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竜の赤ちゃん、拾いました。第一章~第三章  作者: 小川せり
第二章 幻を見る者
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16. ミュウとポテトチップ

16. ミュウとポテトチップ



パリ、パリ、パリ、パリ

ミュウは目を閉じたまま鼻をヒクヒクと動かしました。

――なにかすごく美味(おい)しそうな匂いがする。だけど、(ねむ)い…

ミュウが片目(かため)だけを開けて見ると、リューイがポテトチップを口に(ほう)()むところでした。リューイはミュウのお(なか)()()かったまま、図書館(としょかん)から()りてきた本を熱心(ねっしん)に読んでいます。物語は佳境(かきょう)()()かり、今まさに勇者(ゆうしゃ)が悪い王を(たお)そうとしているところでした。

――読書(どくしょ)なんて、(めずら)しい…

と、ミュウが思ったかどうかはわかりませんが、ミュウはちらっと本とポテトチップスに目を()ると、(ふたた)びに前脚(まえあし)にアゴを()せて目を()じました。


「あら、読書なんて珍しい。」

気が付くと、いつの()にか二階に上がって来たお母さんが目の目に立っていました。(うで)にはフューイを()っこしています。

「あ~う~」

フューイはお兄ちゃんに向かって持っていたおしゃぶりを()(まわ)しました。フューイの唾液(だえき)()んでくるのをかわしながら、リューイが抗議(こうぎ)します。

失礼(しつれい)しちゃうな~、(めずら)しいなんて。僕だって本ぐらい読むよ!」

リューイが口を(とが)らせると、お母さんは笑いました。

「リューイの言う読書っていうのは、漫画でしょ。」

――たまにはこういうちゃんとした本も読めば、もう少し国語の成績(せいせき)も上がるのにねぇ。

喉元(のどもと)まで出掛(でか)かった言葉を、お母さんは()()みました。

「ちょっと買い物に行ってくるから、その間、フューイを見ていてね。」

お母さんは寝そべっていたリューイの横にフューイを下すと、すぐに下におりて言ってしまいました。リューイとフューイの二人に()りかかられているミュウですが、今では(どう)随分(ずいぶん)、太くなり、びくともしませんでした。

「珍しいだってよ。失礼しちゃうよね~」

なんとなく肩透(かたす)かしをくらった気分になったリューイは、ブツブツと口の中で(つぶや)くとミュウを振り返りました。もちろん、ミュウから返事が返ってくることもありません。

フューイは早速、ハイハイをしてどこかへ行こうとしています。リューイは横着(おうちゃく)をして、フューイの足をむずと(つか)むと、ズズズッと自分のほうへ()()()せました。

「こらこら、どこへ行く?」

「アー」

()()()せられたフューイは、それが楽しかったのかキャッ、キャッと笑っています。しかし、リューイが手を(はな)した途端(とたん)自由(じゆう)を求めてハイハイをし始めます。最近のフューイは目に付くものは手当(てあ)たり次第(しだい)(やぶ)ってしまうので油断(ゆだん)できません。リューイの宿題(しゅくだい)教科書(きょうかしょ)なども、何度もビリビリに(やぶ)られています。お母さんに(うった)えても、ミュウのいたずらよりはマシでしょと相手にしてもらえません。実際(じっさい)、このくらいの赤ちゃんには注意したところで言葉が理解(りかい)できるわけもなく、周囲(しゅうい)が気を付ける以外、方法がないのです。リューイに部屋には漫画(まんが)やプラモデルなどフューイに(こわ)されたくない物がたくさんありました。リューイは(あわ)ててフューイの足を掴みました。

「こら~、フューイ!」

「アー」

何度かこのやり取りを()(かえ)すうちに、フューイはすっかりこの遊びが気に入ったようで、

ある程度(ていど)距離(きょり)をハイハイすると、「さあ、()()れ」といわんばかりにリューイを()(かえ)るようになりました。

「しょうがないなあ~」

リューイは(あき)れながらも、フューイのリクエストに応えて何度か足を引っ張ってあげました。同じ遊びを20回ほど繰り返したところで、いい加減(かげん)()きてきた(あに)は「や~」と言って逃げ回るフューイを(つか)まえると無理矢理(むりやり)、ミュウの前脚(まえあし)の間に(すわ)らせて、読書を再開(さいかい)しました。フューイの体から(はっ)せられるミルクの匂いが気になるのでしょうか。ミュウはフンフンと(さか)んにフューイの匂いを()いでいます。




挿絵(By みてみん)




さて、滅多(めった)に本を読まないリューイですが、今日に(かぎ)って本を読んでいるのには理由がありました。ミュウが学校に行くようになってから二週間。キリキア第6小学校では、ミュウのお(かげ)空前(くうぜん)のドラゴン・ブームが起こっていました。必然的(ひつぜんてき)にリューイはみんなからドラゴンに(かん)する質問(しつもん)を受けるようになりました。しかし、リューイはみんなの質問に何一つ満足(まんぞく)に答えらなかったのです。リューイは(あらた)めて自分の勉強(べんきょう)不足(ぶそく)を思い知らされました。


意外(いがい)なことに、みんなの質問に答えられなくて(こま)っているリューイを助けてくれたのは、ウリルくんでした。いつも教室の(すみ)っこでひっそりと本を読んでいたウリルくんは、とても物知(ものし)りで、今では「ドラゴン博士(はかせ)」などと呼ばれてみんなから一目(いちもく)()かれる存在(そんざい)となっています。

(こま)っているリューイに()わって、ウリルくんが答えてくれるのはありがたいのですが、それはそれでなんとなく面白(おもしろ)くなく、(くわ)えて、このままではいけないという(わけ)のわからない焦燥感(しょうそうかん)もあって、リューイは珍しく図書室に足を(はこ)ぶと、ドラゴンが登場(とうじょう)しそうな本を()りてきました。ドラゴン・ブームのせいで、図書館のドラゴン関係(かんけい)の本はすべて(かし)出中(だしちゅう)となっていましたが、一冊だけやたらと漢字の多い本が残っていました。リューイは漢字が多いせいでやたらと黒っぽく見える紙面(しめん)を見ただけで読む気をなくしかけましたが、そんな自分を(はげ)ましつつ読み進めてみると、意外(いがい)意外(いがい)、これが(こと)(ほか)面白(おもしろ)いのです。意味のわからない言葉も多かったのですが、気が付けば、夢中(むちゅう)になって読んでいました。


リューイはポテトチップの油で本を(よご)さないように慎重(しんちょう)にページをめくりました。1ページ読み終わるごとに、ポテトチップを一枚。なんとなく、そんなルールができていました。1ページ読んでは、ポテトチップを一枚、口に(ほう)()みます。

パラリ

パリ、パリ、パリ

「ん?」

至近(しきん)距離(きょり)からの強い視線(しせん)を感じたリューイは、後ろを振り返りました。見ると、ミュウが大きな欠伸(あくび)をしながらこちらを見ています。

ふと、いたずら心を起こしたリューイは、ポテトチップをミュウの口の中に放り込んでみました。

パリリッ

ポテトチップはあっという間に()(くだ)かれて、ミュウの()の中に消えていきました。ミュウはポテトチップの飲み(くだ)すと、紫色(むらさきいろ)(した)で満足そうに口の周りをベロリと()めました。

その後も、リューイは1ページ読み終わるごとに、自分とミュウの口にポテトチップスを放り込みました。1ページ、また1枚。しまいには、ミュウはージをめくる音を聞いただけで、口を開けるようになりました。フューイはミュウに寄りかかりながら寝てしまい、静かな部屋にはページをめくる音とポテトチップを()(くだ)く音だけが(ひび)いていました。


「はぁ~」

リューイは溜息(ためいき)をつくと、パタンと本を閉じました。結局(けっきょく)、ドラゴンは最後の頃にちょっとだけ登場し、あっという()に勇者に退治(たいじ)されてしまいました。どうして、人は竜をやっつけようとするのでしょう。竜はこんなにも(かしこ)くて(おだ)やかな生き物なのに。リューイは起き上がると、ミュウを振り返りました。いつの間にか、ポテトチップの大袋は(から)になっていました。

「はぁ~。ミュウって、本当にのんきだよね。このままでいいのかな?もう少し危機感(ききかん)を持たないと…」

ミュウの鼻からは、スピスピと寝息(ねいき)()れています。リューイはミュウの規則(きそく)正しく上下(じょうげ)する丸いお腹を()でながら、溜息(ためいき)をつきました。

――ンフッ♪

お腹を撫でられたミュウは、満足そうな吐息を()らしながら、ニマッとしました。美味しいい物でも食べている夢を見ているのかもしれません。リューイはしばらくミュウのお腹をペチペチと(たた)いたり、鼻の穴を指で(ふさ)いだりして遊んでいましたが、やがて、自分も強烈(きょうれつ)睡魔(すいま)(おそ)われて、ウトウトとし始めました。


ところで、みなさんは寝ている竜からは強烈(きょうれつ)な「(ねむ)(ねむ)いビーム」が(はっ)せられるという話しを耳にしたことはありませんか?これは単なる都市(とし)伝説(でんせつ)ではなく、科学的にも証明されていることなのです。「(ねむ)(ねむ)いいビーム」(おさな)い竜ほど強くなります。このビームを()びると、周囲(しゅうい)にいる動物は人間も(ふく)めすべて魔法(まほう)にかかったかのように深い眠りに落ちてしまうのです。ご多分(たぶん)()れず、寝ているミュウからもこの強烈な「(ねむ)(ねむ)いビーム」が発せられていました。リューイが突然(とつぜん)強烈(きょうれつ)睡魔(すいま)(おそ)われたのもそのせいです。

グルルル~

ミュウの低い鳴き声が振動(しんどう)となって、胸郭(きょうかく)から(つた)わってきます。

グルルル~

リューイは目を閉じたまま、さきほど読んだ本の内容を思い返していました。どうして人は昔から竜を退治(たいじ)しようとするのでしょうか?竜と人間が仲良く一緒に暮らす方法はないのでしょうか?もしも、誰かがミュウを(おそ)ったら、ミュウはどうするのでしょうか?

グルルル~

――まあ、いいや。明日、考えよう。物語(ものがたり)現実(げんじつ)(ちが)うし。どうせ、そんなこと起こりっこない…

リューイは、考えることをあっさりと放棄(ほうき)すると本格的(ほんかくてき)()体勢(たいせい)(はい)りました。宿題がまだ終わっていないことが気にはなりましたが、この睡魔(すいま)には勝てそうにありません。



翌日、リューイが目を()ますとミュウの体中(からだじゅう)に赤い発疹(はっしん)ができていました。食欲(しょくよく)もないし、なんとなくだるそうです。思い当たる原因(げんいん)はポテトチップスぐらいしかありません。リューイはお母さんから厳重(げんじゅう)注意(ちゅうい)を受けるとともに、ミュウを病院へ連れて行くように()(わた)されました。

ミュウにとっては初めての動物(どうぶつ)病院(びょういん)です。はてさて、どうなることやら。次回を()うご期待(きたい)







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