラゴンの話をしたらウケそうだもんな~。あっ、しまった!(しゃ)メを()るの(わす)れたっ!写真(しゃしん)を撮っておけばよかった!そうだ、今度(こんど)()たときに写真(しゃしん)()らせてもうらおう。ムービーでもいいな――」

そんな調子(ちょうし)先生(せんせい)(ひと)(ごと)(なお)(つづ)くのでした。










挿絵(By みてみん)




ミュウちゃんは蕁麻疹をリューイになかなか気が付いてもらえなくて可哀そうでしたね。

具合が悪くても動物は言葉を話せませんから、人間がいち早く気付いてあげたいものですね。


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